第13話 生まれたての小鹿
-----(厩舎)
アントは厩舎でお気に入りのベリーを食べた後、良くわからない苦い草が入ったドリンクを飲まされていた。文字通りの苦汁を飲むたびに、主従契約をゲイン(アホゴブリン)と結んだ事を後悔していた。あの湖のほとりには親もいたし、ゲインのところに行ったのも何となくだった。傷を治してくれたし、とてもやさしい雰囲気を纏った魔物だった。本来、魔物に”やさしさ”など近親者やコミュニティ以外ではありはしない。
それでも感じたのだ。このゴブリンはやさしい、と。
そして・・・それとはべつで不思議に思うことがある。『名付け』で自分の格が上がったのだ。サイレント・ディアが何年も経て大鹿となった極一部がジャイアント・ディアになれる。それが自分はジャイアント・ディアの幼体として組み変わったのだ。
少なくともサイレント・ディアとして生活した森の範囲にジャイアント・ディアは1体もいなかった。魔力の底上げも著しく、言語操作まで使用するレベルが上がった。ただの『名付け』じゃこうはならない。ゲインに何かあるのは間違い無く、そうでなければアブリュート家に連れてこられることもないだろう。
「あのアホ主、ボロックソになってるな」
昼寝から覚め、少し離れたところで魔法訓練をする主が見えた。魔法をつぎつぎと紡ぎ、執事の男性に向けて放っている。この距離でさえ光と音がかなり大きく、隣で休んでいる馬ハイエント・ホースがいななきを上げる。
「ちょっとくらい我慢しろ、アホ馬!!」
「うっさい、バカ鹿!!てめぇの主だろう?魔力波がウゼエんだよ」
ペッ!!
「てめぇ!!俺のご飯に何飛ばしてんだよ」
「俺の苦汁のお裾分けだ。ご褒美だ。喜んで食べろ」
「ふざけんな!!!!!」
おっ、魔力を練りやがったなアホ馬。こっちがタダでやられると思
「はーい、そこまで〜」
吞気な声とは裏腹に、厩舎中の馬や鹿、蜥蜴とかげが黙り込む。この厩舎のお世話係のお姉さん(自称)が登場する。三叉のフォークは牧草を引っ掻く効率をあげるためじゃなく、厩舎の動物にハンコを押すためにある。騒ぐ、魔法を使う、食べ物を残す等のお姉さんルールを違反したものには容赦は無い。俺も何度かお世話になったが、ある程度やると『ヒール』で回復にするから余計に質が悪い。新入りは3日もたずにポッキリ心を折る(当然、俺も含まれる)。
「『アント』に朗報。そのうち君の主と森で狩りにいけるよ」
「マジっすか!?」
「その口調なんとかならないの?ゲイン様の前じゃ敬語だよね?」
「承りました」
お姉さんが半眼無言で俺を見る。きちんと言い直してもダメなら注意しないでいただきたい。俺の敬語は主のためだけにあるのだから。
◇◇◇◇◇◇◇
-----(鍛冶場)
「鍛冶の担当は私です」
「鍛冶もよろしくお願いします」
ジグさんに向けて俺はお辞儀をする。もう先生たちには”先生”こそ付けて呼ばないが、敬意を表して頭をさげることにした。じゃないとどこかで「教えてもらって当たり前」と勘違いするほどの待遇を受けている。線引きはどの世界でも大事だと思う。
ジグさんの鍛冶講義はテキパキとしていて、魔法のときのような脳筋では無く、基本的な金属の種類から火入れの温度など多岐に渡る。その都度質問をするも理解が追いつかず、何度か同じような質問をしては失礼なので「今日は鉄鋼に絞って教えて欲しい」旨を伝えた。ジグさんは「正直ものですな」と一言笑うも、それを馬鹿にした様子はなく丁寧に教えてくれた。
「次回は鉄鋼で鍛造してみましょう」
「本当ですか!!!」
「ふふふ、いままでで一番いい顔してますよ」
ジグさんも俺に釣られて笑っている。いままでジグさんの満面の笑みは見たことがなかったのでお互い様だろう。間違い無くジグさんも鍛冶が好きなようだ。
「2日後が楽しみです!!」
伸びをしながら言うと、一呼吸置いてジグさんが言う。
「3日後になりますよ。2日後はナスカお嬢様とアントと一緒に狩りに行ってきてください」
「へっ?」
どうも当主様の仕事として、管理地内の魔物をテキトウに減らす必要があるらしい。これも増えすぎると揉め事が多くなるためらしく、当主の精鋭部隊(俺を入れて大丈夫か?)が間引きするのが慣例らしい。
◇◇◇◇◇◇◇
-----(厩舎)
「アント〜、元気にしてたかぁ?」
久しぶりのアントは毛艶の良さがあがり、体格も少し大きくなっている。デカくなるの早くない?
「主よ、ご健勝でなにより」
「いやいやいやいや、アント。そんな敬語使わなくていいよ?こないだ俺のこと「ボロっくそになってる」とか言ってたよね?」
にこにこしながらアントに語りかける。なぜか背中の毛だけ逆立っているのだが寝癖でも付いているのだろうか。
「アント、聞いてる?」
「聞いてますとも我が主よ」
アントは鼻からグフグフと息を漏らしている。どうも久しぶりでアントが困惑している気がする。今日の狩りはアントの背に乗せてもらわなければならない。
「アント、今日は背中に乗せてもらうから宜しくね」
「かしこまりました」
両足を折りたたみ、背に乗りやすいよう屈んでくれる。ほんっと大きくなったな!!俺の成長はまだまだなのに!!!
「準備は大丈夫か、ゲイン?」
「ごめん、待たせたね」
ナスカは既に騎乗していた。漆黒の馬は多分魔物であろう、佇まいと知性を帯びた目が語っている。
「ついて来れるのか?バカ鹿如きがごときが」
「すぐに息をあげて嘶くいななくが良い、アホ馬の分際で」
騎乗する二人を差し置いて、それぞれの
「そ、それでは行こうか、ゲインよ」
「お、おう、俺たちは仲良くいこうな、ナスカ」
普段の俺たちの会話では考えられない平和なもので狩りは始まった。
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