これは神話のエピローグ ~異能力に目覚めた少年少女、異世界に渡り、青春して冒険して、ついでに世界も救っちゃいます~
阿鼻叫喚天国
序章
プロローグ
アルカはため息をつく。
そして、町を行き交う人々に目を向けた。
不意に風が吹き、アルカの真っ白な髪を揺らした。
片手で髪を押さえるアルカ。
この髪は、あまり好きじゃない。
お婆さんみたいだからだ。
だが、自分の瞳は大好きだ。
母親譲りのこの青い瞳は、キラキラとしてとても綺麗なのだ。
その青い瞳を瞬かせてアルカは時計を見る。
もうそろそろ時間のはずだ。
今日は友達とピクニックに行く約束をしている。
行先は町から少し離れた場所にある小高い丘だ。
そのために早起きしてお弁当を作ったというのに、集合場所である町の噴水にはまだ誰も来ていない。
アルカは、再び溜め息をつきそうになる。
しかし、その時。
「ごめん、アルカ! 遅くなった!」
アルカの下へ誰かが駆け寄って来る。
「セルディ! 随分と遅かったね」
少年の名を呼び、アルカは顔を綻ばせた。
駆け寄ってきた少年は、その笑顔を見て頬を赤くする。
少年の名はセルディ。
黒髪に青い瞳をした、少し痩せ気味の少年だ。
セルディはアルカの幼馴染で、恋人でもある。
この前、アルカが十二歳の誕生日を迎えた時のこと。
その時に、いきなり告白されたのだ。
驚くのと同時に、とても嬉しくなった。
セルディのことは大好きだ。
優しくて、格好いいセルディ。
ずっと隣で育ってきた。
これからも、ずっと一緒にいたいと思っていた。
だから、告白されたときにそれを受け入れた。
その時のセルディの顔は忘れない。
泣き出しそうな、でもとても嬉しそうな顔。
「きょ、今日も綺麗だよ」
噴水の前でセルディは恥ずかしそうに言う。
「そ、そうかな……」
アルカは頬を染め、もじもじとする。
恥ずかしい。
だか、嬉しい。
「おいおいお前ら、道のど真ん中でイチャイチャすんなよなー」
その時、二人にそんな声が掛かった。
「うるさい。お前がなかなか起きないせいで遅くなったんだぞ、ダイキ」
「へいへい、悪かったって」
セルディに睨まれ、ダイキと呼ばれた少年は肩を竦める。
ダイキは、アルカたちのもう一人の幼馴染だ。
セルディと同じ黒髪青眼をしていて、セルディよりも少し背が高い。
いたずらっぽい性格で、今も二人をニヤニヤとしながら見ている。
「あれ、レイナは?」
ダイキの後ろを見てアルカは首を傾げる。
レイナとは、ダイキの七歳年下の妹だ。
お兄ちゃん子で、いつもダイキの後ろに付いて回っている。
その姿が、今日は見えない。
「置いてきた。あいつがいるとうるせーんだもん」
「もう、そんなこと言ったら可哀そうでしょ」
ダイキを窘めるアルカ。
「だってよー」
不満そうに唇を曲げるダイキ。
「ダメ。家に戻ったらちゃんと謝ること」
「はいはい」
「返事は一回」
「はい」
ふざけて敬礼するダイキ。
本当に反省しているのだろうか。
アルカは溜め息をつく。
「みんな揃ったことだし、そろそろ行こうか?」
時計を見てセルディが言った。
「早く行こうぜ!」
待ちきれない、とばかりにそう言い駆け出してしまうダイキ。
苦笑しながらもアルカとセルディはそれに続く。
そうして三人はピクニックに向かったのだった。
無事に丘に着いた三人は、丘の上に生えている一本の木の下に行く。
「ふい~、疲れた」
そう言い、木陰に寝転ぶダイキ。
「アルカ、大丈夫か?」
少し息が上がっているアルカを、セルディが心配そうに覗き込む。
「うん、ちょっと休めば大丈夫だよ」
アルカは笑っていう。
そして、木の根元に腰を下ろす。
その隣にセルディも座った。
二人で、町を見下ろす。
風が吹き、アルカの髪を揺らす。
その髪にそっと触れるセルディ。
それがくすぐったくて、アルカは笑う。
「きれいだ」
ポツリと呟くセルディ。
セルディはこの髪を褒めてくれる。
「──まるで、天使みたいだ」
「もう、セルディったら」
頬を赤く染めるアルカ。
