第6話 新生活は突然に

 「おっ、主起きたのか!?」


 バカ鹿はアンさんに案内してもらった厩舎で餌をモシャモシャ食べていた。木の容器にはお気に入りのベリーも混じっているのが見えて、アントはすごく機嫌がいいようだ。


 「大したもんだな、主人がやられてたのに」

 「あれは主が悪い。命があるどころか、屋敷に招待されるほどの幸運は今後ないと思った方がいい」


 アントは話しながらも食べてることは辞めず、非常に行儀が悪い。厩舎に繋がれた他の馬の様子と品格に差がありすぎて泣けてくる。俺の愛すべき従魔よ、もう少し品格をあげてくれ。ってよく見るとアントも毛艶が出ていて小綺麗になっている。話さえしなければ風格は少しあるかも。


 「まぁ、良くしてくださって助かったね。お礼の挨拶に伺ってみるよ」


 俺が当然の礼儀をアントに伝える。


 「主、頼むから大人しくアンさんの言うことを聞いていた方がいいぞ」

 「ん?忙しいとは思うけれど、礼儀として伝えるべきだろう」

 「主、前から思っていたが貴族か?」

 「見た目通りのゴブリンだが?」


 そこまでアントに言われ、自分の常識が前世のものだったことに気が付く。こっちの世界ではお礼をそこまで言わないのだろうか。振り返るとアンさんがニコニコと微笑んでいた。


 「アンさん、当主様にお礼を言いたいので「いえ、結構だと思います」っ、そうですか」


 俺の発言はメイドに言葉を被せられるほど非常識な内容だったらしい。気を失う前にナスカの父さんも言ってたなぁ。なんとなく空を見上げると少しだけ茜色になっていた。釣りから結構な時間が経過していたのが分かった。


 「そろそろお食事の時間になります。お部屋へ戻りましょう」


 アンさんから有無をも言わせない雰囲気を感じながら、アントをひと撫でして戻ることにする。別れ際にアントがなぜか歯を剥き出して俺に抗議していた。うまいもの食べて満足してるんじゃないのか?




 自室で少し待つと木のテーブルに夕食がきちんと並べられた。俺は着席して待っていただけなのだが、アンさんが給仕のトレーに乗せてきた夕食は出来立てで、しかもどれもが料理として成立した品々だった。俺の魚丸焼きウマーとは別次元である。もちろん、俺の料理も内臓処理したり最低限はしていることを断っておく。


 「いただきます」


 両手を揃え、いつも欠かさずにしていた姿勢から自然と食べ始める。なんかご飯でテンション上がるってアントをバカにできないなぁ。しかも、めっっっちゃ良い匂いがする。


 「あの、ゲイン様。『いただきます』とはどういう意味ですか?」


 夕飯も半ばまで進み、そろそろ『ごちそうさま』のタイミングにアンさんから質問を受ける。そうか、「いただきます」がそもそも文化として無いわけだ。・・・前世の文化です、とは言えない。さすがの俺でもそこまでバカじゃ無い。


 「ん〜、習慣です。他の命を頂き、自分の糧にすること。作ってくれた方への感謝、ですかね。そういった意味を込めて僕は『いただきます』と言うことにしたんです。変なルールですけれど、自分で決めたルールですね」


 なんとなく意味は伝わったのか、アンさんは最初は首を傾けていたが次第に笑顔に戻る。


 「あと、料理された方にとても美味しかったとお伝えください。『ごちそうさま』です」


 当然、その後に「ごちそうさま」についても質問を受けた。アンさん、結構質問するの好きね。



◇◇◇◇◇◇◇



 翌朝、ぐっすり寝て体力も気力も異世界の初日よりも充実した朝を迎えた。アンさんが来る前に起床し、日課であるラジオ体操第一もどきをする。なんとなく前世の記憶を無くさないよう、意識的に始めたラジオ体操だが、思いの外すっきりするし習慣付いていた。


 「おはようございます、ゲイン様」

 「おはようございます、アンさん」


 お互いに挨拶を交わす。アンさんはメイドのはずだが、どうしても戦闘能力が高い雰囲気しかない。戦闘メイドとか物騒すぎて笑えない状況である。


 「当主から話がありました。本日より、ゲイン様には学べる環境を整えよとのことです。一般的な教養、これは魔族のルールも含みます。他には戦闘術、魔法訓練、錬金術というよりかは薬学なんかも始まります。ご希望に添えるかはわかりませんが、ゲイン様で習得したい知識はありませんか?」

 「アンさん!!!鍛冶を学びたい。図々しいですが鍛冶をお願いします!!」

 「わかりました。不詳なアンではございますが、メイドにおける全般をみっちりお教え・」

 「いや、鍛冶だから。刀匠の方の鍛冶、剣の製造の方の鍛冶技術が欲しいっていってるの」


 アンさんが目の前で「はて?」と言わんばかりに首を傾げている。いや、絶対分かってボケてるだろ?


 「頼むよ!!アンさん。俺の楽しみと生きがいになるかもしれない鍛冶を教えてください」


 ボッキリと体を折り、深くお辞儀をする。それを見たアンさんがシブシブ感を十分に発露しながら答える。


 「家事全般も覚えてもらいたいですがね」

 「・・・料理だけは習いたいです」


 遠くを見るアンさんに後ろから声をかけると目をキラキラさせて喜んでいた。そんなに家事を教えたかったのかよ!!しかもアンさんは俺を支援するメイドな筈なのにどういう展開なんだろう。と、いうよりも当主(ナスカの父さん)は何を考えて俺の支援を決めたのだろう。それがいちばん不思議でならなかった。


◇◇◇◇◇◇◇



 「ゲイン、やっと会えたな!!今日から宜しくな」


 案内された部屋には机が2つ並べられ、片方にはナスカが座っている。すでに教師らしき人物も前におり、俺はナスカに挨拶だけして席についた。


 「それでは教養を始める。ナスカお嬢様はすでにご存知のようだが、俺は貴様を知らん。名乗れ」


 すんげー態度悪い教師で日本ならモンペじゃなくても炎上しそうなコメントである。初対面でそれは無いのではないか?とか思わずにいられないが、ここではそんなことは通じないのだろう。何より一般教養を教える教師が常識に欠くなんてことはないはずだ。


 「ゲイン・ヴァイスと申します。無知故にご指導・ご鞭撻を何卒宜しくお願いします」


 きちんとお辞儀をし、顔をあげたところで目があった教師は口が開いていた。俺、なんか悪いこと言ったか?


 「おぉ、素晴らしいお辞儀だな、ゲイン」


 横にいるナスカは意味不明なコメントをニコニコと言っていた。


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