第9話 トレニィ1
キャンピングトレーラーという名の装甲車は道なき道を走る。地面は舗装などされていないので凸凹である。普通の車ならガタガタと揺れて中の人間はシェイクされていただろう。
しかしながらこちらの車両は元軍用の装甲車だ。剛性は抜群であり、強力なリニアホイールで8WDを実現してどんな悪路でも力強く走れる。
八つのタイヤを支えるサスペンションコントロールは完璧で、すべての車輪が独自に接地面に合わせて起伏を捕らえている。
それに加えてゆっくりと移動しているので助手席に座る俺の体には微振動ぐらいにしか感じないし、電気で走るので非常に静かである。
ちなみに置いてきたシャトルは光学迷彩で隠しておいた。上空からならばシャトルが見つかる可能性はないだろう。ジャミングを発している相手が何者か知らないが念には念を入れておいた。
テレッサの解説によれば乗ってきたシャトルの下は耐熱素材なので光学迷彩は使えないが上半分は使用できるようになっているらしい。
さすがは元軍用だ。下からは丸見えだが上空からは発見するのは至難だろう。もっともなにゆえ払い下げの時にそのような貴重な機能が外されなかったのは気になるが。あの社長のすることだから考えれば考えるほどろくでもない理由に行き着く。したがってもう考えるのはやめた。
俺はぼーっとマップが表示されているサブ画面を眺めていた。
「なぁ、マップの黄色い点が全然動いていないんだが……」
俺はスキャンした生命反応がまったく微動だにしないことに気が付いた。生物であるならうろうろと動くものなのだが、どの点も動く気配はなくずっとじっとしたままだ。
「当然です。生命反応のスキャンは宇宙船でしかできません。そのデータは我々が宇宙船を出た最後の情報となります。宇宙船とのリンクはジャミングのせいで切れてますから更新はできませんよ」
「え、じゃぁ今こいつらはどこにいるかは分からないってことか?」
「そうなります」
「だといきなり接触する可能性もあることになるな」
「そうなりますね。クリフにしてはなかなか良い着眼点です。普段の営業にもそれほどの注意力を発揮していただきたいものです」
「…………」
ぐっ、俺の営業成績では言い返せない……
今俺達は一番近い集落へ向かっている。この星で何のために極秘でテラフォーミングが行われたのかその成果をこの目で確かめるのだ。その内容によってジャミングの発生原に向かうのが危険極まりないのか、それとも問題ないのか見極める判断にしたかった。
「できれば草葉の陰からこっそりといきたいところだな」
だがその期待はいきなり裏切られた。あまり音を立てないようにゆっくりと進んでいたのが仇となったのか、前方右側の林の中から突如女性が出てきた。
テレッサは咄嗟に急ブレーキをかける。ゆっくり走っていたとはいえ急ブレーキをかけられたらさすがに振動は大きい。俺は前に飛ばされそうにあるが今回は踏ん張って耐えてみせる。
「おっとっと、さすがに四度目はないぜ。そう何度もやられてたまるかよ」
「……二度三度あった時点で自慢にもなりません。一度目で学習できないような人だから下着売りに回されているのだと分析します」
「…………」
彼女の言葉に言い返せないでいた。思い当たる節が一杯あるだけに。しかし、だからといって下着売りはないだろうと声を大にして言いたい。
「そんなことより、いきなり現地人と接触してしまいました」
「『そんなこと』なのかよ」人の悩みをゴミのようにあしらわれてしまった。
「接触してしまったものは仕方がないだろう」
ダッシュボードに前のめりになって相手をよく見てみた。接触した相手は若い女性だ。年齢は十四、五、六と言ったところか。中々かわいい娘だ。
腰まである長い髪は透き通るような淡い水色をしており。頭に草冠をしている。アラジンに出てくるアラビアの踊り子のような薄い青色の衣装を纏っていた。
服に袖は無く肩から細くしなやかな美しい腕が伸びており、その腕にも草でできたアクセサリーを身に着けている。白いシースルーの羽織を着ている上半身はお腹丸出しで筋がスッと入ったおへそが覗かせていた。