「恥ずかしいでしょ」
「でも、本当に思ったんだ」
真面目な顔をして言うセルディ。
そんなセルディに、思わず笑みを溢すアルカ。
笑うアルカを、困ったように見るセルディ。
そんな時だった。
ぐぅ、という音が鳴る。
音の主はダイキだ。
「腹減った」
ぼそりと呟くダイキに、顔を見合わせるアルカとセルディ。
そして、同時に笑い声を上げる。
それを聞き、照れ臭そうに頭を掻くダイキ。
「じゃあ、お昼にしよっか」
「昼飯!」
三人はアルカが作った弁当を食べることにした。
「ダイキ、あんまりがっつくと喉に詰まるぞ」
ものすごい勢いで弁当を食べているダイキを、呆れたように見るセルディ。
「ん? うぐッ!」
喋ろうとして、本当に喉に詰まらせるダイキ。
アルカは慌てて水筒を手渡す。
それをごくごくと飲むダイキ。
「ぷはっ、助かったぜ。死ぬところだった」
「あんなに急いで食べるからだ。弁当は逃げたりしないぞ」
「いや、わかんないぜ? 今この瞬間に、何か大変なことが起こって──」
そこまで言い掛けて、ダイキは口をつぐむ。
いきなり話すのを止めたダイキを、訝しげに見るアルカとセルディ。
「どうしたんだ、ダイキ?」
「しっ、静かに」
セルディが訊くと、ダイキは口に手を当て、静かにしろと合図する。
「──なんだ? この音」
ダイキは訝し気に首を傾げる。
その時、アルカの耳にも届いた。
ゴウゴウと風を切るような音。
地を這うような重低音。
その二つが微かに聞こえる。
「なあ、だんだん近付いてきてないか?」
セルディもその音を聞いたのか、口を開く。
なんだか、あの音を聞いていると不安になってくる。
音はどんどん大きくなっている。
「町に戻ろう」
セルディが立ち上がった。
アルカとダイキもそれに続く。
急いで町に戻ろうとした三人。
その時だった。
さっと巨大な影が差し、突風が吹き荒れる。
アルカの長い髪が風に巻き上げられた。
「なんだ!?」
ダイキは上を見上げる。
その声は轟音に遮られ、かき消される。
なにかが、空にいる。
巨大すぎて、その全貌は見えない。
それは瑠香たちの上空を通り過ぎると、町に向かって行った。
「急ぐぞ!」
走り出すダイキ。
アルカたちもそれに続く。
町に戻ったアルカたちは愕然とした。
燃える家々。
人々の泣き叫ぶ声や悲鳴が聞こえる。
上空に浮かぶ巨大な塊が轟音を立てている。
そして、人々を襲う黒服を纏った者たち。
町の通りに死体が積み重ねられている。
「うっ」
それを見て口を覆うアルカ。
「こっちだ!」
アルカの手を引くセルディ。
走る二人。
「セルディ、お母さんとお父さんを探さなきゃ!」
アルカは叫ぶ。
「わかった! 行くぞ!」
走りながら頷くセルディ。
二人はアルカの家に向かおうとする。
そこでアルカは気が付く。
「ねえ、セルディ! ダイキは!?」
その言葉に慌てて後ろを振り返るセルディ。
そこにダイキはいなかった。
「くそっ、はぐれたか!」
「ど、どうしよう」
「後回しだ! アルカのお母さんたちを探すぞ!」
再び腕を引くセルディ。
共に走る二人。
もう少しで、アルカの家だ。
狭い路地を抜け、アルカの家の前に辿り着く。
そこで、アルカは見た。
見てしまった。
家の前に並ぶ、血の池に伏した両親の死体を。
「お、お父さん──お母さん──」
よろよろと二人の下へ歩みるアルカ。
いやだ。
信じたくない。
私のお母さん。
私のお父さん。
とても優しい両親だ。
アルカを育ててくれた。
アルカを大切にしてくれた。
何故、死ななければならないのだ。
アルカは胸がぽっかり穴が空いたような気がした。
胸を掻き毟りたくなるアルカ。
苦しい。
いやだ。
こんなの、認めたくない。
顔を歪めるアルカ。
涙が頬を伝う。
「──ぅ、うっ」
嗚咽がこぼれる。
アルカが泣いているとき、決まって両親は慰めてくれた。
悲しそうな顔をしているときは、そばにいてくれた。
頭を撫で、抱きしめてくれた。
だが、今、こんなに悲しいのに。
