第一章 始動編
第1話 何てことはない日常
春の陽気に包まれて、
春の暖かい風に髪が踊る。
瑠香は四月に進級を迎え、今は小学六年生である。
瑠香の外見は、これと言って特徴があるわけではない。
日本人らしい黒目黒髪に、少し小柄な体格をしている。
瑠香は、通っている小学校への通学路を歩く足が少し弾むのを感じた。
今にも鼻歌が飛び出してきそうな気分だ。
瑠香が上機嫌な理由。
それは昨日行われたクラスの席替えの結果にある。
瑠香の隣に席に着いたのは、
剣人は外見を一言で表せば、「普通」だ。
特に勉強が出来る訳でもなく、運動が得意と言う訳でもない。
しかし、剣人はとても目立つ少年であった。
剣人はとても賑やかで、人を笑わせることが得意なのだ。
そのため、剣人の周りには常に人がいて賑やかだった。
剣人はいつも不思議な雰囲気を纏っていて、それに惹かれる人は少なくない。
だが、瑠香は剣人の別の一面も知っていた。
剣人は、その自由奔放な性格の下に、とても優しい一面を持ち合わせているのだ。
そんなことを考えていると、前方の角から見知った顔が姿を現した。
その少女はこちらの姿に気が付くと、満面の笑みで手を振って瑠香が追い付くのを待っていてくれる。
少女の名は
瑠香のクラスメイトであり、唯一無二の親友である。
ほんわかとした雰囲気と長い黒髪に、小柄な体格も相まって、まるで日本人形のような外見をしている。
「おはよう、瑠香ちゃん」
瑠香が追い付くと、凜は笑みを浮かべて言った。
「おはよ、凜」
瑠香は凜の挨拶に返事をする。
すると、凜は瑠香の顔をじっと見つめて考え込むように黙り込んだ。
「どうしたの、凜?」
瑠香が心配になって問い掛けると、凜は口を開いた。
「瑠香ちゃん、何だか嬉しそうだね」
「そ、そうかな、そんなことないと思うけど……」
瑠香は、内心でかなり焦りながらそう言った。
視線が逸れそうになるのを、必死でこらえる。
凜は見た目に反して、よく話の核心を突くようなことを言うことがある。
今も、瑠香がさっきまで浮かれていたのを、まるで見ていたかのような的確さで言い当てて見せた。
(さっき思ってたことはバレないようにしなきゃ……)
剣人のことで浮かれていたと知られたら、少し、──いや、とても恥ずかしい。
そんな瑠香の思いは露知らず、凜は口をつぐんだまま考えるような仕草を見せ、瑠香を置いて歩き出してしまった。
瑠香は、慌ててその後を追い掛ける。
無言でスタスタ歩いていく凜と、それを追い掛ける瑠香。
そんな状況がしばらく続いた後、凜は急に立ち止まりクルッと後ろを振り向いた。
それに合わせて瑠香も足を止める。
「わかった、剣人でしょ?」
凜は振り向き様にそう言った。
「なっ、!」
瑠香は驚いて思わず声を上げた。
凜は心を読めるのだろうか。
(あ、声が……)
そう思った時には既に時遅し。
凜を見るとニマニマと口の端を吊り上げて笑っている。
(これは……バレたな。完全に)
瑠香は大きく溜め息をつく。
「それで~?」
凜がよくわからない質問をしてくる。
「え?」
理解が追い付かず思わず聞き返した後、その質問の意味がわかった。
「それで、瑠香ちゃんは剣人の事、どう思っているの?」
「そ、そんなどう思っているって訊かれても……」
答えに窮してしどろもどろになっている瑠香を見て、凜は楽しそうに笑う。
(言い訳は? ダメだ、絶対通じない。逃げちゃう? いや、一番ダメだ……)
色々な考えが頭の中で巡るが、今はどれも役に立たない。
(どうしよう、困ったなぁ……)
そんな時に救いの声は背後から聞こえてきた。
「おはよ。瑠香、凜」
声の主は瑠香達のクラスメイトである
一華は背の高くスラッとした体格で、とても運動が得意だ。
と言うのも、一華は剣道を習っているのだ。
つい先日も、公式の大会に出て好成績を残したらしく、賞状を見せてくれた。
外見はややつり目なのが特徴的の整った顔をしており、長い黒髪を頭の後で束ねている。
サバサバした物言いと少女らしくない口調も相まって、まるで少年のようだ。
剣道を習っていることもあって男子たちからは密かに恐れられている。
「どしたの、こんなところで。立ち話?」
(ナイス、一華!これで逃げられる!)
凜が一華に今の話を伝えようと口を開いた。
「ああ、今、瑠香ちゃんが──」
瑠香は凛の開きかけた口を間一髪、手で覆う。
「むぐ!」
「い、いや~、なんでもないよ? だから行こう? ね? ね?」
瑠香は凜の口を塞いだままズルズルと引摺りながら歩き、強引に話を終わらせる。
「う、うん……?」
若干、一華は引いていたようだが気にしない。
そのまま少し歩くと、凜が弱々しくポンポンと瑠香の腕を叩いてきた。
瑠香は、慌てて凜の口を塞いでいた手を離した。
ぷはっ、と大きく息を吸った凜は、恨みがましそうに瑠香を見た。
そしてため息をつき、やれやれ、と言う風に首を振った。
「わかったよ、さっきの事は秘密なんだね?」
凜は少し不満そうに口を尖らせて言った。
「……面白そうだと思ったのに」
小声でそう呟いた凜の声を、瑠香は聞き逃さなかった。
「面白くないの! 私が!」
「えー」
ちょっと心配していたが、そんなものはどこかに消えてしまった。
こういう話が好きなのは女子の困った性だ。
「さっきから何の話をしてるの?」
そんなことをしていると一華が後ろからやって来た。
「い、いや~? なっ、何でもないよ、別に」
「そう? ならいいや」
それっきり一華はその話に興味を失ったのか、先に歩き出してしまった。
こういうところは一華の良いところだ。
面倒なことにはあまり頓着しないのだ。
瑠香は慌ててその後を追い掛ける。
その後から凜も追い掛けてくる。
そうして三人で並んで街道を歩き始めた。
隣の凜を見ると、まだ不満そうにしている。
さっきの話で盛り上がれなかったのが、よほど残念なようだ。
瑠香は大きく溜め息をつく。
「どうしたの、瑠香。さっきからおかしいよ?」
一華が心配そうに瑠香の顔を覗き込む。
「いや、本当に何でもないよ……」
「そう?」
「うん。けど──」
「けど?」
瑠香が言葉を詰まらせると、凜がここぞとばかりに食い付いた。
瑠香はそんな凜に、ジトッとした目を向ける。
「──けど、大変だなって」
凜は、何故そんな目を向けられるのか分からずに、キョトンとしている。
それを見て、瑠香は更に溜め息をつく。
それ以降、凜の追及はなかった。
その後は三人並んで通学路を歩く。
そんな中、瑠香は剣人と出会った日の事を思い出していた。
そして、その時知った剣人の優しさのことも。
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