下半身はダボっとした同じ色のズボンを履いており、サンダルのような靴にも草のようなアクセサリーが施されている。蔦のような草を巻き付けるのは流行りなのだろうか。
顔立ちもよく造形美あふれるパーツがバランス良く配置されており、特に特徴的なのは見開いた大きな目、吸い込まれそうなエメラルドグリーンの瞳だ。
最も目が見開いているのは目の前にいる巨大なトレーラーのせいだと思われる。そのくらい彼女はこちらの存在に驚き震えて硬直していた。そりゃ怖いよなこんな大きなもの……だげど……俺はゴクリと生唾を飲んだ。
「け、結構かわいい娘だな。ちょっと怯えた目とか俺好みかも……」
「貴方にSッ毛があるとは知りませんでした。てっきりMな人かと思っていましたが」
「俺のどこにM要素あるんだよ!」
「私に罵られるためにわざわざ毎度フラれている所とか、仕事で同じ失敗を繰り返しているところとか」
「んなわけねぇーだろ! 嫌みか!」
俺とテレッサがバカな会話を晒しているとき、怯えて震えていた彼女は後ずさりをして逃げようとしている。まぁ当然の反応だよね。俺でもそうするわ。
だが岩に足を取られてしまった彼女はバランスを崩した。そして背後にあった木に背中をぶつけてしまい、手にしていた重そうな木のバケツを落としてしまう。不幸にもそのバケツは彼女の足の上に落ちるとひっくり返して中の水をこぼしてしまった。
俺は足を痛めて屈みこんでしまった彼女をみて、とっさに医療設備に置いてあった救急セットを掴んだ。
「あ、いけません! もっと慎重に行動すべきです」
「そんなこと言ってる場合か! 彼女ケガしてるぞ!」
木のバケツは頑丈に作りたかったのか技術がなかったのか、かなり分厚くできており、そこに水を満タンに入れていたのだ。そんなものを足に落とせば怪我は確実だ。
俺は後先の事など考えずにトレーラーから飛び出した。車体横の扉を開くと穏やかな風と共に外の香りが運ばれてくる。だがそれを堪能している猶予はなく車体から飛び降りた。お生い茂る草を踏みつけて一目散に彼女の元へと駆けつける。
「大丈夫ですか?」
怯える彼女に声をかけるが、その行動は彼女をますます怯えさせる結果となってしまったようだ。痛めている足を引きずるように体を萎縮させて怯えた目を向けた。
「驚かせてごめんなさい」
手を伸ばすと彼女は体をビクリとさせて目をつぶって顔を背けた。それほど警戒されると逆に俺のほうが傷つきそうだ。そんなに悪人のように見えるのだろうか? 同じ人間なのに。
「クリフ、勝手に現地人に接触しないでいただきたい。不用意過ぎます」
そこへ追いかけてきたテレッサがやってきていきなり叱りつけてくる。
「だけど俺たちのせいでケガをしたんだぞ。ほっとけるかよ」
俺の言い分にテレッサは呆れると、もう仕方がないといった感じでため息をついた。
「この生物の解析をはじめます」
テレッサはじっと倒れている彼女を見つめると青い目が虹色に輝きだした。テレッサには非常に強力な分析機能が搭載されている。テレッサが1台あれば鉱物や生物などのありとあらゆる情報を引き出せる。彼女が宇宙船より高額な理由の一つである。
俺は彼女のケガした足をそっと触れてみると、彼女は再び体をビクつかせて身を縮めてしまう。彼女の足は落としたバケツのせいで足の甲が腫れていた。
「どうだテレッサ、彼女のケガ具合は?」
テレッサに彼女のケガの具合を尋ねた。テレッサの目はすでに元に戻ている。つまり解析は終わっているということだ。
「――クリフ……ケガ自体はただの打ち身で腫れているだけですが、別の問題があります」
「別の問題?」
「はい。彼女は人間ではありません亜人です」
「え? あ、亜人って……彼女が?」
「はい」
「う、嘘だろ……」
俺はテレッサの分析結果が信じられないでいた。こんなかわいい娘が亜人だって?
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