【40】2006年6月7日 17:10・送迎車・晴れ。踏んだり蹴ったり(レン視点)。



ドン!!



「ヒッ!?何ッ!!?」



突如身体に強い衝撃が走り、驚きのあまり飛び起きた。事故でも起こしたのかと思ったがどうやら違ったらしい。



「フフフ 、おはようございます。ゆっくり眠れましたか?」



ユアルに優しく声をかけられ自分が寝ていたことを理解する。


《あ、もう家についたのか・・・》



窓の外を見ると出入り口門が目に入った。


ドン!!



どうやら出入り口門の敷居である門閾(もんいき)を乗り越える衝撃に驚いて起こされてしまったらしい。ということは、学園を出た直後からほぼずっと爆睡していたことになる。


「ヴーーヴーー」



アイナはいつも通り唸っている。


《アイナの唸り声にも気づかないほど寝てたなんて。やっぱ疲れてんのかな・・・》




ショートスリーパーではないが最近はあまり睡眠はとらなくても問題なかったのにだいぶ精神的に追い込まれていたのかもしれない。


ウィィィン―。



前方から何やら変な機械音が耳に入ったので見てみると運転席と後部座席の間にある黒いセパレーターが下がっている途中だった。


「レンお嬢様、いかがなさいました?」



セパレーターの向こう側から護衛が顔を覗かせ私を心配してくれた。



「大丈夫です。ありがとう」


ちょっと恥ずかしい思いをしながら答える。


私の無事を確認すると黒い仕切りが上がり護衛の姿は見えなくなった。やはり車内の防音性能はほぼ無かったらしい。イヤ、あるのかもしれないが、後部座席の会話は護衛たちに筒抜けなのは間違いないらしい。まぁ、何となくそんな気はしていたけど。




「フフフ」



ユアルが楽しそうに笑っているのを見て今日の学園での出来事が一気にフラッシュバックした。


《『フフフ』じゃないよ、まったくもうッ!》


しばらくして家の門に到着する。



《丹加部さんは来てないか。ヨシ》


一応、丹加部さんが自宅に来るときは知らせが入るのだが、たまに抜き打ち検査みたいにサプライズ登場することもあるので気が抜けない。玄関には他の護衛が立っており、私たちの到着を待っていた。



いつものように送迎車が弧を描いて玄関の前に止まる。



「あーー着いた着いた!!」



アイナが我先にとドアを開けると護衛のエスコートをスルーしてとっとと家の中に入ってしまった。


「レンお嬢様、お帰りなさいませ」


「ごめんなさい。アイナが失礼なことを」


「いいえ、レンお嬢様。お気になさらないでください。さ、お手をどうぞ」



護衛は大人な対応を見せるというよりはアイナの素行を知った上での振る舞いだった。別段、驚くことも注意することもなく大目に見てくれているのだと思う。



私は護衛が差し伸べてくれた手をとり降車した。



「ユアル様もおかえりなさいませ」


「ありがとうございます」


運転席と助手席の護衛2人が降りてきて私たちにお辞儀をしてみせた。


「それでは私どもはお屋敷の方に帰らせていただきます。あとのことは常駐している護衛に何なりとお申しつけくださいませ」


「はい、わかってます。お疲れ様です」



護衛2人が車に乗り込もうとドアを開ける。



「あ、そうだ」


とっさに護衛を引き止めた。


「はい、何か?」



「あの副メイド長・・・、じゃなくて本邸の皆によろしく伝えてください」


「かしこまりました。ところで、レンお嬢様」


「はい?」


護衛が神妙な表情で私を見る。


サングラスをかけているので瞳までは見えないが眉間のシワだけでも真剣さが伝わってくる迫力がある。



「くれぐれもお祖父様の前で『本邸』などと口になさらない方が宜しいかと思います。それからアイナ様がお屋敷にお越しなる際は重々承知のこととは思いますがお気をつけくださいますようお願い申し上げます」



それは深々と頭を下げられながらもかなり痛い注意だった。



「あ、はい。・・・すみません。気をつけます」


《ぐぅの音も出ない正論だ》



本邸を離れて数ヶ月―。


緩い生活に慣れてしまったのか、うっかり護衛の前で『本邸』なんて失言をしてしまったことにショックを受けた。






《昨日は昨日で丹加部さんに意図せずタメ口を効いちゃったし・・・。本邸に居た頃はこんなヘマしなかったのに。あんなに出たかった本邸なのに。何だろう、少し寂しいような悲しいような》



「レンお嬢様、出過ぎた真似をしてしまい申し訳ございません。お許しください」


一度頭を上げた護衛が再度頭を下げる。


「いいえ、むしろ指摘して頂いて感謝してるくらいです。ありがとうございます」


護衛2人はそのまま車に乗り込み家の門を出ていった。それからすぐに送迎車と入れ替わるように門の外から護衛だけが乗る護衛専用車が現れ、玄関前まで走ってきた。




「それでは私は任務に戻らせて頂きますので何かありましたら何なりと声をかけてください」


「はい、分かりました」


私たちを出迎えくれた護衛は護衛専用車に乗り込むと正門の外に出ていった。




恐らく、敷地内専用道路に車を配置して警備にあたるのだと思う。


《・・・少し気を引き締めないと》



本邸を出られた自由に酔いしれているといくら身内と言っても私ですらもう西冥に関われなくなるような気がした。あの護衛たちの方がよっぽど西冥にふさわしかった。




本邸を出て約9ヶ月、今の私はほんの少しずつだが確実に本邸での暮らしや細かい決まりごとを忘れ始めていると思う。パッと思い浮かばないのが悲しい。




何となくもう、私は本邸の部外者なのだと痛感した。




そんな緩みきった日々の積み重ねが昨日の丹加部さんへのタメ口や先程の護衛の件に現れているのだ。



《取り敢えず、家に入ろう》



些細なことではあったが、少しテンションが下がったせいか足取り重く玄関に向かう。


私が家に入ろうとするとユアルが玄関を開けて少し頭を下げながら待機していた。


「どうぞ、レンお嬢様」


《・・・ぶっ飛ばしてやりたい》


しかし、周りには既に数名の護衛が家の周りの警備にあたっているので無闇に大声を出せない。そしてユアルはそんな状況を理解しているからこそこういう態度をとっているのだ。



言いたいことが山程あったが私はグッと堪えてそのまま黙って家の中へ入った。


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