第28話 アイルランダーの砂糖売り
冒険者ギルドを出るとちょうどお昼頃で、通りを挟んだ露店ではいくつか並びが出ていた。町に入った時の肉串が旨かったのと、結構なボリュームがあったのでお腹は空いていない。
「おう、ピンクの兄ちゃん、砂糖見てけよ?」
左右の露店を好奇心に身を任せて眺めていると声をかけられる。
「こっちだよ、悪かったな!!背が低くて」
呼ばれた方を見ても誰もいなかったのだが、少年と思われる子が俺に声をかけた本人のようだ。まさか少年くらいの年齢で店に働いているとは思わなかった。
「すまん、ちょっと声と身体が一致しなくてね」
「おまえ、それはアレか。俺たちハーフリング系に喧嘩売ってんの?」
「いやいやいやいやいや、そんなわけないだろう。ほんとうにすまない」
俺は慌てて頭を下げる。
「ってか、おまえこそ魔族だよな?そんな簡単に頭下げるの?」
「こないだもそんなこと言われた気がするよ。常識知らずでね」
そう言いながら商品として並んでいる麻袋を見る。砂糖にもいろいろと種類があるようで、現世での上白糖、黒糖系みたいな感じだろうか。
「ケントル糖買ってくか?」
「いや、いきなり砂糖の名称言われても分からんよ」
「おまえ、料理できるだろ?」
目の前のハーフリングと会話がいまいち成立しない。大体、俺は今日アイルランダーに入ったばかりで、冒険者Dランクではあるものの
「できるけど買わないよ。今日の宿を取らないとね」
「なんだよ、まだ来たばっかりか」
「あぁ。今度必要になったら買いに来るよ」
「あいよ、せいぜい気をつけてな」
急に不機嫌になったり、ハーフリング系は直情的な種族なのか?
店主はすでに手を振り、あっちに行けと言わんばかりである。接客の基礎からみっちり教えてやりたい気持ちになるも、これがアイルランダーの常識かもしれない。いつでも機嫌よく接しなければならない国の方がおかしいのかもしれない。常識なんて場所が変われば違う程度の話だ。
◇◇◇◇◇◇◇
「で、どうしたらこうなるの?」
「おまえ、『砂糖買ってけ』って言葉すら知らないのか?」
「砂糖買えってことだろ?」
「くっ、これだから常識ない魔族は。バッカじゃねぇ?」
俺はハーフリング系と思われるフードを被った3人と人族5名に裏路地で囲まれている。さきほど小さい子が「ボール取って欲しいの」と頼まれて付いてきたのだが、裏路地に入ったところでダッシュで逃げていった。その子は索敵範囲から外れていないため場所は分かるが、もうボールは取る必要は無さそうだ。
「隠語だよ、隠語。金置いてけよって」
「あぁ、そういうことか。直接言ってくれれば良いのに」
フードをした人族らしい人物がニヤニヤした顔で言う。
「魔族は基本的に戦闘能力が高い、って知ってるの?」
「あ”ぁ”?そんなもん、周り見てから言えよ」
20名程度に増えて全員がこちらを見ている。ギャラリーではなく、参加者であることが表情でわかる。
「魔族を狙う理由は?」
「俺の親が魔族にヤラレたからだ?とか言って欲しいの?」
ずっと思っていたがコイツと会話が通じない。これからポルテ商会にも行きたいし、さっさと終わらせるべきか。
「んじゃ、そっちは俺から金と命を奪いたいってことで良い?」
俺の問いに背後にいた人族2名が襲いかかってくる。魔族の戦闘ですら名乗りはお互いするのに、人族はせっかちで野蛮なもんだ。俺の価値観だと、弱肉強食部分はどうかと思うが魔族の方がよっぽど紳士的だ。
身体強化もせず、殴りつけてきた腕を流し、蹴りできた男をハーフリングへ投げつける。話していた男は受け止めもせず、投げられたヤツは小さく呻き声をあげる。
次から次へと殴っては蹴り、ときに投げつけを繰り返す。後遺症にならない程度のダメージ、かつ身動き取れない程度に加減をする。逃げようと思った奴だけ急加速して回り込み、強めに殴り気絶させる。逃げれると思うな。
「おまえで最後になったわけだが」
「うるせぇ!!殺してやる」
砂糖売りのハーフリングだけは、強めに蹴っても立ち上がり向かってきていた。多分、アバラ骨は折れているし、足の骨もヒビくらい入っている。他の連中よりも強いのはリーダーだからだろう。
「なかなか良いナイフだな」
