第21話 カテリア6
「ときにカテリア、お前は『貢ぎ物』候補の一人だったのだがどうするのだ?」
父親がカテリアに問いただした。そういえばトレント族の集落を出るときも誰かが似たようなことを言っていた。『神』『貢ぎ物』一体なんのことだろうか。
正直なところ胡散臭いことこの上ない。文明が未発達なので宗教などが強く根付いているのだろうか。『掟』などもあることだし。
「あたしはクリフの元に行くから辞退するわ」
カテリアは俺の腕にしがみついたまま返事をする。せっかくのタイミングなので俺は『神』や『貢ぎ物』がなんなのか聞いてみることにした。
「その『神』とか『貢ぎ物』ってのはなんなの?」
「神様は神様だよ」
カテリアは何言っているのかと言った感じで答えるが、俺には訳が分からない。
「神様は、クリフみたいな人の姿で時折あたし達の元にやってきて天恵をくれるんだよ。例えばこの槍とかそいつの着ている服の生地とか……」
カテリアは嫌そうな顔でトリニィの服を指さした。言われてみればトリニィの服は合成繊維のサラサラ生地だ。彼らの文明でこんなものは作れるとは思えない。
カテリアの槍は非常に軽く槍先は恐ろしく鋭利だ。施されている模様は複雑で精巧である。ステンレスや真鍮のような金属でできているようだがこれも彼らの技術で作れるとは思えない。俺はだんだんと嫌な予感がしてきた。
「テレッサ!」
「はい。おそらく『神』とやらはクリフと同じ外宇宙から来た人種と推測されます」
やはりだ。俺もそう思う。彼らからすれば俺たちの技術は神の力のように感じても仕方がないものだ。高度な科学は魔法と変わらないと昔偉い人が言っていたように思う。
「『貢ぎ物』っては?」
「貢ぎ物はあたしたちのことです。神への貢ぎ物に選ばれた者はこの世とは思えないような楽園へ連れてってもらえる。そう言われています」
俺の質問にトリニィが答えてくれるが、どう聞いても怪しさ満開である。そんな楽園などあるわけがない。
「その楽園って誰か見た人いるの?」
トリニィは首を横に振った。誰もいないらしい。彼女たちの意見からして楽園なのだから行ったら二度と帰ってくる気になれないのだから当然なのだそうだ。
絶対に騙されている。俺は首の皮膚の下にある翻訳装置のスイッチをオフにした。
「テレッサ……これもう犯罪の臭いしかしないんだけど」
「はい。私の演算でも100%犯罪がからんでいると導きだしています」
「計算するまでもねぇよ……」
「おそらく『神』の所在地は我々が向かっているジャミングの発生源でしょう」
まったくもって同意見だ。だがジャミングでこの星の存在を隠そうとしているのだからそこいる連中はロクな相手ではないことは明白だ。武装している可能性が高いだろう。
「これってドンパチになると思う?」
「なると思います」
予想通りの回答が返ってきた。ドンパチは嫌だな、俺はまだ死にたくない。
「俺……逃げ出していいかな?」
「帰れなくなりますがよろしいのですか? それに逃げてもいずれ私たちは彼らに見つかるでしょう。痕跡を残しすぎです」
「ううう……」
俺は泣き出したい気分だ。
「クリフ、もう一つ悪い知らせがあります」
「なんだ」
これ以上悪い事態などあるのだろうか? せめて良い知らせとセットで頼みたいところだ。
「彼女たちの存在です」
「意味がわからんぞ」
「彼女たちは亜人ですが、極度に人間の形に近い存在で、データーベースにもそのような種族はありません」
「だから?」
「つまり彼女たちは意図的に人間に似せて作られた人種の可能性が高いと言えます」
俺はテレッサの言わんとすることに意識が飛びそうになるほどの衝撃を受けた。トリニィもカテリアも他の皆も人為的に作られた存在だというのだ。確かに人為的に新種を作るのは技術的に難しくはない。クローンについても簡単にできる。しかしながらそれは国際的に禁止とされている。
唯一体の部分的なクローニングは許可されているが彼女たちのように完全に個として存在してしまうような製造は大昔から倫理的に禁止となっている。
「え、ちょ、ちょっとまて一体何のために? 誰が……って神か!?」
