暗闇村の噂男

区隅 憲(クズミケン)

暗闇村の噂男

あるところに、朝も昼も夜もずっと暗闇の村がありました。

村人たちは視界が見えず、お互いの声と音を頼りに生活しておりました。

そのために村人たちはお互いの姿がわからず、

お互いのはっきりとした素性も知りませんでした。


さてその暗闇村には、噂好きの男がいました。

その噂男は村の集会になる度に、どこかから噂を拾ってきます。

その噂はいつも村の誰かをバカにする内容でした。


ある時は煙突掃除は猿だと言いふらし、

ある時は建築家は下着泥棒だと言いふらしました。


村の皆は集会の度に噂男の噂話に笑いました。

村の大事な話をする時でも大爆笑です。

村人たちはいつもいつも噂男の噂話を楽しみにしておりました。


************


さてある日、村では集会が開かれる日が決まりました。

それを聞きつけると、早速噂男は話のネタになるような噂を探しに出かけます。


すると香ばしいパンの匂いがしてきました。


「おいしいよ、おいしいよ! うちのパンは絶品だよ!」


パン屋が声を張り上げてパンを売り込んでおりました。

すると村中が賑わいこぞってパンを買いに来ます。

パン屋はとても盛況で、あっという間に売り切れました。


(こいつは気に入らねぇ、目立ってる奴ってのはどうしてこうもムカつくんだ?)


そう思ったのが噂男です。

噂男は見えない視界でパン屋の声がする方を睨みつけます。


さてパン屋はパンが売り切れになると帰り支度を始めます。

パンを詰めていたワゴンを引いて帰っていきます。


(そうだ。こいつを今度の集会で噂にしてやろう)


噂男はそう考え、パン屋の後をつけていきます。

ワゴンが引かれる音を頼りに足音を消して歩きます。


「はあ・・・・・・はあ・・・・・・」


すると間を置かずして、パン屋の荒い吐息が聞こえてきました。


(おかしい。大した距離を歩いてもいないのに息が上がるなんて)


噂男はいぶかしみます。


(ははん、さてはこいつデブなんだな。デブだからこんな短時間ですぐ疲れてしまうんだ)


噂男はそう確信します。


(よし、こいつをデブだと村の奴らに言いふらしてやろう。

勝手に目立ったりしやがって、これは罰だ)


噂男はくくっと笑いその場を後にしました。





さて集会の日になりました。

村の人たちみんなが村の広場に集まります。

がやがや、がやがや

みんな口々に雑談をしております。


「おーい、みんな聞いてくれぇ! 今日も面白い噂話を持ってきたぞぉ!」


噂男は声を張り上げてみんなに呼び掛けます。

村のみんなは一斉に声のする方へと体を向け、

見えない視界で噂男の方へと注目しました。


「実を言うとな、パン屋の奴はとんでもないデブなんだ。

たった数メートル歩いただけでハアハア豚みたいな声で喘ぎ出すデブなんだ」


わははははは


村人たちは一斉に笑い出しました。

みんなみんな目に涙を浮かべ、腹を抱えて笑い出したのです。


さてこの雰囲気を察知してパン屋はカンカンに怒りました。


「違う! 俺はデブなんかじゃない! 俺は普通の体型だ!」


パン屋は猛抗議しました。

けれど誰もパン屋の言葉に耳を傾けません。

誰も彼もがもうパン屋がデブだと思っているのでした。


パン屋は悔し涙を流します。

その場にいても経ってもいられず、その場から逃げてしまいました。

その足音を聞いて噂男はまた村人たちに言いふらします。


「ほうら! みんなも聞こえるだろ。豚がドスドス走っていくぞ!

自分が逃げ出した養豚場へ逃げていくんだ。ほら腹がタプタプ揺れているぞ!」


わははははは


村人たちは再び笑い出しました。

みんなお腹がよじれその場に転げ回って笑います。


その雰囲気を察知して噂男も大いに笑いました。


*************


さてここに、いつもきらびやかな服を着ていると噂される貴婦人がおりました。

コツ、コツ、コツ

いつも優雅な雰囲気をまとって歩いています。

村の貴婦人はいつも見えない男たちの注目の的です、

男たちは貴婦人が通る後が気になって、みんな貴婦人を振り返ります。


(気に入らねぇな。いつもいつも気取った態度をしやがって。

あああの女が気に入らねえ)


そう思ったのが噂男でした。


(そうだ。こいつを今度の集会で晒し者にしてやろう。

そのためには何か噂のネタになるようなものを探さないと)


