第3話 空席
「──ちゃん。瑠香ちゃん、聞いてる?」
その声で、瑠香は現実に引き戻された。
「瑠香ちゃん、大丈夫?」
瑠香の顔を心配そうに覗き込む凜と一華。
「え? あ、ごめん。なにも聞いてなかった」
そう言う瑠香に、凜と一華は顔を見合わせて溜め息をつく。
「だから、瑠香ちゃん」
凜が言う。
「もう学校着いたよ」
ずっと思考に耽っていたせいで気が付かなかったが、瑠香たちは通っている学校に到着していた。
その後、瑠香は委員会の仕事があると凜と一華に断って、仕事を済ませてから教室へ向かった。
ホームルーム直前に教室に入った瑠香は、自分の席の隣が空席であることに気付く。
どうやら、剣人は休みのようだ。
またどこかで、困ってる人を助けたりしているのだろうか。
そう考えると、瑠香の口に小さな笑みがこぼれた。
その日、剣人は学校へ来なかった。
そしてその次の日も。
また次の日も。
いつも、ふと学校を休むことで有名な剣人だが、これには流石にクラスメイト達も違和感を感じていた。
「どういうことだろう。こんなに休んでるのに、連絡の一つもないなんて」
瑠香はそう呟く。
「確かに、連絡がないのはおかしいな」
瑠香の呟きに返事をしたのは、剣人の前の席に座っている
珠輝はクラスで一番頭がいい。
注意深く物事を観察し、状況を判断することに長けている人物だ。
切れ長な目をしていて眼鏡をかけている。
今も珠輝は顎に手を置き、何かを考えているようだ。
その話を聞いていたのか、少しツンツンと逆立った髪が特徴的な少年が二人に話しかけてきた。
「なあなあ、俺、さっき先生のところに行って剣人のこと聞いてきたんだけど、そのときの話聞くか?」
声をかけてきたのは、剣人の大親友である
剣人と同じくクラスの中心人物的な存在で、大人数の人をまとめるのがとても上手だ。
運動がとても得意なようだが、勉強の方は苦手だと普段から本人が言っている。
「先生はなんだって?」
珠輝は隼人の話に興味を持ったのか、隼人の方を向いた。
瑠香も隼人の話を聞く体勢になる。
隼人は頷きチョイチョイと小さく手招きをして瑠香たちに顔を近付けるように指示をする。
その通りに動いた瑠香たちに、隼人は周囲に聞こえないような声の大きさで話始めた。
「さっき先生に聞いたら、剣人の家とも連絡が繋がらないってさ」
「家も? それはおかしいな」
珠輝の言葉に顔を顰めて、隼人は頷いた。
「俺も剣人の家に電話してみたけど、出なかったんだ。直接家を訪ねようとしたんだけど、俺、剣人の家知らないんだよ。お前らは知ってるか?」
その言葉に瑠香は首を横に振った。
珠輝の方を見ると瑠香と同じような反応をしていた。
「やっぱりか。クラスの他の奴らにも聞いたんだけど、みんな知らないみたいなんだ」
「先生は? 先生なら知ってるんじゃないか?」
珠輝のその言葉に隼人は首を振った。
「先生は住所を知ってたみたいだけどさ。昨日そこを訪ねたら、誰も出てこなかったって言ってた」
「それって、家の人も、ってこと?」
瑠香の言葉に頷く隼人。
「事情を説明して近所の人に話を聞いたら、剣人の家、少し前からから人の気配がしないって」
その言葉に瑠香は首を傾げる。
「人の気配が、しない?」
「そうなんだ。まるで──」
「──まるで消えてしまったみたいだ」
隼人の言葉を珠輝が引き継ぐ。
その言葉を聞いた隼人は、顔を離して首を振った。
「あいつが、俺たちに何も言わずに、どこかに行くはずがない」
そう言って隼人は瑠香たちを見る。
「そう、俺は思っている」
その言葉に瑠香は頷く。
「剣人のことだから、少ししたらひょっこりと戻ってくるかもな」
珍しく笑って珠輝が言った。
隼人はその言葉に小さく頷いた。
「先生が今日、市役所に行って調べてくれるみたいだ」
「それなら流石に、今どうしているかわかるだろうな」
珠輝が頷きながら言った。
「だね」
瑠香もそれに同意する。
「明日、どうなったか先生に聞いてみるよ。それじゃあな」
隼人はそれだけ言うと、立ち上がって行ってしまった。
明日、剣人がどこにいるかわかると知り、安堵の溜め息を吐く瑠香。
剣人に会ったら聞きたいことがたくさんある。
早くも明日が楽しみになっている瑠香であった。
次の日、朝になると、いつも通りの時間に瑠香たちの担任教師の男性が教室へ入ってくる。
その顔は少し疲れたように見えた。
それも当たり前だろう。なにせ剣人を探して家や市役所に行って来たのだから。
男性教師はチラリと剣人の席の方を見る。
しかし、そこには剣人はいない。
剣人はまだ学校を休んでいた。
担任はクラスの生徒たちを着席させ、自分も教壇に立ちホームルームを始めた。
「それでは出席を──」
「先生!」
出席を取ろうとした担任を隼人が大きな声で遮った。
「風谷か。どうした?」
「先生は昨日、剣人のことを調べに言ったんですよね? その事を教えてもらえませんか?」
その言葉に担任は額に手を当てた。
「ああ、その事なんだがな……」
口を濁す担任。
どうやら生徒たちに話すべきか迷っているらしい。
その話を知らなかったクラスメイトたちは、疑問符を浮かべてざわざわと周囲と話始めた。
瑠香も担任のその様子に不安を感じる。
少し考え込んだ後、担任は額から手を外し、生徒たちに向き直った。
「そうだな、いずれ皆にも言おうと思っていたんだが、今言うことにしよう」
その言葉にざわめきが大きくなる。
それを手を叩いて静めてから担任は口を開いた。
「昨日先生は、市役所に奏鳴のことを調べに行ったんだが──」
そこで先生は言い淀んだ。
その先の言葉を、本当に生徒に伝えて良いか悩んでいるのだろう。
やがて先生は大きく溜め息を吐き、覚悟したように顔を上げた。
「奏鳴は、とても遠くに転校してしまったようなんだ」
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