第7話 未開惑星5

 部屋から着替えなどを詰め込んだ大きなバッグと営業用のアタッシュケースを持つと急いでシャトルへと通じる通路へと向かう。


 シャトルへの通路は伸縮性があり、接続時には伸びきった状態となっている。通路の中はジャバラ状で横には伸縮用のアームがむき出しとなっているため挟まれないよう注意をする。足元にはスライド式の床があるが暗くなっているのでここも足元注意だ。俺はその通路を駆け抜けてシャトルへと入った。


 シャトルの中へと入ると先ほどの雑な通路とはうって変わって明るい清楚感のある通路に出る。無駄な出っ張りなどはなく恐ろしくシンプルでツルツルとした素材でできている。


 通路の腰あたりには窪んだ手すりがあるがこれは無重力や停電となった時用ガイドラインだ。そのガイドラインの下にある扉を開けて荷物をまとめて格納した。


 目の前の十字路を曲がってすぐの扉を開けるとシャトルのコックピットである。


 ここも宇宙船同様いたってシンプルなつくりだ。違いは主操縦席と副操縦席しかない。そして主操縦席にはすでにテレッサが座っている。


「クリフ、着替えなくて良かったのですか? いつもの営業用のスーツのままですが?」


「かまわんさ、これは俺の戦闘服だ」


 テレッサは万が一のために耐Gスーツを着なくて良いのかと忠告したのだろう。何をアホなことを言っているのかと呆れた様子だ。


 通常、シャトルには小型だがGキャンセラーが搭載されている。降下時の衝撃や打ち上げ時のGを軽減してくれるので対Gスーツは必ずしも必要というわけではない。


 テレッサはアンドロイドなのでGキャンセラーが無くとも降下や打ち上げ程度のG程度ではびくともしない。なのでいつものセーラー服のままだ。


「クリフ、一度船を離れるとジャミングの影響で遠隔コントロールができなくなります。つまり船に戻るのは不可能となります。忘れ物はないですか?」


 テレッサの忠告してくれたとおり、持ってきた持ち物を思い浮かべながら指を折々する。だが一応これでも宇宙を彷徨う営業マン。すぐに乗り降りできるよう最初っからうまく荷物をまとめてある。大丈夫、全部ある。


「ばっちりオーケーだ」


 親指を立ててテレッサに合図を送る。だがテレッサは俺の胸にキラリと光るペンダントを見つけたようでジロリと見つめる。そして冷たい視線を俺に向けてきた。


「そのペンダント持ってくのですか? さすがにもう要らないでしょう。置いていったらどうです?」


「バ、バカ言うな俺の心はまだ傷ついたままなんだ。癒しに彼女の思い出は大事なんだ!!」


 テレッサはいつもに増して冷ややかなジト目を向けた。


「余計に拗らせているようにしか見えませんけど。メンタルケアとしてご忠告申し上げます」


「お前のどこに俺のメンタルをケアしてくれているんだよ。いつも毒を吐くくせに!」


「仕事は忠実にこなしております。あなたのメンタル的にはそのペンダントよりベッドの枕下に隠してあるエロ本を持ってくほうがまだ健全だと申し上げておきます」


「ぶっ!」


 ――な、なぜだ!? なぜテレッサがエロ本を隠していることを知っているのだ? 部屋にはテレッサは入れないはずなのに。本を持ち込んだときか? いやあの時は鞄に隠して部屋で出したからテレッサは知らないはずだ。


 だが知られている。彼女に知られたらまたどんな罵りを受けるか分かったものではない。


「な、な、な、なんのことを言っているのかな。エ、エロ本なんて持っているわけないじゃいか」


 ごまかそうとしたが思いっきり態度にでてしまった。目も泳いでいるような気がする。まともにテレッサの顔が見れない。言い訳がキツイ。


「隠しても無駄です。船内での出来事はすべて掌握済みですので。貴方がエロ本の女性をフラられた彼女に見立てて毎夜毎夜……」


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 ダメだ見られている。全部見られている。わざわざ手つきまでまねやがって! 覗きなんて人権侵害だ。ああ、でも相手はアンドロイドだ人権侵害には当てはまらない。ちくしょう言われる。一生言われる! もう誰か俺を殺してくれええぇぇ!!