「はい、作られた理由も予測でしかありませんがこれは悍ましい結果になるかも知れません」
「ま、マジかよ……彼女たちが作られた人種だなんて……だから『神』かよ、皮肉かっ!」
うなだれて肩を落とす俺にカテリアとトリニィは元気をだせとばかりに背中をさすってくれた。だがこちらの会話の内容が分からない彼女たちは俺が肩を落とした理由を知らない。知れば彼女たちは大きなショックを受けることになるだろう。
それにしても惑星宙域に大規模ジャミング、そして惑星改造、人造亜人とてもではないがやっていることの規模が大きすぎる。国家犯罪、大企業犯罪、はたまた宇宙海賊かも知れない。そんじょそこいらのゴロツキにできる仕事ではない。
頭が痛くなってきた俺は宴も適度に切り上げてトレーラーへと戻った。後部にあるラウンジはスイッチ一つで一つの大きなベッドとなる。倒れ込むように体を横にした。そしてこの先のことを考えてみる。
彼女たちの処遇は宇宙警備隊や国家にまかせるとして、まずはこの星を脱出しないことには何も始まらない。それはつまりジャミングを止めて救援を送るのだがその為には『神』を名乗る不届き者と事を構えることになる。まったくもって生きて帰れる気がしない。
俺は胸のペンダントを取り出してスイッチを入れた。サクラさんの立体映像が飛び出し、彼女の顔を見ていると涙が出そうだ。フラれたけれども、もう一度会ってやり直したいと思っていた。だがどうやらもうそれも無理かもしれない。戦って死ぬか逃げて死ぬかそんな未来しか見ない……
俺は不安をぬぐい切れないまま寝てしまった。
◇◇◇◇◇
すっかり夜が更けたころ俺は顔に違和感を覚えた。気になったが横向けになって寝続けるとさらに違和感が強くなった。なにやら顔を引っ張ったり押しつぶしたりされてるような気がする。
目をカッと見開くと目の前にカテリアの顔があって彼女はニヤニヤとしていた。彼女の両手は俺のホッペを摘まんで遊んでいるではないか。
「ひゃにをひてひる……」
「妻を置いてきぼりで寝るなんて酷いじゃないか、ダーリン」
今度は打って変わって彼女の顔は膨れた。結婚した覚えはない。場を収めるために無理やり婚約者には仕立て上げられたが俺は認めていない。俺はまだ寝足りないと無言で訴えるかのよう寝返りをうってカテリアに背を向けた。
だが寝返りをうった方向にはトリニィの顔が目の前にある。カテリアにしろ彼女にしろいつの間に潜り込んだのだろうか。俺の吐き出した息を彼女が吸う。彼女の吐き出した息を俺が吸う。それほどまでに近い距離である。
トリニィは俺の顔をじっと無言でみていた。彼女はカテリアの家族の前で婚約者だときっぱり言ってしまった。彼女の立場を守るだけの仮初の約束なのに彼女は一体どうしてあんな事を言ったのだろうか。カテリアと違って彼女には掟などの縛りはないのだ。
潤んだような目でじっと見つめられると焦りが生じる。まるで何かを期待されているかのような雰囲気に俺は気が動転しそうだった。
突然背後から手が伸びてきて俺の顔をガシリと掴まれた。そして無理やり俺の頭を捻って再びカテリアのほうへと向ける。
「イデデデデデデデデデデ」俺の首はネジ切れそうになり、激痛を訴えた。
「やめなさいよ、クリフが痛がっているじゃない!」
今度はトリニィが俺の頭を鷲掴みにして自分の胸へと引き寄せた。俺の後頭部に柔らかい感触を感じると一気に心臓の鼓動が高まった。こうなるともう眠気など吹き飛んでしまう。
「なんじゃと! お前こそ人の夫を誘惑するな!」
カテリアは俺の頭を掴んでいた手に力がはいり、強引に引き寄せると彼女の豊満な胸に蹲ってしまう。ポニョポニョとした感触で顔全体を包まれて俺は前からも後ろからも挟み撃ちとなってしまった。
息苦しい……だが今の俺にこの至福の時を払いのける勇気はなかった。たとえ頭上で彼女たちが火花を散らしていたとしても。
「何よ、クリフは嫌がっているじゃない」
「嫌がってなどおらん! 恥ずかしがっておるだけじゃ!」
「そ、そんなこと何で貴方が言い切れるのよ!」
「私がクリフのことが好きだからじゃ!」
「ぜ、全然意味がわからないわ!」
