ケンちゃんお願い、黙ってて

朝倉亜空

第1話

「あれ、タケシにいちゃん」

 自分の背後からの突然の呼び掛けに、タケシはびっくりした様に振り向いた。

「なーんだ、ケンちゃんか」と、ほっとして言い返した。

 ここは住宅街の一角にある、だだっ広い空き地。本来は集合住宅か何かの建設予定地だったのだろうが、昨今の住宅不況の中、工事進行がストップしたままで、大きな穴が掘られたり、一部整地されたりの状態で、もう何年もほったらかしにされている。今では近所の子供たちの絶好の遊び場となっているのだ。

 その大きな穴の一つの中にタケシはいた。そしてそのタケシの真後ろからやってきたケンイチがタケシに声を掛けたのだった。

 タケシは小学三年生。ケンイチはタケシの隣に住むまだ五歳の子供である。二人はまるで兄弟のように仲良しだ。

「タケシにいちゃん、どうしてそんなところにいるの?」

「あー、ケンちゃん、ち、ちょっと今はあっちに行ってくれないかな……。ケンちゃんがそこにいると、僕がここにいるのがばれちゃうよ」

「だれにばれるの?」

「あーもう……」タケシは自分の前方遠くにいる、同級生の友達の人影を指さし、小声で言った。「あそこに人がいるだろ。あの人に見つかると、お兄ちゃんは捕まっちゃうの。探偵ごっこ、分かんないかな。まあ、かくれんぼだよ。かくれんぼなら、ケンちゃんも知ってるだろ」

「うん、ケン、かくれんぼだいすき」なぜかケンイチも小声になっていた。

「だから、かくれんぼと一緒で見つからないようにしてるんだよ。わ、か、っ、た、?」

「う、ん、わ、か、っ、た」

タケシのまねをして、ケンイチはゆっくり、静かに答えた。

「じゃあ、もうあっちへ行ってくれるかな」

 コクリと首を縦に振り、ケンイチは踵を返し、走り去ろうとした。

「あッ、ケンちゃん待って」

 タケシは慌てて声を出した。そのせいで、少し大声になってしまった。

「なあに?」

「あのね、だからね、タケシ兄ちゃんがここにいることは秘密にしといてね。みんなに黙ってるんだよ。出来る?」ヒロシは自分の唇の前に人差し指を立てて言った。「シーッ」

「うん」ケンイチはここでもタケシの真似をして、唇に人差し指をあてがった。「だれにもいっちゃだめ、だね」

「そういうこと。じゃ、もう行っていいよ」

 促されて、ケンイチは走り去っていこうとした。

 と、その時、タケシの隠れている穴のすぐ脇に積み上げられていた土砂の山が、ここ何日もの好天続きの故に非常に乾燥していたため、バックリと真中から割れ、ヒロシのいる穴の中へと一斉に雪崩れ込んできた。

「う、うわああー!」タケシは叫んだ。

「タケシにいちゃーん!」ケンイチもびっくりして、大声を出した。「タケシにいちゃん! たいへんだ、たいへんだよう!」

 みるみるうちに、タケシが土砂に埋められていく。「誰かッ、助けて……!」

 ケンイチはとっさに前方に目をやったが、さっきまでいたタケシの同級生はいなかった。別の場所を探しに行ったのであろう。

「えーっと、えーっと、たいへんだ、どうしよう……」ケンイチはパニック状態に陥り、あたりをキョロキョロと見渡すばかりだった

 もう、自分の目の前にはタケシはいない。崩れ落ちた土砂で穴がふさがれているだけだ。

「そうだ! おばちゃんだ。タケシにいちゃん、まってて。ボク、いますぐ、タケシにいちゃんのおばちゃんよんでくるよ」そう言うと、ケンイチはタケシの家へと走り出した。 

 数分後、はあはあと息を切らしながら、ケンイチとタケシの母親が戻ってきた。

「ここだよ! おばちゃん」

「ここで? タケシがどうしたの?」

「タケシにいちゃんがおおきなこえであーっ、たすけてーっていったんだ!」

「まあ大変!」タケシの母親は目を丸くさせ、口を両手で覆った。「誘拐されたのかしら。ねえケンちゃん、タケシはどこへ行ったか分かる?」

「うん」ケンイチは真剣な眼差しでタケシの母親の顔を見て言った。

「ボク、タケシにいちゃんがどこにいるか、ぜーんぜんしらないんだ」

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ケンちゃんお願い、黙ってて 朝倉亜空 @detteiu_com

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