向けられてきたナイフを取り上げ、足を引っ掛けてハーフリングを転ばせる。材質は鉄鉱石でありきたりだが、デザインも切れ味も良さそうだ。
「ぐぅううう。返せよ!!」
砂糖売りのハーフリングは童顔で体型も幼いので、絵面的に俺の方がよっぽど悪役っぽい。客観的にもこの光景を見たら俺が悪者にされる気がする。
「おまえ、それが俺の命を取りにきたやつの言うことか?」
軽く威圧を行うと、いままで呻いて立ち上がらないヤツらが失神した。ハーフリングも歯をガチガチならし、震え上がっている。
「絶対におまえを許さないからな、アグライ兄ちゃんにボコってもらうからな」
なにか負け惜しみを言っている様子だったが距離があって聞こえない。奪ったナイフをハーフリングに当たらないよう投げつけると、身体ギリギリに地面に突き刺さったナイフに短い悲鳴が聞こえた。
「もう魔族に手を出すなよ。次は命もなくなるぞ」
もう聞こえないだろう。ほんっと最後まで俺が悪役な気がしてならない。
◇◇◇◇◇◇◇
「というわけで、魔族って襲われるんですか?」
ポルテ商会にたどり着き、応接テーブルをはさんだ向こうにはポルテ・クーガ会長が頷いている。商隊の規模の大きさから名士なのかと思っていが、門兵にも知れ渡るほどの人物で、野良魔族(俺の事)にも真摯に話をしてくれる変わり者だ(失礼)。
「まぁ、ゲインの見た目、というか雰囲気が魔族にしては弱そうだからなぁ」
「それ!冒険者ギルドでもユルイって言われましたよ」
「おぉ!!それじゃ。ユルイって言葉がぴったりだ」
ポルテ会長が座るソファの後ろには屈強な男が2名ほど立っており、メイドさんがお茶を用意してくれている最中である。アンさん以来の給仕だが、どこか初々しく準備にカチャカチャと音が鳴ることも安心材料の1つである。どこまでも生活音が聞こえず、魔法がいつ使われているのかが不明なほど隠匿されるメイドとかホラーだと思う。
「紅茶ですね。香りもすばらしく、とても美味しいです」
「おぉ!!ゲインは紅茶もわかるのか」
「えぇ、お菓子なら自分でも作りますよ」
言ってから失敗したと思ったが、目を向けると食いしん坊ポルテ会長がガッツリと食いついたのが分かった。この人、結構えらい人なのに俺の作った鳥串食べる人だからな。普通、知り合って間もない魔族の作った鳥串なんて誰も食べねぇよ。
「ポルテ会長、ダメですよ。野良魔族のお菓子とか口にしたら」
「ゲイン、
「だって、めちゃくちゃ食べる気満々でしょ?親に昔から『怪しい魔族から食べ物もらっちゃダメ』って言われてませんでしたか?」
俺の発言に後ろに控える2名は苛立ったようだが、ポルテ会長はツボに嵌ったのか大笑いして肩まで揺れている。
「あぁ、面白い。最近、そんなことを言ってくれるヤツが周りにいないからなぁ」
笑いも落ち着いたのころ、顔を上げたポルテ会長はどこか遠くを見る目をしている。偉くなるとその仮面をずっと付け続けていなければならない。いつの間にか仮面と素顔がすり替わっていたりするのだろう。俺は一生をお気軽ノラ魔族で過ごしたい、もちろんイケメンのヴァンパイアとして。
「で、いつ作ってくれるんだ?」
「いや、ダメでしょ?ねぇ、ダメだよね」
給仕してくれた方へ話を振ると、思いもしなかったのかビックリした様子でトレイを胸に当てる。
「ゲイン、なぜ
「えっ?だってポルテ会長の護衛の方だよね?商隊のときにもいたでしょ」
目つきが鋭くなったポルテ会長だったが、俺の回答に満足したのか満面の笑顔である。
「ゲイン、そう言うわけで今日の夕食に作ってくれ。材料は好きなものを使って良い」
「え”ぇ”〜、やだなぁ。だって拠点のときみたいに美味しかったらレシピでお金とるんでしょ?」
「話が早くて何よりだ。あとは任せたぞ、コーネリア」
そう言い切るとポルテ会長はそのまま席を外した。急に尋ねた俺に合わせたのだから仕方がないとはいえ、この状況で俺を残すかね?屈強な護衛2名はポルテ会長とともに部屋を出たため、残されたコーネリアさんと2人きりなんだが。
「とりあえず、お茶とお菓子いただきますね」
「・・・はい」
『おまえ呑気だな』と薄青い髪を後ろで束ねたコーネリアさんに目(半眼)で言われた気がする。
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