そう考えると噂男は貴婦人の後をつけていくのでした。





さて、噂男は貴婦人の家の前までたどり着きます。

貴婦人は扉を開け家の中へと入っていきました。

コツ、コツ、コツ

貴婦人は奥の部屋へと歩いていきます。

それを聞きつけた噂男は、手伝てづたいに家の後ろへ回り込みました。


さて家の中からはまた音が聞こえてきます。

パフ、パフ、パフ

どうやら貴婦人は化粧をしている様子です。


噂男は窓に耳を貼り付けて聞いていました。

何か話のネタになるようなことはないかと聞いていました。

するとパフ、パフ、パフ、という音が

1時間、2時間と経ってもいつまでも鳴り止まないのです。


(おかしい。いつになったら鳴り止むんだこの音は)


噂男は訝しみ、そして閃きます。


(ははん、さては相当のブスだから化粧にも時間がかかっているんだな。

この村に来たのも、自分の顔を隠すためにやってきたんだ)


噂男はせせら笑いました。


(けけけ、次の集会の時が楽しみだ)


噂男は満足そうに頷くと、その場を後にしました。





さて集会の日になると、貴婦人は相変わらず優雅な足音を立てて現れました。

コツ、コツ、コツ

その楽器のような音に村の男たちは見えない視界で注目します。

貴婦人は自信たっぷりに姿の見えないポーズを決めました。


そこに噂男の大声が響き渡ります。


「おおーい、みんな聞いてくれぇ! そこにいる女は相当なブスなんだぞぉ!」


その声に村のみんなは一斉に噂男のほうへ体を向けます。


「その女は毎日2時間も化粧をするような女なんだ。そんなにたっぷり化粧するなんざ、

相当ブスじゃないとする必要がない。この女は今もガマガエルみたいな顔をしているんだぁ!」


わははははは


村の人たちは一斉に笑いました。

猫も杓子も大きな口を開けて歯をむき出しにします。


さてこの大笑いを聞いた貴婦人はカンカンに怒ります。


「違うわ! 私はブスなんかじゃない! 毎日毎日美容に気を使っているだけよ!」


貴婦人はみんなに抗議しました。

けれど誰も貴婦人の話を聞いていません。

みんなもはや貴婦人はブスな女なのだと決めつけていたのです。


「ほうら! ガマガエルがゲロゲロ鳴き出したぞ! 声までブスな女だな!

こんなブスガエルがいくら着飾ったってブスガエルであることに変わりないさ」


わははははは


村のみんながどっと笑い出しました。

みんなみんな頬の肉が引きつって、舌まで飛び出しそうな勢いです。


女は屈辱のうちに顔を真っ赤にし、その場を立ち去って行くのでした。


カンカンカン


その無様な足音を聞いて、噂男も大いに笑いました。


*************


さてある日のこと、村一番の富豪家が広場にやってきました。

富豪家は声を張り上げて自慢げに言いふらします。


「俺は村一番の金持ちだ! みんなに金貨を分け与えてやろう」


村の人たちはこぞって富豪家の元に集まりました。

そして我先に、我先にと富豪家に金貨をねだるのでした。

富豪家はとても満足げな様子でした。


その様子を見ていたのが噂男です。


(ああ気に入らねぇ。金持ち自慢なんざしやがって、

この成金野郎が)


噂男は苛立ちながら見えない視界で富豪家を睨みつけます。

富豪家は金貨を村人たちに施し終えると広場を去っていくのでした。


(そうだ、こいつの後をつけてやろう。

こいつの後をつければ、何か秘密を握れるかもしれない)


噂男は富豪家の後をつけていくのでした。


さて富豪家はしばらく歩くと、ある建物の前で立ち止まります。

そして富豪家は扉に手をかけると、ギシギシと鈍い音を何度も立てながら開いたのでした。


(おかしい。ドアの音から察するに、随分と古い家のようだ。

どうして金持ちがわざわざそんな古い家になんか住んでいるんだ?)


噂男はそこで閃きます。


(ははん、さてはこいつ本当は貧乏なんだな。

貧乏だからこんなボロっちい家に住んでるに違いない。

これは相当なビッグニュースだ!)


噂男はくくっと嬉しそうに笑います。

そしてその富豪家の家らしき建物を後にしたのでした。





さて集会の日になりました。

富豪家は集会の日になっても村の人達に施しを与えます。

村人たちはこぞって富豪家の元に群がりました。


そこに声を張り上げたのが噂男でした。


「おーい! みんな騙されるな! その金貨は偽物だ!」


その声に村人たちはぎょっとして噂男のほうへ振り返ります。


「その男は本当は貧乏人なんだ。そいつは今にも倒れそうな

ボロっちい家に住んでいて、本当は金なんかないんだ。

その金貨も牛乳瓶の蓋を加工して作ったものなんだよ」


村人たちは動揺を始めます。

その様子に慌てて答えたのが富豪家です。


「違う! 俺は貧乏なんかじゃない! 俺は本当に金持ちなんだ!」


「いいやみんな騙されるな! 金持ちが自分で金持ちなんて言うと思うか?