 悔しさと恥ずかしさのあまりシートのうえで体育座りのように座って両手で顔を覆った。そんな情けない姿を見られまいと少しだけそっぽを向く。


「それは悪いことではありません。若いのですから……むしろ健全かと……それに私は男性の性癖については掌握しておりますので気に病まないでください……」


 意表をついた言葉が返ってきた。てっきりののしられて罵倒されてナイーブな俺の心をシャベルで乱暴に抉るような辛辣な言葉を浴びせられると思っていた。だが彼女は優しい言葉をかけてくれた。


 背けていた顔をゆっくりとテレッサに向けて顔を覆ていた手の指の隙間から彼女を見てみた。テレッサはコンソールパネルのほうを見ていて俺を見てはいない。だが彼女の瞳から僅かだが恥じらいなのか照れのようなものを感じた。


 あれ、なんだろうこ胸の動悸は? 俺の心臓はテレッサの顔を見たとたん急に高鳴りだした。


「――クリフ……」


 テレッサは甘えるような声で俺の名を呼んだ。流れるような目で俺を横目で見つめてくる。


 俺の恥ずかしいすべてを知ってしまった彼女。もしかして思いだしているのだろうか、だとしら恥ずかしい。


 だがなんだろうこの内に沸く熱いものは。なぜそのような顔をするのか、俺まで変な気分になってしまいそうじゃないか。


 俺を見つめるテレッサから甘い声が漏れた。


「早いと嫌われるよっ」


「キュゥ――――――――――――――――――――ッ」


 俺のナイーブなハートは割れた。今この悪魔に叩き割られた。急に足元が崩れ深淵の闇に落ちてゆくような感覚。この悪魔に何を期待したのか。すべてはダメージを最大にすべく計算された奴の手口。悪魔だアンドロイドの癖に悪魔だ!


「……テぇレぇッ――」


「シャトル発進!」


 テレッサに文句を言おうととした瞬間、彼女は急にシャトルを発進させた。宇宙船の最後部の開いたハッチからガイドレール伝いにシャトルは後ろ向きに宇宙空間へ勢いよく放り出される。その衝撃で俺はフロントモニタに潰れたカエルのように張り付く羽目となってしまった。


 フロントモニタ越しに離れてゆく宇宙船が見えた。視界全体にあった格納庫はあっという間に小さくなる。


 船の全体は光学迷彩でまったく見えないため、宇宙空間にぽっかりと穴が開いたかのうように格納庫だけが見えている。だがそれもハッチが閉まると宇宙しか見えなくなった。これでもうジャミングを解除するまであの船に戻ることはできなくなったのだ。


 だが視界の眼下には緑の惑星がみえる。今からこの星に降りるのだと思おうと少しワクワクする。


 俺たちの乗るこのシャトルは貨物飛行機なので、やや胴太でずんぐりむっくりとしている。格納用に折りたたんでいた両翼を展開するとデルタ型へと変形した。エンジンは宇宙、大気圏内共用エンジンを搭載しており、しかも垂直離着可能なのでこのような滑走路のない惑星への着陸も平気の優れものだ。


「痛いじゃないか!」


「座席に着いてシートベルトをしないからです。大気圏突入で同じことをしたら次は死にますよ」


 言い返せない俺は膨れたまま渋々シートベルトをする。鼻息を一吹きして心を落ち着かせる。フロントモニタには惑星が大きく映っていた。それ以外にも各種色々な情報と突入コースが映し出されている。このコースに外れずに進んでゆけば無事に降りられることとなる。外れなければなのだが……


「ってもう突入かよ!」


「この機会を失ったらこの星をもう一周しなくてはなりませんから」


 だから急に発進したのか。とは言え一言ぐらい欲しいものである。


「シールド展開、冷却剤散布開始、姿勢制御補正……突入角度良し。突入します」


 重力に捕まったのか体が急に引っ張られる感覚に襲われた。やがて船体がガタガタと揺れ始める。フロントスクリーンには青空と冷却剤の粒子が見えている。


 一昔前のシャトルは大気摩擦により燃えながら降下していたらしいが、現代ではシールドと冷却剤のおかげで燃えることはない。そう普通は燃えない……


 なのにフロントスクリーンには何故か赤い炎が!


「いやああああああああッ!! 燃えてる! 燃えてる! なんでぇ!?」


「どうやら冷却剤の有効期限が切れていたようです」


「俺、どうなるの? 燃えちゃうの? 死ぬの?」


「一発やる時間もありませんね。ご愁傷様です。そのかわいい粗末なお〇ん〇んは童貞のままでしたね」


「『かわいい』とか『粗末』とか余計なこと言うなよ、本気で傷つくから」


「ではせめての情けで快楽のままあの世へイけるようお手伝いしましょうか?」


「変な風に手を振るなよ。生々しいよっ!!」


「わがままですねぇ」


「…………」


「…………」


「…………」


「――ところで俺、いつ死ぬの? 外はもう青くて普通に飛んでるけど……」


 シャトルのモニターにはこの星の澄んだ青空が写しだされいた。雲ひとつ見えないのはまだ高度が高いためだ。水平線はこの星が丸いことを主張して弧を描いている。


「死にたかったのですか?」


「え、死なないの?」


「なぜ死ぬと思い込んだのですか?」


「…………」


「シールドも張ってますし、機体は耐熱素材ですよ?」


「先に言えよ」


「常識です」


「もぉヤダぁー、コイツゥ。他のアンドロイドに変えてくれぇぇぇ!!」

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