第7話 私に幸せになって欲しい?なら婚約破棄よ 4,000文字ほど

- 私に幸せになって欲しい?なら婚約破棄よ -

- 1話 私の正体 -

 おかしなことを言っていると思わないで欲しいのだが、私はとある秘密を抱えている。その秘密は今まで誰にも話したことはなく、私はずっと1人でその秘密を抱えている。けれど孤独だと思ったことはない。私を大切にしてくれる両親がいるからだ。

 私の秘密。それは。

「アリッサ。どうかしたかい」

ゲーム世界の悪役令嬢アリッサに転生した元地球人であると言うことだ。


 隣には婚約者。私が前世、鈴菜だった頃プレイしていた乙女ゲームに出てきた悪役令嬢の婚約者だ。けれど今となっては彼は私の婚約者だ。

 私は気がつけばこの世界に転生していた。鈴菜である私が生きているのか、死んでいるのか。話してこれが夢なのかはわからないが夢にしては覚める気配がないし、おそらく転生してしまったのだろうと思う。赤ん坊の頃、初めて目を開けたときは戸惑ったものだ。私は高校生のはずなのに、どうして赤ちゃんになってるの。驚きすぎて泣くのも忘れてしまったくらいだ。それと、ここがゲームの世界で私が悪役令嬢だと気がついたとき。気がついた時には私はこの国の第二王子のエイダン様と婚約してしまっていたし、今更断るなどできなくて。どうせヒロインのあの子と結ばれるとわかっていたのなら何か理由をつけて婚約しなければいい話なのだが、それはもうできないのだと気がついた時の絶望感はすごかった。どうすればいいかわからなくて、怖くて不安で泣いた日もあった。けれど私はあることに気がついてある日から泣かなくなった。

「アリッサ」

もう一度声をかけられて流石に返事をしなければと心配そうに私の肩に手を添えるエイダン様の顔を見上げる。

「すみません、少し考え事をしていました」

肩に置かれた手を優しくひっぺがす。あなたが好きなのはヒロインなのだから、私に優しくしなくていいのに。というよりも、触らないでちょうだい。

「考え事。何を考えていたんだい。今日のおやつかい。それなら極上のものを用意しているから、楽しみにしておいて」

今日のおやつ。国民は重すぎる税金に苦しんでいるのに。それを訴えたヒロインに心惹かれるはずだったあなたなのに。どうしてそんなことが言えるのかしら。ゲームと違いすぎて訳がわからないわ。それなのにヒロインに惹かれるところは変わらないなんて、困ったものね。悪い所どりじゃないの。


- 2話 婚約破棄ですわ -

 ニコニコと笑顔を作って話題を逸らそうと試みる。面倒だからあまり根掘り葉掘り聞かないで欲しいのだが。それにしても、どうしてこの男は私の屋敷にいるのだろうか。ヒロインのことが好きなら私との婚約を破棄してヒロインと婚約して、堂々としていればいいものを。私のところに来てご機嫌取りなどする必要はないのに。まあ、私にとっては準備も整っているし、好都合なのだけれど。

「何か悩みがあるなら話してごらん。僕はいつでも君の幸せを願っているよ」

いつでも、ねえ。ヒロインを慕っているあなたがねえ。

「そうですか。そんなに私の幸せを願っているのなら……」

それなら言ってあげる。あなたも待ち望んでいるであろう言葉を、あなたに送ってあげる。

「婚約破棄、しましょうか」

顔に笑みを浮かべて私は言い放った。驚きすぎて声も出ない彼に優しく微笑みかける。早く頷きなさいよ。今なら許してあげるかもしれないわよ。あなたのう、わ、き。

「私、知っていますのよ。あなたと私の従姉妹の関係を」

エイダン様は相変わらず何も言わなかったが、私の言葉に反応したのか肩をビクッと動かした。あなたは好き放題していましたものね。何度も平民に扮してデートをして、公園でキスをしたのを私は知っているのよ。あなたたちは誰にも知られていないつもりだったのでしょうけれど、平民に変装するための服は誰が選んだと思っているの。町まで連れて行ってくれたのは誰だと思っているの。従者たちよねえ。そんなことをしていれば従者たちに信頼されないのも当然ね。いろいろ話してくれたわよ。罪悪感があったみたいで、一つ質問したら十も返答が返ってきましたわ。

「ねえ、ご存知。私達の婚約に関する書類の内容を」

まあ、どこの貴族の婚約でも取り決められるような内容でしょうけれど、あなたが知らないと言うのであれば一応お教えしておきましょう。

「片方が浮気をしたらもう片方は慰謝料を請求でき、婚約破棄ができる、と書かれておりますの」

慰謝料の上限は残念ながら決められていたけれど。きっと本来は王子様であるあなたのために決められた事項なのでしょうけれど、結局私が利用することになってしまいましたわね。

