【12】2006年6月6日 16:20・校門階段・大雨。寮生組と通学組(レン視点)。
授業がすべて終わり、部活に入っていない帰宅部の私たちは校門階段を降りているところだった。
校門階段とは校門から生徒用玄関まで設けられているスロープのような勾配の緩やかな階段のことで100段あるらしい。1段1段の幅が広くだいたい幅10メートルの奥行きは50センチくらいはあるだろうか?
生徒が数人で横になって喋っていても十分余裕があるゆったりスペースがあった。
高校生の入学式、初めてこの階を上ったとき、仰々しい装飾はないものの宮殿に赴くような気持ちになったのを今でも覚えている。
ただし、この校門階段は走ることが禁止されているので時間ギリギリで校門にたどり着いたところで、遅刻は確定しているという絶望的な難所でもある。勝手な推測だけど学園側としては『余裕を持って登校しなさい』みたいな意図があるのかもしれない。
もし仮にデザイン重視でこんな階段を採用したのであれば愚の極みという他ないけど・・・。
今日みたいな雨の日に走ってコンクリートの階段に頭を打とうモノなら一瞬であの世にいけそうだ。あと雪が降ってキンキンに凍った翌日とかはあまりこの階段を上りたくない造りでもある。
校門には警備員用の休憩所兼外来のための案内所があり、そこから不審者が侵入しないように目を光らせると同時に生徒が校門階段を走らないように警戒していた。
校門階段で走ってしまった生徒は注意の上担任に報告されるという徹底ぶりだ。なので、校門階段を走る生徒は基本的にはいない。
個人的にこの階段を上り下りしていてムカつくのは高低差から下からパンツが丸見え確定だということ・・・。特に登校時間、階段を上りながら見上げると同性の望んでもないパンチラ率がヤバかった。自分のも見られていると思うと気分が悪くなる。
中には他を圧倒しようと過激な下着を身につけているバカもチラホラ見受けられるが、そういう主張は完全に間違っていると思う。
『若いときにしかできない』ではなく『思考を根本から組み立て直せ』と言ってやりたい。当然、無意味に過激な下着は校則違反だ。
せめてもの救いは警備員が全員女性だということとパンチラ目的の変態が校門の付近をうろつこうものなら即座に警察へ連絡する徹底ぶりくらいか。まったく、考えれば考えるほど何のためにこの階段を造ったのか理解に苦しむ。
梅雨の土砂降りの中、そんな校門階段を下りていると生徒たちがさしている様々な色の傘がズラリと続いている光景が校門まで続いていた。それはなかなかに壮観で、その鮮やかさにほんの少しだけ癒される。
「良いよな~寮生組はさぁ、登下校の時間がなくてよー・・・」
私の前方の小さい傘からとても憂鬱そうなアイナの声が聞こえた。
アイナの憂鬱そうな声とは対照的に小さい傘は階段を1段下りる度にピョコンピョコンと波打っているのが見ていて微笑ましい。
この学園には寮があり『寮生組』と『通学組』、さらにそこから『部活組』と『帰宅部』も加わり、『寮生組の部活組』、『通学組の帰宅部』といった感じで分類されることが多い。
アイナの言うとおり、寮生組は学園の敷地内で暮らしているので登下校10分あるかないかくらいだろう。余程のことが無い限り遅刻することもないと思う。
「寮生組が羨ましいって・・・アイナ、面識のない他人がわんさかいてしかも先生に管理される生活なんて耐えられるの?テレビなんてほとんど見られないって噂だよ?」
ルドベキア女学園は何と恐ろしいことに、今から十数年くらい前まで中等部と高等部は入寮が義務化されている全寮制だったらしい。学費だけでは飽き足らず寮の費用まで搾り取るなんて悪徳がすぎる。
しかし、時を経て保護者から批判が相次ぎ、時代のニーズに応えるという名目でとあることを条件に学園側は渋々自宅からの通いを承認したらしい。
私は基本的に他人との集団生活が死ぬほど嫌いなので通学が解禁されてホントに良かったと思っている。こんな所で生活するなんて窒息するのと同じだ。
「げッ!?テレビダメなのかよッ?最悪だな・・・」
ピョコン。
「『え?テレビは禁止されているのですか?残念ですね』・・・でしょ?」
「はぁああーうるせーー」
ピョコンピョコン。
「あはははッ」
悪態をついている割に階段を降りるたびにピョコンと小さく波打つ可愛らしい傘がアンバランスさを引き立たせてマヌケな感じに見えて思わず笑ってしまった。
ユアルは角刈りモアイの件以降、アイナの悪態を直そうと隙あらば口調を訂正している。個人的に漫才を見てるみたいで面白いのだがそう楽しんでばかりもいられない。
「でもアイナ、ユアルの言うとおり口調は気をつけてね?誰が聞ているか分からないし、もっと言うと家の者に対しての言葉遣いだけは冗談抜きで注意してよね・・・」
「へーーーい」
ピョコン。
こちらの懇願も虚しく、アイナの生返事具合が心にまったく響いてないと教えてくれている。
「レン、ちょっと良いですか?」
「ん?何?」
視線を右に向けるとユアルが怪訝そうな表情を浮かべていた。
「私の勘違いだったら指摘してほしいんですけど、教師たちの生徒の扱い方というか具体的に寮生組と通学組の生徒で差がありませんか?前から気になっていたのですが寮生組の方が遥かに優遇されているように見えるのですが・・・。私の気のせいでしょうか?」
寮生組の特権はユアルの言う通り登下校以外にもある。
放課後、教師たちに授業をしてもらったり部活動も結構な時間まで打ち込んでいる生徒が多いらしい。その過程において通学組とは明らかに一緒にいる時間が異なるわけだし親密さが増すのは致し方ない。その親密さから通学組の生徒と接する態度が異なるのも、まぁ仕方のないことなのかもしれない。
ちなみに通学組は寮への侵入を禁止されている。何と言っても未成年なのでどんなトラブルを起こすか分からないし、そもそも利用者じゃないんだから、これも仕方ない。
「ユアル・・・」
「はい?」
私は自分の唇に指を置いて見せた。
「それ、絶対先生の前で言っちゃダメだからね?」
「・・・なるほど、了解しました」
ユアルがやれやれといった感じで頷きながらも今の会話ですべてを察してくれたみたいだった。ユアルは物分りが良くて助かる。
この学園で数ヶ月過ごせば誰だってその違和感に気づいてしまうくらい、ユアルの直感は正しくまた教師たちの態度はあまりに露骨だった。もうちょっとヒドイ言葉を使って良いのなら『醜悪』がぴったりだと思うくらいに。
理由はとてもシンプルで学園と言っても私立は要するに企業なのだ・・・。
商売をする上で単価の高い客と低い客を比べたとき、オーナーはどちらを愛おしく思ってしまうだろう?どんなに最悪な客でも売上に直結するのなら、その客を大事にしてしまうのは世の常だと思う。
社会貢献だ人材育成だと綺麗ごとを並べてみても結局学園の運営なんて利益をあげるのが前提なのだから通学組の生徒に比べて寮生組が良客であることに違いはない。
イジメは良くないと言いながらも無意識なのかそれとも学園ぐるみなのかは知らないがたしかに生徒の扱いに差があるのは事実だった。しかし、今ココでそのことについて生徒だけで議論しても無意味だし誰が聞いているのか分からないのでユアルには忠告だけしておいた。
《時間がある時にでも色々話しておこう。アイナはそういう大人の事情を聞いたところで、ただただ面倒臭がるだけだと思うしイイかな・・・》
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