誇り高きお仕事

 国の中心たる王都。その更に中央に堂々と鎮座する王城は、国の礎であり、顔であり、玄関だ。


 故に、王城には国の誇る最上級が集められる。要職の人間然り、一流のコック然り、芸術的な仕事をする庭師然り、屈強な兵士然り。


 最終的には王城で召し抱えられることを夢見て、人々は努力を重ねる。念願かなって王城に呼ばれた後も、その一員として相応しくあれ、と精進を続ける……のだが。


「あ~~だる」


 その男は、呑気に欠伸をしていた。


 王城の二階、使用人達の為に用意された個室へと繋がる通路の入口に男は立っていた。白銀の鎧で身を固め、片手にはピカピカに磨かれた槍を構えている。


「今日の昼飯なんだろ。昨日も一昨日も魚だったし、肉食いてぇ」


 気だるげな男の独り言に苦言を呈する者はいない。早足で通り抜けていく学者風の老爺、食材の補充で街に出ていたらしき若い娘。みな、男の前を素通りしていく。


 それが、王城の守護の任に就いている男の日常だった。


「あ、あの、すみません」

「はいはい、なんすか?」


 男に話しかけたのは、少しおどおどした女だった。右手で小さな男の子の手を引いている。


「その……図書館は、どちらでしょうか? 迷ってしまって」

「図書館……あぁはい、王立書架の事っすね。あそこ、ちょっと入り組んだ奥の方にあるんで、地図書きましょうか?」

「いいん、ですか?」

「ぜんぜんいいっすよ~」


 気楽な感じで言い、男は槍を置いて鎧の内側から紙とペンを取り出す。そして慣れた手つきで簡易的な地図を書き、女に手渡した。


「あ、ありがとうございます! この子がどうしても行きたいって聞かなくて……」

「だって、おしろのとしょかんにはたっくさんほんがあるってきいたから」

「はは、そうだな。坊主が一年かけても読み切れないくらいあるから、たくさん読んで来いよ!」

「うん、ありがと~」


 ぶんぶん手を振る男の子に笑いかけた男は、槍を拾い上げてもう一度通路の前に陣取る。笑顔は、もう無表情に戻っていた。


 こう見えて男は、元居た町では比肩する者が無い程に熟達した兵士だった。人当たりが良く、職務も忠実。誰もが認める素晴らしい兵士だった。


 その噂を聞いた王城の者に召集され、男は晴れて王城で働く事となった。が、男が想像していたものは少し違った。


「……平和だねぇ」


 そう、平和だった。平和過ぎたのだ。


 王都に集まるたくさんの冒険者の中には、盗賊団を1人で壊滅させるような猛者も数多くいる。そんな奴らが犇めくこの街、ましてや王城の中で騒ぎを起こそうとするような奴など滅多にいない。


 あるとしても、郊外でたまに魔物が暴れる程度。それもすぐに鎮圧されてしまう。魔王だなんだの問題ごとがあるのも事実だが、今のところは王都にその影響は出ていない。


 温厚な国王が民の為に王城を開放し、自由に立ち入り出来るようにしているのも、ひとえにこの平和っぷりがあっての事だ。武人であるはずの男が鎧の下に紙とペンを常備し、道に迷わないよう無駄にこなれた地図を書けるのも……、


「はぁ……」


 ほとんど立っているだけのこの仕事は、はたして自分がすべき事なのだろうか。

 王城の守護、などと嘯けるほど、この仕事は誇れるものなのだろうか。

 全て、詮無い事だけれど。


「……今日の晩飯、なんだろなぁ」


 男――ヘイ・ワボケは細く息を吐く。たまにはこの槍を思いっきり振り回せるくらいの事件が起きればいいのに、という国を護る兵士としてけして抱いてはいけない願望を心の奥に封じ込めながら。




 

