星(きらり)

海星

雨降る夜に見えた星

 夜だというのに生暖かい風が吹いている。空には雲がかかり、今にも雨が降り出しそうだ。自然と歩みが早くなる。


「おっと」


 足がふらふらして真っ直ぐ歩くことができない。


 どうやら飲みすぎてしまったようだ。


 今日は職場の飲み会があり、この間、二十歳を迎えた私は初めてお酒を飲んだのだが、これ甘くて飲みやすいよ。と勧められた飲み物をハイペースで飲んでいたせいだろうか、体は火照り動悸どうきが激しくなる。よくテレビで飲み過ぎて千鳥足で帰宅するサラリーマンを見るが、実際に自分が飲み過ぎて千鳥足になっていると思うとなんだか笑えてくる。


「はぁ、何してんだろう。」


 仕事をして家に帰って寝るだけの毎日。生きてる意味あるのかなぁ。


 こんな事を考えるのはお酒のせいなんだろうか。何もない自分でも、東京に来れば何か変わると信じていた。でも、現実はそんなに甘くない。環境のせいにしたり、才能のせいにしたりして、努力してこなかった私にとってはこの世の中は生きづらい。


 時計を確認するがまだ21時だ。飲み会開始が19時だったから2時間はいたことになる。先輩達はこれから二次会に行くと言っていた。長い日は朝まで飲むとか言ってたし、どんだけ飲むんだろうあの人達。


 ポツリ


 鼻先に冷たいものが触れる。ひんやりと気持ちいい。


 雨だ。


 今朝の予報では曇りだったのに、雨足はだんだん強まってくる。


 もう少しで駅というところで、歌が聞こえてきた。可愛い声で、可愛い歌。歌が聞こえる方を向くと、そこでは3人の美少女が歌いながら踊っていた。そう、アイドルだ。


 いつもの私なら見向きもしないのだが、酔っ払っていたせいか、街灯に惹きつけられる蛾の様にふらふらと引き寄らられていく。


 雨も降り出し、観客もまばらで、ステージなど無く、マイクも無い。照明だって街灯の明かりだ。でも、雨に打たれながらも、笑顔で歌い続けている。そんな三人がとてもキラキラして見えた。


 私は雨のことなんか忘れて、彼女達の歌に、ダンスに魅入っていた。そんな時、右で踊っていたミディアムヘアの娘と目が合った。私と目があっているのに、私を見ていないような不思議な、だけど綺麗な瞳だ。なんだか気まずくなり、目を逸らしたくなるが、次の瞬間、ウィンクをされた。


 私は雷に打たれるような衝撃を覚えた。


 胸がキュッとなって締め付けられるようで、なのに、心臓はバクバクとなり続けている。


 私ヤバイのかな。お酒の飲み過ぎで死ぬのかな。


 どうせ死ぬならと、曲が終わったタイミングで投げ銭をする。財布から適当にお札を1枚抜く。壱万円札だったけど、まあいっかと思い、手作りであろうピンクの箱に入れる。


 すると、ミディアムヘアの娘が私の手を取る。


「ありがとうございます。私達cascade《カスケード》っていうアイドルグループです。私の名前は雨夜あめやきらりです。きらりんって呼んでください。明日〇〇の会場でコンサートやるので良かったら来て下さい。」


 彼女の手はしっとりと汗ばんでいて、でもそのぬくもりが暖かくて、心地良い。汗なのか雨なのか分からないけど、濡れて顔に貼り付いた髪の毛や服。上気して赤く染まった頬。踊った後の乱れた吐息。全てが色っぽく感じて、気がついた時にはきらりんの手を握り返して叫んでいた。


「好きです!!!」








「うわあああああぁぁぁぁぁぁ」


 私は枕に口を当てて叫んでいた。


「私は、なんてことを」


 1時間前の出来事を反芻する。

 酔った勢いとは言え、いきなり告白して走って逃げていく私はかなり変人だ。

 思い出すと、恥ずかしさが込み上げてきて自分を殴りたくなる。というか殴ってる。痛い。


「よしっ、今日あったことは忘れよう!」


 どうせ、彼女と再会することなんて無いのだろうから。そう思うと何故だか切なくなる。

 彼女が魅力的に見えたのはきっと酒のせいだ。


 入浴や歯磨きを済ませてベッドに入ると、どうしても彼女の顔がチラつく。可愛くてキラキラしていて、あの目で見られると呼吸すら忘れてしまいそうになる。


「駄目だ、寝れない。」


 アルコールがまだ残っているのだろう、妙に目が冴えてしまい眠りにつけない。


 明日は休みだし、どうせ寝れないならスマホでもいじってようかなと思い、明かりをつけてネットニュースなんかを見る。学生の時は全く興味がなかったけど、社会人になってから、周りの人と話を合わせる為に見るようにしている。まあ、内容がゴシップから時事に変わっただけで、本質は同じなのかもしれない。


「そう言えば、あの娘。カスケードのあまやきらりって言ってたっけ。」


 少し気になったので調べてみることにした。


 でた、三人組ユニットのcascade。

 ページを開くと画像が表示される。

 センターの茶髪でストレートヘアの清純そうな娘が、まいまいこと宮田舞みやたまいで、小柄でショートカットの童顔の娘があずこと佐藤亜月さとうあずき。そして、ゆるふあのウェーブのかかったミディアムヘアで綺麗な目をした女の子が雨夜きらりだ。

 そこには、さっき見たのと変わらないきらりんの笑顔があった。いや、実物の方が何倍もいい。


「あ、好きだ。」


 思わず声に出てしまう。私は、気が付いてしまった。私は、日向明音ひなたあかねは雨夜きらりに惚れている。







 二年後、私は叫んでいた。


「「まいまぁーーーーーーい」」

「「きらりぃーーーーーーん」」

「「あずぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」」


 キラキラのステージで踊る彼女達を応援する為に会場全体が湧き上がる。


 曲も終盤に入り会場のボルテージはマックスになる。激しいコールが飛び交う中、私は幸福の絶頂にいた。推しがいて、推しを応援できる。それだけのことがこんなにも幸せなことだなんて知らなかった。もう死んでもいい。私は本気でそう思っていた。この時はまだ。


 ステージが終わるとチェキ会があり、私は当然きらりんの列に並ぶ。


「きらりん好きです。私の一生を捧げます。」


「アカネさんいつもありがとう。」


 そう言って、いつかのように私の手を取る。


 私は再び幸福に包まれる。きらりんといると幸せになれる。辛かった事も忘れられるし、これから起こるいかなる災難だって、きらりんのためと思えば乗り越えられる。

 私は感極まって泣いてしまった。

 時間が無いので泣き顔のままチェキを撮ることになる。また、きらりんの前で醜態を晒してしまった。


 その時のきらりんの笑顔には陰りが見えた気がした。もしかして、私嫌われたのかな。ヤバイ死ぬかも。推しに嫌われたら生きていけない。


 それから数日後、きらりんはアイドル引退を発表した。


 私は生きる意味を失った。

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