こいつはとんでもない妄想に取り憑かれているんだ。ゴミを金貨だと

思って配り回っているキチガイ野郎なんだ」


わははははは


村人たちは一斉に笑い出しました。

そして富豪家の男を突き飛ばし、みんなで一斉に蹴り飛ばしました。

「騙しやがって」とか「キチガイ野郎」といって富豪家を詰ります。


富豪家は体中がボコボコになりそのまま気絶してしまいました。

それでも村人たちは蹴るのを止めませんでした。


そのバンバンと蹴る音を聞いて噂男は満足げに頷きました。


「けへへ、金持ちなんて吹聴した罰だ。これで奴も二度と

自分が金を持ってるなんざいわなくなるだろうな」


噂男はそういうと大いに笑いました。



**********


さてある日のこと、村では突然集会が開かれることになりました。

村の村長が重大な発表があるといってみんなを集めたのです。


その集会にはもちろん噂男もおりました。


(ちょうどいい。今日は村長の噂を仕入れてあるんだ。

頃合いを見てみんなにアレをバラしてやろう)


噂男は企み、くくっと堪えながら笑いました。


さて村長が壇上に上がり、おほんと咳払いをしました。


「えー、今日みんなに集まってもらったのは我が村に

とって重大なニュースが齎されたからだ。そのニュースとはーー」


その話を遮り、噂男は村長の前へ飛び出しました。


「おーいみんな、村長は実はハゲなんだ。髪の毛が一本もないツルッツル

のハゲなんだ。この村が暗闇じゃなかったらさぞピカピカに光ってるだろうなぁ!」


わはははははは

村のみんなは大声で笑いました。

みんなみんな一様になって村長を指差して笑い始めたのでした。


けれど村長はその声には全く意に返さず、話を続けるのでした。


「えー、その重大なニュースとは、我が村に国から人工太陽が

支給されたということだ。今までこの村は真っ暗だったが

これからは光のある生活ができるようになった。今から装置

を起動させよう」


そういうと早速村長は壇上に設置してあった機械のスイッチを押しました。

すると機械の筒から火の玉が飛び出してボワッと飛び出してきたのでした。


火の玉が村人たちを一斉に照らし出します。

そして村人たちの姿が一様に現れたのでした。


すると次の瞬間ーー


わはははははは

村人たちは笑い出しました。

視線を一点に集めて笑い出しました。

それは噂男に注がれていたのです。


何と醜い体をしているのでしょう。

噂男はとんでもないデブだったのです。

何と醜い顔をしているのでしょう。

噂男はとんでもないブサイクだったのです。

何とみずほらしい格好をしているのでしょう。

噂男はボロボロな服を着ていたのです。

そして何と神々しい光を放っているのでしょう。

噂男は髪の毛一本たりともないハゲだったのです。


わはははははは


村人たちは噂男のあまりにひどい姿に笑いました。

みんなみんな嘲笑の眼差しを噂男に向けていたのでした。


わはははははは


いつまで経っても笑い声は止みません。


「ふざけるなッ! みんなこぞって俺をバカにしやがって!

笑うのを止めろクソ野郎どもがッ!」


噂男はカンカンに怒り怒声を上げました。


けれど誰一人笑うのを止める者はおりません。

村人たちは視界に光が注がれた瞬間、これほど

醜く可笑しな姿が現れるとは予想だにしていなかったのです。

誰も彼もが噂男という嘲笑の的に釘付けにならずにはいられませんでした。


わははははは


村人たちはこれまでにないほど大声を上げて笑い続けました。


噂男は悔し涙を流しました。

侮辱されることがこれほど苦しいことだとは思いもしませんでした。

自らの胸の内がズキリ、ズキリと鋭い痛みを伴ってこみ上げてくるのでした。

そしてこの痛みは、この村にいる限りいつまで経っても逃れようの

ないものだと確信しました。


そう考えた瞬間、噂男は咄嗟とっさに壇上に上がり人工太陽に飛び込みました。

すると噂男の全身は焼かれ、轟々と音を立ててあっという間に姿を消してしまいました。


わははははは


村人たちはその最期を大いに笑っていたのでした。

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