 がちゃんがちゃん! と反響する音。


「くそっ、あたしらが何したってんだよ!」


 姉は吠えた。王城の地下、牢の鉄格子に組み付きながら。


「今は開放してない、とか知らねぇし! こっちはつい最近王都に来たばっかの冒険者だっての!」

「あはは……まぁ向こうも私達が悪者じゃないって一応分かってくれてたし、もうちょっとの辛抱だよ」


 宿で二日酔いから回復した姉妹は、とりあえず王城に行くことにした。王都を観光するならまずはそこから、とかなり前から決めていたから。

 けれど間の悪い事に、いつもは一般に開放されているはずの王城が短期間、開放を取りやめていたのだ。そんな事を姉妹が知る由もなく、


『んあ? なんか入れる場所があんまなくね?』

『王城だもんね、複雑な構造なんだよきっと』

『めんどくせ……まぁいいか。あそこの窓とか入れそうじゃね?』


 開放されてるはずなんだからどこから入ってもいいだろ、と都合の良い解釈をした結果、すぐさま捕まって今に至る。


 ……実際は、宿の女主人から今は一般開放されていない旨を伝えられていたのだが、二日酔いから回復した際に綺麗に忘れ去っていただけなのだが。

 まぁまぁと慣れた様子でなだめる妹に、姉が更に犬歯を剥く。


「あたしらが悪者じゃないって分かってるなら、尚更なんで牢屋にぶち込まれるんだって話じゃん。とっとと出しやがれって話だろうが!」

「すまないね、こちらにも事情があるんだ。君達みたいな女の子を牢に入れるのは忍びないが、我慢して欲しい」


 こつ、こつと歩み寄ってくる足音。他の兵士よりも上等な鎧に身を包んだ青年が姉妹に笑いかける。


「えっと、あなたは……」

「王国騎士団の団長を務めている。君達がギルドの所属である、という裏は取れた。加えて、宿屋の女主人から君達が王城を見物したいと漏らしていた事も聞いた。王都に仇為す賊ではないと正式に認めよう」


 事務的にすらすらと並び立てる騎士団長。それは無愛想と言うより、生真面目さからくる故の堅苦しさだった。

 胸を撫で下ろす妹。だが姉は変わらず喧嘩腰だ。


「じゃあいいだろ! 出してくれよ!」

「事情がある、と言ったはずだ。王城が今一般に開放されていないのは、重要な儀式を執り行う為なんだ。それが終わるまではここにいて欲しい」

「儀式……? 何だよそれ」

「新たな勇者たる資格を備えているか。それを確かめる為の儀式だ。国の命運を分けかねない重要な内容なのは分かるだろう?」


 新たな勇者。姉妹は顔を見合わせる。


「……もしかしてそれ、オセッカさんを……?」

「ああ、あいつかもしれねぇな……!」


 名前も知らないし、姿かたちすら知らない。けれど、勇者になりたがっている、という唯一の情報から考えて、捨て置けない。


 頷き合う姉妹。騎士団長は少し首を傾げながらも踵を返す。


「何を考えているのかは知らないが、間違っても脱獄しようなどと考えてはいけないよ? 儀式に備え、兵士達が常に場内を見回っている。すぐに牢に連れ戻されるのがオチだからね」

「は、はい。分かってます」


 おどおどとした妹の返しに、騎士団長はならいいが、と踵を返す。反響する足音は遠ざかり、やがて消えた。


「……なーんてね」

「妹よ、悪い顔してるぞ」

「お姉ちゃん程じゃないよ」

「なんだとこら」


 冗談混じりに言い合い、姉は自身の髪の毛を一本抜く。

 そして、髪の毛に〝気〟を送り込んだ。途端、ふにゃふにゃのそれがぴん! と針の様にまっすぐになり、姉はそれを鉄格子の錠前に突っ込んでかちゃかちゃ。


「っし、開いたぜ」

「お見事。さすがお姉ちゃん」


 きぃ、と静かに鉄格子を押し開ける。他の牢に人はいないし、見張りの兵士も牢屋の外。まだ気付かれていないはずだ。


「それじゃ行こーぜ。エセ勇者様の顔を拝みになぁ」

「うん、重要な儀式って事は多分、王様のところだよね……大変かもだけど、オセッカさんの為にも頑張らないと!」

「そうだな。爺さんの為にも、だな」


 二人は足音を殺しつつ、けれど足早に牢屋を後にするのだった。




 オセッカの為に。そう決意を新たにする二人だが、実情は少し異なる。

 騎士団長が勇者の話題を出した時、二人はオセッカの事を思い出しつつも、内心でこう思っていたのだ。

 そう言えばそんな目的の為に旅に出たんだったなぁ、と。



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