「慰謝料、請求させていただきますわそれと」

嫌ね。何か返事をなさったら。どうして私1人で話さなければいけないのかしら。人形遊びでもしている気分だわ。

「婚約破棄ですわ」

笑っているつもりだけれど、きっと私の目は目の前にいる彼を睨んでいることだろう。


- 3話 さようなら -

 ゲームのキャラクターとして見ていたから、彼を愛したことはなかった。ときめいたことも、キスをしたいと思ったことも、抱きしめて欲しいと思ったこともない。彼が抱きしめてくれることはあったけれど恥ずかしくなったり、ドキドキしたりと何かを感じることはなかった。けれどどこかで期待していた。こんなに優しい彼ならば、もしかしたら浮気などしないだろうと。そんなことを考えていた昔の私は馬鹿だった。結局彼はゲームのヒロインである私の従姉妹を好きになり、浮気をし、デートに使用したオーダーメイドであるペアルックの平民の服という証拠まで残してしまった。それに、メイドや執事、馬車を操縦した御者といい証言してくれた人はいくらでもいる。裁判になって証言をして欲しいと言えば私に同情してくれる彼らはきっと証言をしてくれることだろう。もはや彼に言い逃れはできないのだ。

「残念ですわ、本当に」

そう言ってはあ、とため息をつくと同時に頬に痛みが走った。思わず反射で目を閉じる。次に目を開けた時には私は椅子から落ちてしまっていて、地面に手をついていた。周りに控えていたメイドたちが急いで駆け寄ってくる。

「お嬢様。お嬢様。大丈夫ですか」

そう言って私を庇うように私を囲む。中には度胸があるのか王子様を睨んでいるものもいた。

「はっ。だからなんだ。お前に何ができるというのだ。どうやって訴えるというのだ」

……彼の頭の中はどうやらお花畑だったらしい。頭の中がネジでできているのだとしたら、ちゃんとネジがついていないのではないかと思うくらいだ。だって、罪を認めておいてその上で私には何もできないと言っているのだから。私はそんなに無知で脆弱に見えるのかしら。

「お前はただ黙って俺に捨てられていればいいのだ。むしろこっちが慰謝料を取ってやる」

慰謝料という言葉の意味をちゃんと理解しているのかしら、この王子。どうしてあなたはこんなに考えが浅いのですか。本当に掴めない人ね。

「では、暴力も加えて慰謝料、請求させていただきますわね」

私は立ち上がると心配そうについてくるメイドたちを引き連れて部屋を出た。部屋には怒り狂った王子1人が残され、どんどんと暴れるような物音が聞こえてくる。ああ、ほっぺた、痛いなあ。


- 4話 私……!? -

 結局、私達の婚約破棄は裁判になることはなく、揉めることもなく終わりを迎えた。私がきちんと証拠を集めていたこともあるのだろうが、王様が王族が裁判沙汰になるのは恥だと裁判を起こそうとしていたエイダン様を止めたらしい。私としては裁判になっても別に良かったのだが、面倒だろうし別に裁判になればよかったのに、とは思っていない。

 今日、私は両親と王城に来ている。婚約破棄と慰謝料に関する書類にサインをするためだ。書類にきちんと目を通す。どうやら私達の要求はちゃんと通っているようだ。むしろ私たちが要求した内容しか書かれていない。これ以上問題になることを恐れてのことだろう。

 カリカリとサインを書く中、王子様と私の従姉妹はずっと私のことを睨んでいた。2人とも両親や周りの人にこっぴどく叱られたらしい。当たり前だ。やってはいけないことをしたのだから。私と婚約破棄をするなり、きちんと段階を踏んでから正式にお付き合いをすればよかったのだ。私を捨てると言っていたから、おそらく私との婚約は破棄するつもりだったのだろうし、むしろなぜ最初にそれをしなかったのか不思議なくらいだ。

「おい、アリッサ」

もう婚約者ではないから呼び捨てにされる筋合いはないのだが。無視して書類の最終確認をしていく。

「今なら許してやるからその書類を破棄しろ」

今更何を言っているのだろうか。この王子は。こんなことが続くと王家の評判が下がってしまいますわよ。

「お断りします。許してもらう必要がありませんもの」

相手の目を見ずに話すのは流石に失礼だと思い、書類から一度目を話して返事をすると王子様はズンズンと近寄ってきて手を振り上げた。ああ、また殴られる。そう思ったけれど、体は動かなかった。それどころか目を瞑ってしまっている自分がいる。恐怖しているのか、状況に追いつけていないのか。

「おい、エイダン。やめろ」

あと一歩、というところで誰かが声をかけた。低い男の人の声だ。目を開けて声の下後ろを振り返ると……えっ、ちょっと待って。私を殴ろうとしていた男よりもはるかに上を行くイケメンがいるんですけど。目の前の男も結構か、お、は、イケメンなんだけどなあ。あ、前世の口づかいに戻ってる。まあいいか。

「離れろ、エイダン。それ以上王家の顔に泥を塗るな」

声も美声。頭も性格も悪くはなさそう。

「御令嬢、怪我はないか」

……ちょっと待って。顔見れない。窮地を助けられたのもなるのかもしれないけど、なんかこの感覚、似てる。前世で好きだった人の顔を見れなかった昔の私の感覚に。え、ちょっと待って。

「御令嬢、どうかしたか」

私今、恋、してる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る