第8話 脱出と願い



 目覚めると、薄暗い大広間にいた。



 目の前には杯、伝説の魔法道具がある。俺は戻ってきたのか。利用して殺した奴の死体はなく、俺と杯だけが大広間にぽつんと一緒にいる。



「よくぞ試練を乗り越えた」



 どこからか声がした。辺りには誰もいない。今のは、伝説の魔法道具が発したものらしい。別世界を作り、どんな願いでも叶える代物だ。喋るぐらいはわけないか。



「願いはなんだ。それが例えどのようなものであろうとも、我が叶えよう」



 中間的な声だった。男でも女でもなく、老人でも子供でもない。ガラクタのような見た目と同じく、やや濁っているぐらいの特徴しかない不思議な声だ。



「願いとは別に聞きたい事がある」



「良いだろう」



「他の奴はどうなってる」



「死体は他所にやった。我に触れた者なら、未だ我が誂えた夢の中にいる」



「そいつらはどうなる」



「死ぬまで夢の中だ。そして全ての者が死んだ時、我は再び、新たな場所で願いを叶える」



 独占はできないって事か。



「分かった。なら願いを言おう」



 正直、願いらしい願いなんてない。そもそも伝説の魔法道具を求めたのも、あれば便利ぐらいの軽い気持ちからだ。どうせ欲しいものは自分の力で手に入れる。手に入れるだけの力も持っている。



 そう、今まで思っていた。



 ほとんどは今も同じ考えだ。だが、全てが簡単には手に入るわけではない。それに簡単に手に入るものばかりで、本当に面白いのか。



「……あの少女をこっちに戻してくれ」



「良いだろう」



 杯が光った。一瞬で大広間が光に包まれ、次の瞬間には杯と光は消えていた。そして、杯があった場所にはあの髪の長い少女が立っていた。



「……どういう事?」



 いつものように、貧民街のような薄暗がりから少女が睨んでくる。現実の姿は野犬というよりは蛮族の女戦士といった感じだ。俺は手短に事情を説明すると、少女は俺から距離を取って腰に下げた剣を抜いた。



「何が目的?」



「手を組まないか」



「……はあ?」



 そういうのも当然だろう。俺自身も何を言っているんだろうと思っている節がある。あの別世界で、俺たちは決して気の合う仲間ではなかった。最後の最後だけ、打算と貸し借りを前提とした、申し訳程度の協力関係があっただけだ。



「手を組んで、何するの?」



「欲しい物を手に入れる」



「欲しい物って?」



「その時の気分で変わる」



「誰主導?」



「その時で変わる」



「……意味が分からないんだけど」



「それが俺の人生だ」



 少女は溜息を吐いた。



「私たち、お互いの名前も知らないんだけど」



「最初はそういうものだ」



 少女はまた溜息を吐き、剣を構えた。



「私はずっと一人で生きてきた。掃き溜めで生まれ、盗みで日々飢えを満たし、誰に媚びるでもなく生きてきた。他人は利用するだけの存在でしかなかった」



 俺よりもましだな。俺にとってのは他人とは、足手纏いだ。人間には二種類いるという言い方をしても、俺の目の前で邪魔をする奴か、後ろから足を引っ張る奴の二通りだ。



「だから他人を信用した事はないし、頼った事もない。嘘と裏切りしかないあの場所では自分の力だけが頼りだった。だからこそ、私は義理を通したい。あの時あんたを庇ったのも、それが理由。変な勘違いは止めて」



「分かってる。その上で言ってる」



「正気?」



「多分」



「……あっ、そう。……私が誰とも手を組みたくないのは、誰も私を守ろうとしないから。そんな奴を私も守りたいとは思わないし、そんな奴と手を組みたいとも思わない」



 そこで、少女は剣を収めた。



「良いよ、手を組もう。やり直せるとは言え、そんな関係になったのはあんたが初めてだった」



「じゃ、まずはここを出よう」



 恐らく、少女は俺の足を引っ張るだろう。意見が割れてぶつかり合う事もしょっちゅうある筈だ。そう遠くない未来、俺たちが袂を分かつ可能性は十分にある。



 しかし、俺一人では目的を成しえない状況に直面した時、伝説の魔法道具が用意した試練と同じように、少女がいればそれも成しえるのではないか。



 そんな予感を覚えながら、俺は少女と共に明るい外に出た。

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クズループ @heyheyhey

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