第2話 婚約破棄ですわ〜浮気したのですから当然でしょう〜 4,000文字ほど

- 婚約破棄ですわ〜浮気したのですから当然でしょう〜 -

- 1話 姉上と兄上の帰国パーティー -

 今日は姉上と兄上が留学生活を終えてこの国に帰ってきた喜ばしい日だ。姉上と言っても姉上は私の本当の姉ではない。いずれ姉になる、と言うことだ。姉上はこの国の王子様、私の兄上の婚約者の伯爵令嬢だ。

 姉上に会えるのはもう少し後だろう。私としては、早く姉上にお会いしたいのだが……おっと。こんなことを言っているからシスコンやろうなどと友達から呼ばれるのだ。けれど姉上に捧げるこの破裂しそうな愛は隠すのがとても難しい。……なんだかとても恥ずかしいことを思ってしまった気がする。

 姉上が帰ってきた嬉しさに思わずニヤニヤしていると、母上がノックもせずに部屋に入ってきた。

「ウィリアム、パーティーに行くわよ」

私はうなずくと母上の後について部屋を出た。


 母上の後に続いてパーティー会場に向かう。今日のパーティーは、兄上とその婚約者の帰国を祝う物だ。けれどそれは表向きの話。裏では王子を王太子に任命するのではと噂されている。そうなれば姉上はいずれ王妃様だ。姉上が他の人のものになってしまうのは悲しいが、姉上が幸せになるためならそんなことは我慢できる。姉上の婚約者である兄上、アンドリュー王子が王太子に選ばれますように。そして姉上が喜びますように。

 昔は兄上に辞退してもらってあわよくば私が……なんて考えた時期もあった。けれどそれは叶わない夢と知ってしまったのだ。姉上は兄上といらっしゃる時は本当に幸せそうな笑顔をしていた。その笑顔を見ていると、奪ってしまいたいなどと思うのが恥ずかしくなってしまうのだ。

 パーティー会場のドアが、きいいと音を立てて開けられた。母上は先に父上のもとへ行ってしまったようだ。入った途端、全員の視線がこちらに向けられる。王子という身分はどうしても目立ってしまうものだ。仕方がない。

 キョロキョロと辺りを見渡して姉上と兄上を探す。真っ先に会いたかったのだ。

「兄上、アメリア様。おかえりなさい」

公式な場ではアメリア様はまだ姉ではないので姉上とは呼べない。だが僕にとってはそれがむしろ嬉しかった。その瞬間だけ、僕は弟ではなく一人の男として姉上に会えるのだ。私の背が姉上よりも低いのは残念だけれど。

「おお、ウィリアム。ただいま」

「ありがとうございます、ウィリアム様」

そこで僕は、なんだかお2人の反応がおかしいことに気がついた。いつもならお2人は優しく微笑み返しでくださるのに、今日の笑顔はどこかぎこちない。特に、姉上の笑顔が。

「アメリア様、もしかしてなにか……」

僕の声は、首を振るアメリア様によって止められた。


- 2話 制度 -

 一体なにがあったのだろうか。予想できるのは学校生活が楽しくなくてストレスになってしまった、とか。けれど社交界の場で口にできないこととなると少し違うのだろうか。兄上から何か探れないかと兄上の方を振り返ると、兄上は他の女の人と話していた。誰だろう。向こうの国でできた友達だろうか。けれど、あの顔ではまるで。姉上の方を振り返ると、姉上は今にも泣き出してしまいそうな顔をしていた。

「アメリア様。部屋で休みませんか」

慌てながらもなんとか気をきかせようと、私は姉上の背を撫でる。兄上はまだ先ほどの女の人と話していた。その顔は、まるで恋をしているかのようだ。今まで姉上一筋だった兄上。政略結婚では珍しく、お2人は愛し合っておられたはずなのに。兄上は新しい恋をしてしまったのだろうか。

「さ、アメリア様。部屋までお連れしますよ」

なにを言わずにうなずいた姉上をどこか休める部屋まで案内しようと歩き出すと、会場にいる貴族達の注目が一点に集まっていることに気がついた。姉上の足が止まる。私たちの視線の先には、兄上と先ほどの女の人がいた。

「ですから父上、この国にも一夫多妻制を取り入れるべきです」

兄上はそう必死に父上、この国の王様にうったえていた。一夫多妻制……。確かにこの国は珍しく一夫一妻の制度を採用している。それは子供を残すことよりも、女の人の気持ちや人権、立場を重視した結果なのだ。

