第19話 2ヶ月も過ぎると
地獄と思う日々も2ヶ月も過ごすと慣れてくる・・・はずもなく。『鑑定』魔法があるのがかなり大きく、そのお陰で精神がポッキリと折れずに済んでいる。適性がすぐに上がるわけではないが、結果が視覚的に分かるのはモチベに繋がった。いまの俺なら湖で会ったときのナスカなら勝てるかもしれない。
ただ、今のナスカは鬼だ。
元々のセンスに差があるのは仕方がないにしても、戦闘訓練で蹴りが来るところに置き魔法をしてたら当たったはずが、フェイントと巧みに絡められて気がついたら腕が・・・藪に飛んで行ったりする。
どこぞの願いを叶える玉の作り手ならば、腕を生えさせることが可能かもしれないが、ゴブリンには土台無理な話である。大人しく、ジグさんのところに腕を拾い上げて走るのである。
悲惨だったのは、飛んで行った腕をキース・ウェイデという鳥の魔物が咥えていったときだった。宝くじかよ!!!ってくらいの確率でしか発生しないと思う。もちろん、俺はその場で皆に助けを求めて追い回してもらい事なきを得た。
「ジグさん、これはどうでしょう?」
「ほほぉ・・・『鑑定』、なかなかの出来だと思いますよ」
鍛冶技術も着実に上がり、魔鋼で打った短剣の出来栄えに満足する。柄の形状も工夫を施し、刃もナイフのように片刃にした。打撃や相手の攻撃を受け流したい時はミネをうまく使えればいい。厚みにする分、バランスも取りやすいだろう。
「結局、短剣に落ち着いたのですか?」
「いまのところは短剣がしっくり来るんですよね。ジグさんの得意な武器は何です?」
俺の質問にジグさんは両腕を組み思案する。えっっとそんな難しい質問じゃないですよね?
「強いて言えば、鎖鎌が苦手かもしれません」
「サイデスカ」
武術全般ができることは戦闘訓練で分かっていたが、鎖鎌なんて誰が使うんだよ!!そんなもん実践で使える気がしない。特に森なら発想すらしない武器だし、久しぶりにその単語を聞いた。
「
鎖繋がりで思いついた言葉が漏れた。
「くさりかたびら、とは何でしょう?」
ジグさんがいい顔と近距離で俺に質問をする。近い!近いってば!!俺のパーソナルスペースが足りない。
結局、俺は鎖帷子の構造と防具としての有利な点を説明するハメになる。「デメリットは?」と聞かれた時に厚みが足りないので刺突に弱い事を上げたが、ジグさんからは「重ね着やミスリル製にして強化魔法で解消できるのでは?」と返答される。これだから頭良い奴は思いやりが足りないんだよ!!
そんなふうに拗ねていると離れたところからジグさんに声をかけられる。
「ゲイン様、私からの選別はあの剣で良いのですか?」
「あの剣が欲しいです。ほんとうに助けられましたから。メンテもなんとかできるレベルまで上がったので、大切に使わせていただきます」
ダガッツとの戦いで使った剣はジグさんが鍛造してくださった作品とのこと。
「銘は付けないのですか?」
「銘ですか・・・魔族は基本的に『名付け』にうるさいですからね」
一般的に魔族の『名付け』は、その地域をすべる当主がするものであるとのこと。ただ、集落によっては人族のように親が付けることも多くなってきているらしい。俺はいまだに助けた助けた少年たち(オーガ種の子供)の集落にも行けておらず、この館と近辺の森でひたすら修行の日々を送っている。ドウシテコウナッタ?
それにしてもジグさんは当主様がいるので銘をつけることに抵抗があるのか。
「僕が銘を付けても宜しいでしょうか?」
「えぇ、それほどまでに気に入って頂けたのなら
仰々しくジグさんが頭をさげたが、目が本気だったので本当に喜んでいるのかもしれない。少しずつ皆の性格が分かってきた気がする。基本的にいい人ばかりに囲まれて、平和な・・・平和じゃない!!!が楽しい日々を過ごしている?それも残り1ヶ月である。
「では・・・んー、『サイン』にします」
名前を呼んだ瞬間、鞘から少しだけ淡い青白い光が溢れでる。俺は両手で剣を抑えたが、鞘から漏れ出る量は次第に増してきて、ドライアイスの煙のように俺の体にまとわり付くように流れる。ただただ、茫然と剣を持ったまま俺は立っていた。
「ジグさん、これって?」
「もう落ち着いたでしょう。ゆっくり抜いてください」
ジグさんの言葉を信じ、ゆっくりと抜刀する。いままで魔鉱(貴重な鉱石らしい)で打たれていた刃はすべて赤紫色だったのに、いまは波紋の形状まで変わり、うっすらと魔力まで纏っている。
「武具への『名付け』、立派な魔法付与の一種です。成功ですね、おめでとうございます」
ジグさんのハメ技から抜け出せない日々はこうして成立し、俺の鍛冶技術はいつのまにか上がっていくのである。
ジグさんの笑顔と本人が言った「できない」という言葉には必ず裏がある。俺は絶対にこの人を信用しないと心に誓った。
◇◇◇◇◇◇◇
-----(厨房)
「それではご要望の高かったケーキを作ります」
「はい、よろしくお願いします!!」
「ただ、初回なのでうまくいくか分かりません。なのでシフォン・ケーキを作ります」
「はい、ケーキがどんなものか分からないので気にしません」
最後の言葉はなぜかアンさんが大きな声で応えてくれた。厨房なんだからメイドさんは受け渡しカウンタで待機じゃないのか?目がキラキラしているので誰も何も言わないのだろうか。
シフォン・ケーキにしたのは、スポンジが実際に薄力粉のように膨らむかは分からないので無謀なチャレンジかもしれない。ただ、こちらの世界でシフォンケーキがあるのかは不明だ。とりあえず、粉っぽく&硬くなったらご愛嬌としよう。
卵を黄卵と卵白に分け、ホイップクリームの準備をする。ついでにアイスも作ってしまえ!!
ちょうど料理で日々の
「というわけで、こちらが失敗気味のフワッとしていないシフォン・ケーキ。分離気味のミルクアイスになります」
厨房にいる皆に俺が給仕をさせていただく。正直、どちらも家族に作った時のクオリティと比較すると出すのが恥ずかしいレベルである。やっぱり勝手が違うのもあるが、素材をよく分かっていないのが大きい。
「ゲイン様、ありがとうございます。ゲイン様が取り分けて頂いたため、今回は戦争にならなくて済みそうです」
ルドルフ料理長がなぜかケモ耳をピクピクさせながら言う。それを聞いたアンさんからブワッっと何故か殺気が出たのが気になる。戦争とは物騒な話である。
俺の想像以上に皆のケーキとアイスへの評判は良く、いい匂いに釣られてきたナスカが「毎日作って!!」と無茶苦茶なことを言い出した。俺の地獄マラソンの日々にそんな時間を作る隙間などない!!!
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