「強い私がこうして好意を抱いておるのじゃ、拒む者などおらんわ!」
「何なのよその意味不明な理論は! 全然根拠になっていないじゃない!」
「お主こそなんじゃ、婚約者とかほざきおったがクリフとは赤の他人じゃろが」
「そ、それは……」
トレニィは黙ってしまった。カテリアの言い分に言い返せなくなってしまったようだ。確かに建前上は婚約者となているがトリニィとは赤の他人とまでは言わずとも知り合い程度である。
「クリフのことが好きでもないのに私たちの間のことに口を出すな!」
トレニィは今にも泣きだしそうになっている。だがそんな二人のやり取りを見かねて突如、喝が入った。
「そこまでです。あなた方はこんな夜中になにを騒いでいるのですか。カテリアはクリフを放してください。彼は窒息しています」
テレッサにそう言われてハッとしたカテリアは慌てて手を放した。俺はカテリアの胸で窒息寸前で意識がもうろうとしていた。
「話は聞いていましたがカテリア、あなたの種族は一夫多妻制度ではないのですか?」
「一夫多妻?」
「一人の夫に複数の妻を許可する制度です」
「ああ、確かにそうだけど誰でも許せるわけじゃないよ。ちゃんと皆の合意がなければ駄目だ。それにあたし達ドラゴ族は実力主義なので力さえあれば一人の妻が複数の夫を持つことも可能なのだよ」
銀河宇宙では家族の持ち方は千差万別である。一夫一妻、一夫多妻、多夫一妻、多夫多妻、家族を形成しないなど極一例だ。凄いのものになれば分裂するなどというものもある。また老いたら逆行して若返って永遠に生きているとかもある。
したがって何が正しいとか間違っているとかはない。大事なのはそれらを容認する心であり、それこそが宇宙社会と付き合っていくコツなのだと人は言う。
「なるほど多夫一妻も有りなのですね。ではなぜトリニィは駄目なのですか?」
「こいつはクリフの事を好きでもないのにクリフを誘惑するからだよ!」
カテリアはトリニィを指を指した。俺はカテリアがトリニィを嫌っている理由は独占欲かと思っていた。だがどうやら彼女にとっては煮えきらないトリニィが目障りなようである。
カテリアの性格はサバサバしていて決めることも早ければ行動も早い。その分思慮が足りなく強引なところも見受けれるようだが、それはそれで彼女の魅力ともいえる。彼女のみならずドラゴ族自体がそういった種族のようである。
かたやトリニィは大人し目でどちらかと言えば温厚なタイプだ。悩みなどは内に秘めて表には出さない。それがトリニィ独自なのか種族独自なのかは分からない。だがカテリアにとってはそれが気に入らないようだ。
「なるほど、しかしトリニィには彼女なりに理由があるのではないのですか?」
「そ、それは……クリフの気持ちは別の人に向いているから……」
「別の人! 私の事か!」
思わずカテリアは目を輝かせて期待を寄せたようだ。だが彼女の気持ちは嬉しいが彼女のことではない。
「この場合、カテリアではなくサクラ嬢の事です。クリフが一度フラれた相手の事です」
「にゃ、にゃにぃぃぃぃ――!?」
カテリアは俺の思い人が自分でないと分かって腹を立てる。彼女が腹を立てるのは仕方がないが俺は彼女達より先にサクラさんと出会ってしまったのだ。出会っていなければこれだけ俺の事を慕ってくれている人たちを無下にはできなかっただろう。
トリニィもカテリアも二人とも魅力的なものを持っている。事実俺は引きつけられつつある。しかし俺はサクラさんに先に思いを寄せてしまったのだ。
「お二人の気持ちは分かりました。結局のところすべて悪いのはこの馬鹿クリフが未練たらしいのが悪いのです。お二人がいがみ合う必要はありません」
テレッサは意識がもうろうとしてフラフラしている俺の額にデコピンをかまされた。アンドロイドだけあってテレッサのパワーはカテリアをはるかに凌駕している。
デコピンと言えどその破壊力はヘビー級ボクサーのパンチ並みであった。その衝撃により俺の意識は完全に吹っ飛ぶ。その後に三人の間で何が話されたのは分からない。
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