第29話 成長

「むう・・・」


 G県 県立T高校 女子柔道部部長の坂崎みゆきはため息をつく。

 今日の午後は、隣の県のS高校の女子柔道部と練習試合が組まれていた。

 ただの練習試合ではあるのだが・・


「あいつが来るのかぁ・・めんどくさいなぁ」


 みゆきが思い浮かべているのは、S高校の山本かおり。

 やたらと力任せに勢いで向かって来る。


 筋力がかなりあるのと、寝技が得意なので関東の上位には顔を出す相手である。

 だが・・・そこまで止まりでもある。


 練習試合でも、力任せに技をかけてくるので正直疲れる。

 だが・・・きっと、試合の相手は私なんだろうなぁ・・・


「はぁ・・・」


 めんどくさいし、気が重い・・・





「礼!」


 みゆきの想像通り、試合の相手は山本かおりであった。


 お互い、礼をする。


「始め!」


 お互い、けん制しながらも組み手を取る。

 みゆきは、襟をひきつけながら隙を伺う。


 すると、相手はいきなり懐に飛びこんできて背負い投げの体勢。


”いきなり、そんな大技が決まるわけないでしょう・・・”


 あきれながらも、みゆきは腰を引いて重心を後ろに移動し対応しようとした。




 次の瞬間、みゆきの体は宙を舞い畳にたたきつけられた。


 みゆきは、何が起こったのかわからなかった。


 背負い投げからの大内刈りへの変化。

 基本と言えば基本の連携技。


 だが、スムーズで素早い連続技であった。

 素晴らしい技のキレである。


 みゆきは道場の天井を見ながら茫然としていた。


”なめていた・・・油断した”






 あの日より、かおりは英一相手に同じ技を繰り返し練習した。

 技は何でもよかった。澄子さんから言われた基本の技として、背負いからの大内刈りを選んだ。


 何度も繰り返す・・・だが、毎回同じにはならない。


「今回はちょっと遅かったかな」

「今回は速いんだけど、踏み込みが甘いかな」


 技をかけられる英一のアドバイスで、毎回改善していく。

 力まずに脱力した方がスピードが速いことを知った。

 重要なのは相手との距離感であることも知った。

 

 そうして、何度も・・・何度も繰り返し技をかけ、体にしみこませた。

 まだまだ、改善の余地はある。


 だが、今回の練習試合で初めて実戦で試してみることができたのであった




 みゆきは、嬉しそうにチームメイトとハイタッチをする山本かおりを見る。


”あの娘・・・明らかに、一皮むけたわ・・・”


 悔しい気持ちはある。

 だが、それ以上に・・・楽しみになっていた。


”次に試合う時は、間違いなく全国大会。それまでに私も練習しなければ・・・次は負けない!”

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