第33話 対決宇宙海賊6

 俺はブリッジのドアを開けた。その瞬間テレッサが俺を引っ張る。目の前に閃光が走ると壁に黒焦げができた。ブラスターだ。あぶねー。


「き、来やがったなぁ」


「クリフ!」


「リプルぅー」


 ブリッジから海賊ボスとトレニィそしてラプルの声が聞こえた。中の海賊はボス一人のようだ。となるとブリッジ要員は全員逃げ出したということになる。さっき逃げていた連中がそうなのだろう。ここのボスは人望が無いらしい。


 壁を盾にして俺は再び中を覗いてみると、銃を撃ってきたボスは俺達とは対角の隅でトレニィとラプルを盾にしていた。


 片腕で二人の首を絞めるように拘束している。そして反対の手に先ほど俺を撃ったブラスターをトリニィの顔に押し当てていた。


「くそぉ、テメーらどこの軍だ?」


 ドレッドヘアーと顔中に生えた髭でまるでライオンのような海賊が茹ダコのように赤くなって怒りを露にしている。だがこの男は俺達を軍の人間だと思っているようだ。ただの営業マンなのに。


 しかしここは俺たちが軍の人間だと思わておいたほうがけん制になるかも知れない。そして奴が躊躇したら二人を助けよう。


「あたし達はオオツカンパニーの社員とサポートアンドロイドです!」


「は?」


 テレッサが突然俺の正体を暴露してしまた。皆が唖然としている。


「バカバカ、なんで本当のこというんだよ! 軍人と思わせておいたほうが有利だろうが!!」


「クリフ……そのくたびれたスーツ姿で軍人を名乗るのは無理があります」


 確かに俺は典型的な営業マン姿だった。そんなことも分からないのかとテレッサの冷ややかな視線が痛い。


「ハァ? ふざけてんのか! そんなわけねーだろ!! テメーらの本隊はどこだぁ!!」


 だが海賊はテレッサの言葉を信用しなかったようである。よくよく考えてみれば俺たちの乗り物はすべて軍からの払い下げだ。


 しかも本来ならば撤去しなければならないいくつかの装備がそのままのであり、しかも使ってしまったのだ。奴が誤解するのも無理はなく今度こそ軍人と思わせるチャンスだ。


「フハハハハハ、よくぞ見破った! この俺こそが――」


「――女児下着の営業マンです。ちなみに童貞です」


 テレッサはいつの間にか俺のアタッシュケースを開いて女児下着を見せつけていた。なぜこのポンコツは本当の事をいうのか? アンドロイドだからか? 軍から払い下げられるようなポンコツだからか? しかも最後の一言は不要だ。俺のナイーブな心が激しく傷ついている。


「…………」


 とうとう海賊の男は信用し始めてしまった。本当なのかというような疑いの目をこちらに向けている。


「あ、諦めてその二人を開放してくれないか」


「ふーぅ、ふーぅざけるなあああああ。たかがセールスマンごときが、この宇宙海賊の俺様にぃーッ命令すんなッ!!」


 セールスマンではなくて営業マンなのだが。異なるものだと知らないのだろうか。


「勘違いも甚だしいですね。宇宙経済を回している私達一般人様に対し、私たちの爪の垢をすすって生きるしか能のない宇宙海賊風情が粋がるなど烏滸がましいです。便所の糞でも舐めてなさい」


「帝国ですら手が出せない俺たちを敵に回して只ですむと思うなよ!!」


「ぷぷぷー、だったら何で人質なんか取ってるのですか? ほらほら私たちは隠れるところなんてありませんよ。撃ったらどうですか?」


 テレッサがとんでもない挑発しているにもかかわらず撃ってこない……ただ歯軋りをしているだけだ。なぜ撃たないんだ?


「私が進撃した映像を見たのでしょ。撃ち合いで敵わないと分かっているから撃たないのでしょ。腰抜けの海賊さん」


 めちゃくちゃ言っている。仮にも相手は国境皆無で連合や帝国ですら頭を抱えるほどの巨大組織、宇宙海賊なのに一般人以下と言いきっていたよこのポンコツ。到底人質のことなど考えているように見えない。


