第12話 月が見えた

 最近、天井を見て呟く言葉が「痛ぇ」ばかりだ。大きくない窓からは月明かりが漏れている。酷い頭痛を抱えながら何とか上半身をベッドから起こす。


 「お食事は取れそうですか?」


 そばに静かに立っていたアンさんがやさしく聞いてくれる。


 「すいません、いつもの量は食べれそうにありません。簡単な物を頂けると嬉しいです」


 俺の言葉を聞き、アンさんはひとつ頷くつドアの開閉にまで気を使い消えていく。開け閉めの音が全く聞こえないのですがなぜ・・・。うぅ、変なこと考えると頭痛が増す。


 ”魔力の枯渇は生死に直結するため、魔族は簡単には壁を越えられない”と一般教養で習ってはいた。魔法講習中も「魔力枯渇を目指す」と言われていたが、結構簡単に自分は越えてしまったようだ。いつ超えたか何となく感覚も残っている。壁を突破すると魔力が腹の底から湧き出て、奔流となった魔力が魔法の威力を跳ね上げた。「その感覚を掴め!!」と珍しくジグさんが熱い言葉をかけてくれた。


 「いずれにせよ、頭が痛い」

 「ゲイン様、簡単なお食事をお持ちしました」


 部屋を出てからそう時間もかからず、アンさんがテーブルに配膳してくれる。毎回見惚れるほど綺麗な所作でテーブルの上に銀食器が並ぶさまに感動する。アンさんが家事に誇りをもって仕事にあたっているのが俺でも分かる。


 「やっぱりルドルフさんのご飯は美味しい!!」


 クリームベースのスープ、ピタみたいな主食、ソーセージもクオリティが高い。しかもすべて薄味に整えられていて、相手の状態を察して作られている。


 「すいません、作り置きで十分でしたのに。ルドルフさん、こんな夜更に作ってもらって大丈夫でしたか?」


 「カラメルの件も含めて、軽く2発ほど殴・・・ゲイン様に感謝しておりました。『すぐにお作りする!』と飛び上がって喜んでましたよ」


 静かにアンさんの右拳に視線を移すと、アンさんがエプロンの前で重ねていた両手を後ろに回す。・・・多分、左右で1発ずつだな。アンさんがルドルフさんに怒るようなことって何だろう?


 「アンさん、月明かりが綺麗ですね」


 なんとなく間が空き、窓の方を見た僕の言葉にアンさんが初めて動揺した。


 「ゲイン様、お食事が終わりましたらお下げいたします。お声をかけてください」


 恭しくカーテシ-をし、すぐに部屋から出て行った。アンさんがそれほど動揺する理由も不明だが、美味しい食事を少しずつ頂いていると頭痛も少し回復してきた。食事は魔力回復に繋がることを体が教えてくれる。


 『ステータス』


 名前:ゲイン・ヴァイス       

 スキル:魔力操作、体術、光魔法、火魔法、水魔法

 特技:種族進化Lv1(23/100)


 こちらでお世話になってから種族進化Lv1のカウント数が上がっていない。料理の具材には魔物も含まれているとは思うが、自分で仕留めていないせいかもしれない。この辺りは検証したいのだが、いまの環境では難しい。もう少ししたらアントと外出し、一緒に狩りに出たい。


 ただ、多くの知識を安全な環境(?)で享受できる機会はそうそう無いだろう。もしかすると今後いっさい無い可能性すらある。いろいろと情報が発展している世界とは思えない。人間の街並みがどうなっているのかも不明だ。世界地図も次の一般教養で見せてくれることになっている。


 「ゲイン様、お下げしますね」


 結局、声をかけずともこちらの気配で食事を終えた事を知るアンさん。先ほどの動揺なんて何も無かったの如くである。


 「アンさん、聞いても良いでしょうか?」

 「『聞かない』という選択も悪くは無いと思います」


 食器を給仕ワゴンに手早く仕舞っていくアンさんの声が冷たい。


 「『月』は」


 言いかけたところで体が傾き、視界はすぐに暗転する。すぐ傍にアンさんの気配と匂いを感じ、いつもこうやってベッドに寝かせてくれていたことを遠ざかる意識で知る。



◇◇◇◇◇◇◇



 「まだ寝ぼけてるの?いい加減ちゃんとしろよ」


 椅子に座った途端、ナスカが煩わしく声をかけてくる。昨夜、アンさんに気絶させられてからイマイチ目覚めが悪い。結構大事な何かを忘れているような気がする。


 「ナスカ、それよりもいまは鍛冶技術だよな?ナスカは別でマナー講義じゃなかったの?」


 「それは昨日の魔法の後に終わってるよ。これから一般教養だよ」


 「え”ぇ!?・・・ガチで?俺の楽しみがぁーーー」


 「ぷっ、、あははは、初めて見たよ。ゲインがアホみたいに叫んでるの」


 人の不幸を腹抱えて笑うとはナスカはいい性格をしている。未知の金属に鍛冶士として挑めるなんて、前世でどれほど望んでも、例えお金を積んでも叶わないことだ。


 スダッツさんが世界地図を広げ、国の特徴や文化について教えてくれる。ナスカは既に知っている範囲なのか、スダッツさんに質問することは滅多に無い。俺は質問がありすぎて自粛してるくらいなのに勿体ない。


 「スダッツさん、飛び道具ってどんな種類がありますか?」


 「あぁ〜?そんなもん弓、短剣の類、石ぐらいか。魔法全般は聞いてないよな?」


 「はい、聞いて無いです」


 「それじゃぁ、そんなもんだ。あぁ、あと国によってはバリスタとかあるぞ」


 「バリスタって何!!?」


 ナスカは脳筋なのか、見知らぬ武器の名前に妙にがっぷりと食いつく。スダッツさんもナスカに質問されるとあからさまに上機嫌になり、バリスタの絵まで書き始めた(めちゃうまい!!)。


 「急に飛び道具なんて聞いてどうしたの?」


 「いや、魔石とか使った飛び道具があればなぁと」


 「おぉ〜、魔石というか、付与された武器はあるにはあるぞ」


 「付与!!!?それってどうゆうの?」


 思わず席を立ってしまい、横でナスカがドン引きしているのが分かった。スダッツさんも姿勢からしてドン引きしてる。


 「すいません、興奮してしまいました。鍛冶が早くしたくて」


 「お、おう・・・まぁ、いい事だと思うぞ。好きな方が伸びやすい。火魔法と風魔法をうまく使えると鍛冶はいいぞ。そうだ!!俺にロングソード作ってくれよ」


 「あっ、スダッツずるい!!私の方が先だからね!!」


 「いや、どっちにも作らないよ」


 「「いや、つくれよ!!」」


 そこだけ意気投合すんなよ。

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