「お願いします、父上。私はこの者も妻に迎えたいのです」

焦っているような声で兄上は父上にお願いしていた。

「ウィリアムよ、其方はどう思う」

父上がこちらに急に話を振ってきたので、一斉にこちらに注目が集まる。私は落ち着こうと一呼吸をすると、父上の方を向いて答えた。

「私は反対です、父上」

声が裏返りそうになりながらそう答えると、父上はどっしりした声で理由を述べるように私に言った。ここはどう答えるべきだろうと少し悩みながらも答えるために口を開ける。

「はい、父上。それはこの国の女性のためです。仮に一夫多妻制にしたとして。それを理解できる者はもちろんいるでしょう。それを必要としている者も」

呼吸一つ分置いてつづける。

「ですが、我が国の文化としては、それを受け入れがたい傾向にあります。つまり、受け入れられない者が大半です。その人々はどうするのでしょうか」

私がそう答えると周りで聞いていた貴族達がおお、と不安な声を上げた。つまり反乱が起きる可能性があるということだ。


- 3話 婚約破棄ですわ -

 しばらくすると辺りは静かになった。けれど反乱という言葉を口にする者はいなかった。恐ろしくて言葉にできないのだ。

「で、ではどうすれば……」

兄上が怯えたように顔を引きつらせ王様を見た。

 呆然としていた姉上が背筋を正した。ここからは姉上の出番というわけか。

「時に、アンドリュー様」

姉上が微笑みながら2人を見た。顔は笑っているのに、その目は冷たい。

「お2人は交際されていらっしゃるのですか」

姉上がそう尋ねると、あまり頭のよろしくない2人はうなずいてしまった。貴族達がまた、おお、と声を出す。

「この国では浮気は罪に問われることをご存じで」

兄上と女の人の顔がさーっと青ざめていく。忘れてしまっていたのだろう。

「伯爵令嬢アメリア。其方はどうしたい」

父上が姉上にそう問うた。姉上は力強い目で2人を見つめていた。けれど私は気がついていた。姉上の手が小さく震えていたことに。私は強い姉上はかっこいいと思う。だがこんな時くらい誰かを頼ってもいいのではないだろうか。たとえそれが私でなかったとしても。私は姉上の強さが逆に儚く見えた。けれど、今は姉上を応援すべきだ。私は姉上を応援するように兄上達に歩み寄っていく姉上を見守っていた。

「だ、駄目だ。婚約破棄だけは駄目だ。私は君のことも愛している」

兄上も無駄な抵抗をするくらいには、姉上を愛していたのだろう。兄上は必死に姉上に向かって手を伸ばして、姉上に助けを乞うていた。

「浮気をしたのですから当然でしょう」

そして、姉上は冷たい笑顔で言い放った。

「婚約破棄ですわ」


 しばらく兄上も隣に立っていた二つ結びの女の人も呆然としていた。私は姉上が今にも泣き出してしまいそうなことに気が付き、姉上を別室に案内すると、2人きりになってしまわないように近くのメイドと一緒に部屋に入った。結婚も婚約もしていない男女が同じ部屋に2人きりでいると、まあ、色々と面倒なのだ。交際しているのではと疑われてしまったりね。

「申し訳ありません、気が抜けてしまって……」

そう言って謝る姉上に僕は首を振った。いや、もう姉上ではないのか。……今がチャンスなのだろうか。今、姉上に婚約を申し込んで仕舞えば断られることはないだろう。

「も、しわけ、ありま……」

そう言いながら泣き始めたアメリア様に、私は私と婚約しないか、なんてひどい話を持ち出すことはできなかった。


- 4話 笑顔 -

 しばらくして、私が16歳になり、アメリア様と兄上が20歳になった頃。城でまたパーティーが開かれた。今回はなんのパーティーなのかは私でさえ教えられていなかった。貴族達の間では、今度こそ王太子が任命されるのだろうとの噂で持ちきりだった。

 結局あの後、兄上はあの時隣にいた女の人と婚約した。彼女の身分は男爵令嬢だったのだが、その婚約はあっさりと許可が下りた。この国では、一夫一妻制の制度のせいか、あまり身分が重視されていないのだ。そのおかげだろう。けれど父上は身分も重視して兄上と姉上を婚約させたと聞いたことがあるのに、どうしてだろうか。その理由はなんとなく予想がついていた。口に出すことが躊躇われる理由を。

 会場に入った途端、父上と母上が兄上と私を呼び寄せた。ついに王太子がどちらか言い渡される時が来たのだろう。

「王太子は……」

兄上が期待したような笑顔で父上を見ていた。兄上、残念だけれどきっと王太子は。

「ウィリアムとする」

私だ。

 兄上は驚いたような表情で父上を見ていた。きっと自分が選ばれるものと思っていたのだろう。

「アンドリューは女関係で一悶着あったからな。それに比べてウィリアムはあの後の対応や気遣いも素晴らしいものだった」

父上はいつも通り表情を変えずにそう言った。まるで、異論は認めないとでも言いたげに。

「ウィリアム、其方はまだ婚約者がいなかったな。好いている者はおるのか」

私がはいと返事をすると父上はアメリア様を呼び寄せた。どうやら父上には私の考えなどお見通しだったらしい。

「この場での求婚を許そう」

父上の許可のもと、私はアメリア様の前にひざまづいた。断られたら諦める覚悟で。

「私と婚約、いえ、結婚していただけませんか」

ドキドキと心臓が鳴り今にも破裂しそうだ。こんなに緊張したのは初めてかもしれない。

「喜んで」

そう言って微笑むアメリア様の姿は昔兄上に向かって微笑みかけていた、あの表情だった。


 私が20歳になった日、アメリア様はもう24歳だった。もう結婚していてもおかしくない歳だ。私は急いで結婚の準備を進めていた。そして、今日が結婚式の日だ。

「後悔はない、アメリア」

敬語をやめ、敬称なしで名前を呼ぶことが許される。この4年間は幸せだった。ここで結婚を断られても悔いはない。

「もちろんですわ、ウィリアム様」

ああ、この笑顔だ。この優しい笑顔。兄上に向けられていたこの愛しい笑顔が私に向けられる日が来るなんて昔は思いもしなかった。

「行こうか」

さあ、歩いて行こう。これからも永遠に。ずっと2人で。全てはあなたの幸せのために。

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