悪役令嬢ですっ!
空月 若葉
第1話 婚約破棄できるとでもお思いですの 7,000文字ほど
- 婚約破棄できるとでもお思いですの -
- 1話 浮気 -
私の婚約者の王子様と、私の妹が仲良さげに腕を組んでパーティー会場に入場した。にやりと私に見せつけた私の妹。けれど、私は驚きも憎みもしなかった。こうなることは、前からわかっていたからだ。
「悪いが、君との婚約はなかったことにさせてもらいたい」
そういう王子様の顔は、げっそりとしている。望んで婚約破棄をしようとしているわけでは無いのだろう。
「ごめんなさーい、お姉様。私、彼の子を妊娠しちゃったのー」
ぶりっこの可愛らしい妹。王子はこれに引っ掛かったのだろうか。
「婚約をなかったことに、ですか」
まるでやってやったとでもいう顔をしている妹に、美しく笑いかける。
「婚約破棄できるとでもお思いですの」
ことは、数日前に遡る。私は、自分の部屋の化粧台の前でメイドさんに髪を解いてもらっていてた。優しく撫でるように髪を解かしてくれているのは、私の専属のメイド、ジッノーレだ。彼女は私が生まれた時からついてくれているメイドで、歳は16歳の私よりも5つ上の21歳だ。
「お嬢様の髪はさらさらですね」
毎朝、私が起きるとジッノーレは必ず私の髪を解かしてくれる。これは私たちの日課となっていた。この時間は幸せで満ち溢れていて、ジッノーレの優しさを感じられる楽しい時間なのだ。
「さあ、終わりましたよ」
私の髪からパッと手を離すと、ジッノーレ。は私に鏡の向こう側からにこりと笑いかけた。
「そういえば、お嬢様。お耳に入れておきたいことがありまして」
悲しそうな顔をしているジッノーレ。よく無い知らせなのは明らかだ。
「お嬢様の婚約者の王太子様、リミス様が、お嬢様の妹様、イラ様が同じ部屋に入り、一晩を明かしたそうです」
信じられなかった。私を愛していると明言してくれていた婚約者。私を尊敬しているといつも笑顔で話してくれる妹。その2人が、私を裏切っただなんて。確かに、リミス様は女で遊んでいる、という噂は聞いたことがある。けれど、私はそんな人では無い、と、その噂を信じなかったのだ。けれど、それは間違いだったのか。早々に調査をしておくべきだったのか。
ぐるぐると頭の中で考えては、涙が出そうになった。ジッノーレがそう明言するからには、影から入手した確かな情報なのだろう。私の直属の部隊であり、裏の仕事をこなす影。彼らが間違った情報を仕入れたことは、今まで一度もない。
「信じるしか、ありませんわね」
私はガタンを椅子から立ち上がり、顔を上げた。
このままでは、愛されていないお飾りの妃になるか、婚約をなかったことにしようと言われるか。どうなったかわかったもんじゃない。
「手を、打ちましょう」
- 2話 徹底的に -
愛していたつもりだった。けれど、何故だろう。なんだか楽しくなってきてしまっている自分がいることに、私は少し驚いていた。私はあの人のために尽くしてきた。私はあの子を守っていた。けれど、それももう、必要ないのね。……ふふ。案外早く立ち直れるものね。
私がお父様にお会いしたいと呟くと、ジッノーレは行って参ります、と、お父様のもとへ行ってしまった。おそらく、私が会いたいと言っている、と、お父様に伝えるつもりなのだろう。
今お時間が取れないようなら、また今度でもいいのだけれど、ことは早急に対応しなければならない。いつ何を起こされるか、分からないからだ。音を立ててなるこの心臓。これは、緊張か、恐怖か。そんな可愛らしいものではない。
こうと決めたら私は曲げずにやってきた。ええ、やってやりますわ。徹底的にね。
ほとんど足音も立てずに帰ってきたジッノーレは、気がつくとドアの前までやってきていた。彼女は影の一員でもあるのだ。このくらい余裕なのだろう。
ドアが開かれて見えたのは、満面の笑みのジッノーレだった。これはいい返事が期待できそうだ。
