第15話 トレニィ7

 テレッサは冷たい視線を俺に向けてきた。


「クリフ、あなたはまさかトリニィに繁殖行為をしたのですか?」


 首を大きく振って全否定する。服は乱れていても脱いだ形跡はない。していないはずだ。たぶん……


「ではトリニィ、貴方はなぜクリフに接吻をしたのですか?」


 彼女は再び顔を赤くすると目を背けてしまった。体をモジモジとさせて実に言いにくそうにしている。


「トリニィ。私たちの間には誤解が生じています。村の方たちが私たちを『神』と間違えたようにです。だから最初からお話いただけませんか? このままでは私たちはあなたと誤解を生じたまま旅立たなくてはなりません」


「え? 旅立つ?」


 トリニィは旅立つという言葉に反応を示した。彼女にとっては意外だったようだ。


「そうです。私たちはもうすぐ旅立たねばなりません」


 その言葉にトリニィの顔はみるみる青くなった。彼女の言葉とその様子からでは俺たちがずっとここにいると思いこんでいるようだ。しかしずっといたら迷惑だろうに。喜ばれても困るけど。しかし彼女は意を決したのか重い口を開いてくれた。


「そ、その最初に、クリフと出会ったときに『俺の子を孕んでくれ』と告白されて……」


(は?)


 俺は記憶を引っ張り出したが、そのような酷いことは言っていない。となれば俺の喋る通常の言葉が彼女達の言葉としてそのように聞こえたのだろう。そのような偶然あるのだろうかとびっくりだ。


「それから『好きだ』『君は俺の嫁』と言いながら傷の手当をしてくれたんです」


(いやいや、ケガの手当しながらそんなセリフ言ったら頭おかしい人だろ!?)


「そのあと『ずっと君と繋がっていたい』『永遠に感じていたい』と言われました」


(それはただの危ない人じゃなないか!)


「私、初めての求愛経験だったのに、あんな激しい言葉で言われて驚きました」


(普通そんなこと言われたらドン引きだよ! 怖いよ! 逃げるよ!)


 トレニィは恥ずかしかったのかお盆に顔を埋めてしまった。そりゃそんな会話したことなど恥ずかしくて言えないわ。しかし他の言葉が通じないのだから普通わかるだろ? 俺はトレニィをかわいいと思っていたが意外とこの娘は変な奴なのかも知れない。


「それでクリフを好きになったのですか?」


 テレッサの質問に彼女は首を傾げた。俺はてっきりそれで好きになったのかと思ったがどうやら違うようだ。それが普通なのだが……ということは彼女は普通の思考の持ち主なのか?


「昨日の夜、クリフは私に『好きだ』『愛している』『かわいい』と言ってくれました」


(ほうほう、それで好きになったと。最初にこの展開なら良かったのに)


「そ、それから……『君を(ピー)とか(ピー)させるから結婚してほしい』と……」


(それはもうただの色情狂の変態だぁぁぁぁぁぁ!)


「まさかそれでオッケーしたのですか?」


 トリニィはお盆の裏でコクリと恥ずかしそうに頷いた。


 駄目だ、フラれてばかりの俺がいうのも烏滸がましいがこの娘の恋愛感覚はネジが何個か抜けてる!


「トリニィ、落ち着いて聞いて欲しいのですがクリフはあなたに求愛しておりません。そう聞こえただけの空耳です」


「ええっ!?」


 さすがにトリニィは驚いた様子で、血相を変えて椅子から立ち上がった。そして恐る恐る俺の顔の様子を伺う。俺に本当なのかと無言で訴えかけているようであった。


「トリニィ、俺は君に求愛していない……」


 心苦しい返事をせざるを得ない。こんなかわいい子を振るみたいな感じになってしまい残念だ。この先俺の人生にトリニィのように言い寄てくれる娘は現れないかもしれない。


 誤解でもこのまま彼女をゲットしたほうが良いのではないかと欲望が首を掲げる。しかし自分の中ではまだサクラさんのことが諦めきれず、思わず胸のペンダントをギュッと握りしめた。


 俺の言葉に彼女は血相を変えた。


「そ、そんな……あたしもう村の皆にクリフと結婚するって言っちゃったのに!!」


 その言葉が心にグサリと刺さる。そんなに俺との結婚を楽しみにしていてくれたのかと。しかし出会ったばかりであんな変態的なプロポーズで人を好きになれるのものなかと疑問が沸く。


 しかしトリニィは絶望したような表情で大泣きすると家の外へと飛び出してしまった。


「ト、トリニィ!!」


 激しい罪悪感に囚われて、何の考えもなしに彼女を追った。追いかけてどうする? 彼女になんと声をかければいいのか?