「よ、よっぽどぶっ殺されてぇみてぇだなー」


 海賊の腕に力が入ったのか捕まっている二人が苦しそうにした。早撃ちで勝てても人質を助けなきゃこっちが不利じゃないか。


「ほらみろ怒らせちゃったじゃないか。二人を助けなきゃならないのに何挑発してんだよアホーッ!!」


「あ、アホ!? この私にアホといいましたか。バカも許せませんがアホはもっと許せません。訂正を求めます」


「アホはアホだ! いやならポンコツだ!!」


「言いましたね。行列式演算もろくにできない低能童貞がこの私に!」


 俺とテレッサは激しく言い争いを初めてしまった。今日という今日は勘弁できなかった。いつもいつも人をバカにしてくる態度に堪忍袋の緒が切れた。言い争いの勝利のコツは言っていることが合ってようが間違ってようがマシンガンのように言葉を切らずに相手に浴びせるのだ。


 だがテレッサもさすが毒舌ロボだけのことはある。こちらの猛攻の言葉攻めなど無視て同じように畳みかけて来た。しかも演算能力が高いうえに記憶容量も高いため、やがてジワジワと押される。俺のボキャブラリは底を尽きて同じ言葉をリピートし始めた。


 そんなバカバカしい言い合いのなか、海賊ボスはこっそりと反対の出入り口へと向かっていた。俺たちの様子を伺いながら扉の前まで来るとシュっと音と共に扉が開く。


 ここぞとばかりに逃げだそうとした瞬間、扉の前には燃えるような赤い髪の女とちんちくりんな狸耳の幼女が腕を組んで立っている。


「お帰りになるなら二人を返してもらうぜ」


 にこやかに笑顔でカテリアがそう言うと海賊の腕を掴み上げた。抵抗しようと力が入ると天井に向けてブラスターが発砲した。だが事前に銃のなんたるかをカテリアに教えておいたため彼女は驚きもせず怒りの鉄拳が火を噴いた。


 放たれた正拳が海賊ボスのボディにのめり込む。あまりの衝撃に前のめりに顔が下がると、待っていましたとばかりに顔面にもう一発お見舞いする。


 カテリア達ドラゴ族のパンチはけた違いのパワーで海賊ボスは結局元の位置へと吹き飛ばされた。頭がカチ割られていなければ良いのだが。


「作戦どおりですね」テレッサが自慢そうに言う。


「作戦通り? ああ、作戦通りだな……」俺は腑に落ちない。予定上に酷い言葉でなじられた。そもそもこんなのが作戦なのかと言いたい。だが結果的に二人は無事取り戻せた。カッコよく二人を救出できなあたり俺は凡人なのだと情けなく思う。


「クリフ!」


 だがそんな凡人の俺にトレニィは泣いて抱きついてきた。彼女を危険に晒してしまった罪悪感に見舞われつつも、彼女が無事だったことに安堵してトレニィを抱きしめる。


「くそぉ……よくもやってくれたな。これで俺はあのかたに殺されたも同じだ。お前らも道ずれにしてやる」


「げぇッ、そのセリフはまさかの自爆!」


 カテリアのパンチで血まみれとなった海賊ボスは胸ポットより小さな箱を取り出した。そして手にした起爆装置のスイッチを押した。


 ブリッジに仕掛けられていた爆弾が次々と起爆してゆく。爆弾はブリッジを囲むように配置されていたため俺たちを囲むように爆発した。


 テレッサは咄嗟にリプルとラプルを抱きかかえるように庇った。そして俺はトレニィを、そんな俺たち二人をカテリアが庇った。


 激しい爆音と炎、そして金属破片が俺達を襲う。アンドロイドであるテレッサは飛んできた破片が当たっても人口皮膚が裂けるだけでものともしない。


 カテリアは気合いをいれて表皮を硬化させるが、硬い金属破片には叶わず肩、腕、足に刺さった。背中はかろうじて弾いたようだがカテリアは悶絶の表情を見せている。


「カテリアーッ!」


 その次の瞬間、船内の空気が一気に吸い出されてゆく。ブリッジの前半分が吹き飛び、消失したため気圧差で中のものを外へと追い出そうとする。


 起爆ボタンを押した黒焦げの海賊ボスは炎と煙ごと外へと吸い出された。そして俺達も。テレッサは持ち前のパワーで踏ん張ってリプルとラプルを助けた。


 俺とトリニィそしてカテリアも引きずられる。カテリアは傷の痛みに耐えて踏ん張ったが、俺は繋いでいたカテリアの手を滑らせてしまう。


「クリフ―ッ!」


 カテリアは悲痛な叫びをあげて俺に手をかざす。気圧差で耳がバカになっていても彼女の声は聞こえていた。俺も手を伸ばすが届かない!


 トリニィを抱えたまま一気に外へと引き寄せられる。


 全身から重力を感じなくなったような錯覚に陥ると、俺の視界には吹き飛ばされたブリッジの外観が見えた。そして急に重力に捉えられると落ちてゆく感覚が全身を襲う。

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