「お父様はなんとおっしゃいましたの」
ゆっくりと椅子から立ち上がりながらジッノーレに問いかけると、彼女は私のもとまで歩いてきて可愛らしい笑顔を作った。
「今すぐ来いとのことです。王太子様の浮気の件も、すでに伝えてあります」
ジッノーレもどこか楽しそうだ。
「やっちゃうんですか、お嬢様」
ニマニマと笑うジッノーレ。彼女はもともと争い事が好きなようだ。もしかしたら、私を元気付けようとしてくれているのかもしれない。
「ええ、徹底的に、と、先ほど決めましたの」
私も口元を手で覆いながらニコッと笑顔で答えた。
ジッノーレと共にお父様の執務室へと向かう。着くまでの間、私たちは静かに微笑んでいたのだが、いいことがあったとでも思われたのだろう。すれ違う人達は皆私達に笑顔を向けてくれた。笑顔でいられるというのはいいことだ。
ノックをして、お父様の部屋の扉を開ける。扉からお父様の顔が見えた途端、途端、お父様は青ざめた顔で私に抱きついてきた。
「可哀想に。大変だったね。さあ、お入り。」
お父様はしてやられた私よりも悲しいらしく、今にも泣きそうだ。もうかなり大きくなった私。けれど、お父様はいつも会うと頭を撫でてくれる。今日はいつもに比べて優しく、まるで髪を解かれているようだった。
- 3話 お父様への協力要請 -
お父様が落ち着き、私の頭を撫でるのをやめると、私は話を切り出した。
「お父様。私の計画に協力していただきたいのです」
けれど、その声はお父様には届かなかったようだ。お父様は椅子に腰掛け、下を向きながらぶつぶつと何かを呟いている。
「全くあのバカ娘は……本当に私の娘なのか。もしかして、あいつ、浮気をしてイラを生んだんじゃ……」
私が冷たい笑顔を作ってお父様を見ると、お父様ははっとしたように顔を上げた。
「すまない、ジレッカ。差別をしてはいけないと言われていたのに……」
お父様は焦ったようにそう言った。
私は正妻の子だが、妹のイラは愛人の子だ。彼女は、側室でさえない。平民なのに、貴族だと身分を偽っていた女の人からイラが生まれたのだ。父はそれがわかると、イラの母親を国から追放したが、良心があったのかイラだけは引き取った。けれど、どうしてもイラのことを愛することができないらしく、父はよくイラに辛く当たっていた。けれど、私はそれを止めた。見ていられなかったからだ。私は、イラが生まれてからずっとお父様からイラを守ってきた。けれど、さすがに王子を寝取ろうとしているイラを、庇おうとは、もう、思えない。
私は息を吸い込むと、にっこり微笑んでもう一度繰り返した。
「お父様。私の計画に協力していただきたいのです」
お父様は慌てたようにこくこくと頷いた。
自分の部屋に戻ると、ジッノーレが掃除をしていた。
「ご命令を」
地面に跪き、目を閉じているジッノーレに、私は冷たい目で命令を下した。
「影を動かせ。特に、私の婚約者について調べなさい。事実確認をするのです」
部屋の中は煙で満たされ、静かに煙が消えていった頃には、ジッノーレはいなくなっていた。影に命令を伝えにいったのだろう。
さて、私も詳しく計画を考えなければ。私には大きすぎるベッドに腰掛け、そしてどさっと体を横にする。そして、静かに目を閉じた。
私を侮っていたことを、2人に後悔させてやるんだ。別に、2人が悔しがっている姿を見たいわけではない。ただ、そうしなければ気が済まない、というか。ただやられっぱなしで、被害者のままでいるというのも、性に合わない。
言い訳をして、自分がこれからやることは正しいのだと自分に言い聞かせる。……ああ、なんだか不安になってきた。本当に成功するのだろうか。
- 4話 イラ -
だんだんと日が暮れてきた頃。夕飯です、と呼びにきたメイドさんに連れられて、私は食堂に向かっていた。
「おねーさま」
後ろから何かにものすごい勢いで体当たりされ、バランスを崩す。けれど、私は倒れる前にバランスをなんとか正すことができた。この声は。