両親は起き上がってはくれないのだ。
アルカは、口を震わせる。
両親は、死んでしまったのだ。
アルカは泣いた。
身を震わせ、悲しみに悶えた。
うずくまり、嗚咽を上げる。
その時、視界が開ける。
目の前にあったのはセルディの顔だった。
セルディに抱き起されたのだと、アルカは気付く。
「アルカ! 逃げるぞ!」
だが、アルカは首を振る。
両親のそばを離れたくなかった。
「ダメだ! お前まで殺される!」
それでも、良いと思った。
そうしたら、両親の下へ行ける。
「お前が死んだら、お前のお母さんたちは悲しむぞ!」
アルカの肩を揺するセルディ。
その言葉に胸が詰まるアルカ。
死んでしまいたいくらい、悲しい。
今にも胸が張り裂けそうだ。
だが、両親を悲しませたくはない。
「セ、セルディ、わたし……」
「アルカ! 逃げよう! 俺たちだけでも生き残るんだ!」
そう言い、アルカを引っ張り上げるセルディ。
そして、アルカの手を引き歩き出す。
アルカも一歩、また一歩と歩く。
アルカは両親の方へ振り返る。
そして、涙を拭う。
生きなければ。
両親を、悲しませてはいけない。
アルカはセルディと共に走り出した。
生き残るために。
生きるために。
──だが、現実は無情だった。
二人は、黒服の集団に追いつかれてしまう。
壁際に追い込まれてしまう二人。
「セ、セルディ……!」
「くっ!」
セルディはアルカを背中に隠す。
じりじりと無言で近寄ってくる黒服たち。
不気味なその姿に、アルカは体を震わせる。
「くそッ!」
セルディは前に跳び出すと、黒服の一人に殴り掛かる。
しかし、あっさりと躱され、逆に腹を殴られる。
蹲るセルディを、数人の黒服が押さえつける。
「くっ、離せ! ──ぐッ!」
それでも暴れるセルディの頭を、黒服の一人が踏みつける。
痛みに呻き声を上げるセルディ。
アルカはセルディに駆け寄ろうとする。
しかし、その前に。
後ろから何者かに抑え込まれ、地面に叩き付けられるアルカ。
「うぐっ!」
アルカの肺から空気が押し出される。
苦痛に呻くアルカ。
後ろの壁から、回り込まれてしまったようだ。
「──痛っ!」
髪を引っ張られ、強制的に上を向かされるアルカ。
アルカは小さく悲鳴を上げる。
それを見たセルディは顔を歪め、拘束を抜け出そうとする。
「お前ら! アルカに触ってんじゃ──ぐはッ!」
言葉の途中で再び顔を踏みつけられるセルディ。
その顔が苦痛に歪む。
アルカは、ゆっくりと目を閉じる。
私も、きっと殺される。
でも、そうしたら、お父さんとお母さんのところに行ける。
ごめんね、セルディ。
心の中で謝るアルカ。
アルカの頬を一筋の涙が伝う。
目を閉じ、その時を待った。
しかし、いつまで経ってもアルカが殺される気配はない。
目を開くアルカ。
そこには、見知らぬ少年が立っていた。
アルカと同じような白い髪に、赤い瞳を持っている。
その血に濡れたような双眸がアルカを見つめる。
そして、少年の口が裂けた。
それが笑顔だと、アルカは少し遅れて気付いた。
人の奥底にある恐怖を呼び起こすような笑顔。
その不気味な顔にアルカは震える。
「うん、この子だ。連れていきな」
少年は誰ともなしに呟く。
すると殺戮を続けていた黒服たちが、一斉にその動きを止めた。
黒服の一人が近寄ってきて、アルカを縄で縛る。
アルカは信じられなかった。
信じたく、なかった。
まるで、悪夢を見ているかのような気分だ。
自分がいたから、この町は襲われたのか。
自分がいたから、父は、母は、殺されたのか。
アルカの顔が絶望に歪む。
黒服に担ぎ上げられるアルカ。
アルカを取り戻そうとし、セルディが暴れる。
その度に暴行を加えられ、徐々に抵抗が弱まってきた。
「離してあげな。どうせもう動けない」
白髪の少年がそう言うと黒服たちはセルディを離した。
少年の言った通り、セルディは動かなかった。
不意に空を仰ぐ白髪の少年。
突風が巻き起こり、鳴り響いていた轟音が大きくなる。