 家の玄関の扉を開けるともうそこにトリニィは居ない。右を見ても左を見ても彼女の姿が見えなかった。ほんの僅かな時間差しかなかったはずなのに、彼女が消えてしまったことに急に怖くなった。もう二度と会えなくなるような喪失感だ。


 だがしばらくすると微かにシクシクと泣き声が聞こえてくる。その声に引き寄せられるかのようにトリニィの家を迂回した。


 すると家の横と集落を囲む森の間で彼女はうずくまって泣いていた。彼女がいたことに安堵はしたが傷つけてしまったトリニィにどうやって声をかければ良いか分からずに佇んでしまう。


「ト、トリニィ……ごめんよ……」


 彼女に謝る。俺にはそんなことしかできない。その言葉にトリニィは首を振って答える。


「クリフは悪くありません。私が勝手に誤解して、勝手に舞い上がって……勝手に好きになって……」


 やはり心が痛む。


「でも、あたしこのままじゃ村にいられない……どうしたらいいの?」


「え? どうしてそうなるの?」彼女の言葉に驚いた。


「結婚は神聖なものなのよ、なのにその日のうちに別れを告げられたなんて……そんな恥を背負って生きていけないわ……」


 自分たちの世界ではよくあることなのでそこまで深刻に考えていなかった。だがここには独自の風習があるのかも知れない。生きていけないというのが本当なら誤解とはいえ彼女にとんでもないことをしてしまった。テレッサが言ったようにもっと慎重に行動すべきだったのだと今さながら悔やんだ。


「ならばあたしから提案があります」


 声をかけてきたのは後ろで話を聞いていたテレッサだ。テレッサはトレニィに歩み寄ると彼女の肩に手を添えた。


「あなたは私たちの風習にしたがってクリフの婚約者とするのです。そしてあたし達と一緒に村を出てほとぼりが冷めるのを待ってから帰るというのはどうでしょう?」


 その言葉にトリニィはようやく泣き止んだ。振り向いてテレッサを見る目には明日が映ったのか、輝きを取り戻したように見える。俺もその案はとても良いと思えた。


「それにあなたが頑張ってこの旅の間にクリフをものにしてしまう手もあります」


 テレッサは親指を立ててトレニィにエールを送っているが……おいおい、本人を前に堂々ととんでもない提案を言い出したぞ。


「お、おいテレッサ!」


 俺は止めようとするが、それは同時にトリニィをますます悲しませる結果となるだろう。トリニィの悲しむ姿が頭の片隅を過ると強く否定できない。


「…………いい……のですか?」


「はい、かまいません」


 またもや本人の意思を無視である。しかしながらこれで彼女が元気になってくれるのならこちらが我慢するしかない。どうせ僅か数日のそんなに長くもない旅なのだから。


「しかしお前、俺以外のものにはこんなにも優しくするのに何で俺にはいつも冷たいんだ」


「あら、あたしはクリフにも優しくしていますよ。現に今あなたをお救いしたと思うのですが……」


「――あ、うん」確かに今回に限ってはそのとおりだ。


「それに私としてはその女々しいペンダントをさっさと捨てて、人生のパートナーとして彼女を推薦しますが」


「お、おい!」さすがにそれは余計なお節介だ。


「このチャンスを逃せば貴方のような人に言い寄てくれるような人はもう一生現れませんよ」


 それはそうかも知れない。この仕事についてからもう8人もフラレたのだ。だが俺としてはまだサクラさんを簡単には諦めきれない……


 トリニィはテレッサの提案を受けて俺達についてくることにした。彼女の荷物をトレーラーに積み込み、集落の広場に皆が集まって彼女を送りだしに来てくれた。トリニィはトレーラーの入り口に立って皆に別れの挨拶をしている。


「トリニィ、貢ぎ物にお前は出なくていいのだな?」


「うん、あたしはいいわ。誰かほかの娘に譲るわ」


 去り際に彼女はそんな会話をしていた。俺はこの時その『貢ぎ物』というものが何だったのか、この時に聞いておくべきだったのだ。だが今の俺にそのようなことを考えている余裕などなく、今後彼女をどうしようかとそのことばかり考えていたために聞くタイミングを逃してしまった。


 トレーラーは動きだして元来た道を戻る。森のアーチを潜り、草原に戻ると今度は北へと進路をとって進んだ。

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