「ごきげんよう、お姉様」
まるで太陽に照らされたお花のような笑顔で私の腰にまとわりつく私の可愛い妹、イラ。昔はかわいくて仕方がなかったが、今はもうなんとも思えない。けれど、ここで態度を変えてしまっては浮気を知っているというのと同じだ。
「ごきげんよう、イラ。今日は何をしていたのですか」
イラとイラを連れてきたメイドさんが加わり、4人で食堂に向かう。イラは演技なのか分からないくらい自然に笑っている。
「私は、今日は友達と会ってきました」
平然と嘘をつく私の妹。まゆ1つ動かさず、天使のような笑顔で。でもね、私は知っているのよ。今日あなたは私の婚約者と会ってきたのでしょう。さぞ楽しかったでしょうね。あなたの彼氏が遊ぶために使うお金は、どこから出ていると思っているのかしら。
「そう。よかったわね」
私は知ってしまったのだ。2人の間に何があったのかを。
先程、メイドさんが呼びにきた少し前。ジッノーレと影のリーダーのシャドウが揃って報告に来た。シャドウはもともと孤児だったのを私が拾い、影部隊からそのまま名前をいただいたのだ。
「ご報告いたします」
黒い布をマスクがわりに巻いたシャドウが私に報告書を手渡した。全身、それこそ髪まで真っ黒のシャドウには似合わない、可愛らしい模様の入った紙だ。私が顔をしかめると、ジッノーレが慌てて口を開いた。
「申し訳ありません、そちらの方が喜ばれるだろうと私が提案させていただいたんです」
ジッノーレの配慮なら、仕方がない。確かに、嬉しくなかったわけではないのだから。
「ありがとう。嬉しいわ。けれど、今後は控えてちょうだい。場合によっては、お父様にもお見せするのだから」
資料に目を通しながらジッノーレに注意をするように促した。謝るような声が聞こえてきたのだが、私はそれどころではなかった。
そこには、信じがたい事実が記されていた。イラとリミス様があってキスをしているのを目撃した人がいること、リミス様が色々な女性と会っていたこと、イラが、にん、しん、したこ、と。
妊娠したとなれば、近いうちに婚約破棄を言い渡されることになるか、妹と私を両方娶ることになるかのどちらかだろうが、前者の可能性が高いだろう。全く。どうやらかなり面倒なことになりそうだ。けれど、なんとかなると信じよう。私には、切り札ががあるのだから。
- 5話 婚約破棄できるとでもお思いですの -
あの日から私はたくさんの準備をしてきた。2人の会話を盗み聞きさせ、今日、リミス様のお誕生祭のパーティーで婚約破棄を言い渡されることがわかった。そして、私がいじめをしたとして私を悪者にするつもりであることも、私は知っていた。準備は万全だ。私はお父様のエスコートのもと、会場に入場した。
そして、時は進み、今に至る。
「婚約破棄できるとでもお思いですの」
今日のためだけにたくさんの時間をかけて準備をしてきたのだ。これだけは自信を持って言える。リミス様、イラ、あなた方から私に婚約破棄を命ずる事だけは決してできないと。
「ど、どういうことなの、お姉様」
勝ち誇ったような笑顔が、途端に恐怖に怯える表情に変わる。
「答えろ、ジレッカ」
少しイライラしてきたのだろうか。リミス王子の目は、しっかりと私を捕らえて話さない。
「ええ、構いませんよ」
うまく笑えない。冷たい視線になってしまう。どんな時でも、笑って前を向けるのが私の理想としている女性なのに。こんな自分がいたという事実は、少しショックだ。
「私が恐れ多くも王の代理として政治を行っていることはご存知ですか」
「……は」
そう、これが私の切り札。私は、病気に倒れた王の代わりに、一年ほど前から王の代わりに政治を行なっている。もちろん内密な話だ。いや、だった、というべきだろう。王に話しても構わないという許可をもらったのだから。このことは異例中の異例だ。本来、その役目は王子であるリミス様に任せられるはずだった。けれど、王様が私に任せたのは、私に秘密があったから。その秘密は……。