町を覆う影が、更に濃くなった。
それは、空が落ちてくるかのようだった。
上空に浮かぶ巨大な何かは、ゆっくりと地表に向けて降りてきた。
そして、不意にその動きを止めた。
白髪の少年は空に向けて手を伸ばす。
すると巨大な何かから、太い光線が発射される。
光線の内部に捕らわれるアルカ。
次の瞬間、不思議な感覚がアルカを襲う。
体の感覚を取り戻したアルカは、今自分の身に起きていることを理解した。
宙に浮いているのだ。
光線の内部のものが浮かび上がり、巨大な何かに吸い寄せられている。
どんどん離れていくセルディを、アルカは唇を噛み締めて見ていた。
「ああ、そうだ」
アルカの隣にいた白髪の少年が、思い出したように呟く。
その瞬間、白髪の少年の姿が掻き消える。
アルカはそれに驚き、目を見開く。
白髪の少年はすぐに見つかった。
その場所は、セルディのすぐ隣だった。
アルカの頭を不吉な予感がよぎる。
暴れて下に降りようとするアルカだが、アルカを担いでいる黒服はびくともしない。
白髪の少年は、倒れているセルディの頭を掴み上げた。
「セルディ! 逃げて!!」
アルカはセルディに向かって叫ぶ。
しかし、その声が届く前に。
白髪の少年の腕が、セルディの胸を貫いた。
言葉を失うアルカ。
一拍遅れて、セルディの叫び声が響く。
「がッ、ガァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」
しかしそれは、悲鳴と言うにはあまりにも異質だった。
大気を震わせ、地を這うような叫び声。
その声には、どす黒い怨嗟が込められている。
それはまさに、咆哮だった。
叫ぶセルディの額から、黒い角のようなものが生え始める。
さらに爪や牙が長く伸び始め、人とは思えない異形の姿になっていく。
セルディは苦しむように顔を掻き毟る。
鋭い爪に傷つけられ、血が滲んだ。
再び白髪の少年の姿が消えた。
そしてアルカの隣に姿を現した少年は呟く。
「いやー、失敗かぁ。ありゃもうダメだな」
咆哮を上げながら、獣のように地を転げ回る変わり果てたセルディの姿を、アルカは言葉もなく見つめる。
「心配しなくていいよ」
白髪の少年が誰ともなしに呟く。
アルカは、その言葉が自分に向けられていることに、一拍遅れて気が付いた。
「どうせ、何も残らない」
刹那、空から眩い光が放たれる。
光は、街に降り注いだ。
そして、轟音。
それは破壊の光だった。
あらゆるものを焼き尽くす光。
街が、燃えていく。
アルカはハッとしてセルディの姿を探す。
しかし、煙に包まれその姿を見つけることは出来なかった。
アルカは暴れて黒服の拘束を解こうとする。
「反抗的だなぁ。ちょっと静かにしててね、っと」
少年の声と同時に、アルカの首筋に重い衝撃が走る。
アルカの意識は闇に包まれた。
アルカが目を覚ますと、目の前に硬い地面があった。
起き上がろうとするが、手足が縛られていて動けない。
首を曲げ、辺りを見渡すアルカ。
周囲は薄暗いが、微かに様子が見えた。
ここはどうやら、広い部屋の様だ。
中央にポツンと椅子が置かれている。
そこに、誰か座っている。
その者は、低い声でブツブツと何かを唱えていた。
何を言っているのかはわからない。
アルカは、だんだん意識が遠退いていくのを感じた。
何故か、アルカは理解した。
今目を閉じたら、再び目覚めることはないだろう。
薄れゆく意識の中で、アルカは両親を思い出す。
お父さん、お母さん、ごめんなさい。
私も、すぐにそっちに行きます。
そして、ダイキのことを思い出す。
ダイキは無事だろうか。
うまく逃げ切れたと良いが。
そして、最後にセルディを思い出す。
ごめんね、セルディ。
ずっと、忘れないから。
ずっと、見守っているから、だから。
──だから、どうか幸せになって。
アルカは、そこで目を閉じた。
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