「う、嘘だ」
大きな声で遮られる。
「ただ加護を持っているだけの女が、どうして政治を任せられるなんてことになるんだ」
そう、私はこの世界の最高神から加護をもらっていた、と、されている。けれど、それが加護ではなく、兄妹の契りだったとしたら……話は別だ。私は最高神の妹、ジレッカ。その契りは、誰にも覆せない。
「秘密です。とにかく、嘘ではありませんよ。ほら、王様のサインでございます」
王のサインが入った紙をひらひらと見せびらかす。それら契約の紙だった。理解できないというのであれば、紙を見ながら1文1文ゆっくりと読んでやろう。息を吸い込むと、私はゆっくり口を開いた。
- 6話 新たな婚約 -
1番上からなめらかな声で読み上げる。
「王政を任せていたことに関する報酬について」
先程、サインの上に書かれた文字を読んでしまったのか、何かに怯えるようにイラは俯き、リミス様の後ろに隠れてしまった。
「ひとつ、イラ嬢の身分を剥奪し、国外追放に処すこと。ふたつ、王太子の座はリミス王子から弟のセリーセン王子に移すこと。以上でございます」
リミス王子の表情が絶望の表情に変わるのを見届けると、私は2人に微笑みかけた。
「でたらめを言わないで。嘘に決まっているわ」
この後に及んでまだ抵抗するのか。言い返してやろうと思い、一歩踏みよろうとすると、上から光が差してきた。この部屋にはちゃんと天井があるので、太陽光ではない。あの光は、もしかしたら。
「お兄様……」
契りの兄、最高神のマイオーティル様だ。光の中から足が見え、体がだんだんと現れる。そして、この世で1番美しいとされる顔まで見えきった途端、その場にいた私たち3人以外の全員がひざまづいた。神様の前ではたとえそれがどんな位の神様だったとしても、膝を折るのが当然のルールだ。けれど、私は違う。マイお兄様の許可をいただいているからだ。けれど、あの2人はなんなのだろうか。ただ呆然と見つめているだけで、ひざまづく気配が一切ない。神様が普通にいるこの世界。神様に会うのが初めてで、マナーを知らないと言うわけではないだろうに。
「ジレッカ。久しぶりだね」
白色かと思えば透明にも見える綺麗な長い紙を靡かせながら、地に舞い降りる姿は本物の神様だ。
「お久しぶりです、マイお兄様」
マイお兄様は私を囲むように抱き締めると、耳元でボソリと素晴らしい提案をしてくれた。
「まあ、願ってもないことですが、構いませんの」
私が嬉しさを隠せないままそう尋ねると、マイお兄様も嬉しそうににこりと微笑んだ。
「お父様、聞いてください。今、素晴らしいことが決まりましたの」
お父様が顔を上げてキョトンとした顔で私たちを見つめていた。
「私、リミス王子との婚約を破棄して、マイお兄様と婚約しますわ」
浮気ばかりして、王位もつがない王子に嫁ぐよりは、大好きなマイお兄様に嫁ぐ方がよっぽどいい。そっちの方が、何万倍も幸せになれることだろう。
「そ、そうか。それはよかったな」
展開について行けていないお父様は、まるで他人事のようにそう言った。
この世界では、神に嫁ぐのはそう珍しいことではないのだが、正妃として嫁ぐとなればそれはもう珍しく、大変喜ばしいことなのだ。
パチ、パチパチパチパチ。だんだんと拍手が広がっていく。最高神に嫁ぐとなれば、国を挙げてのお祝いをしなければならないくらい素晴らしいことなのだ。ここにいる貴族の皆様方も、それを喜んでくださっているのだろう。私は一歩足を引き、ゆっくりお辞儀をしようとした。
「嘘だ」
嘘だと言ってくれ。そう願うような、怒っているような声が会場中に響き渡った。
- 7話 裏切り者の末路 -
何が嘘だというのだろうか、と、声の主に目を向ける。リミス王子は私を指差して、悪魔のような形相で私を睨んでいた。
「嘘、だ。婚約破棄などさせるものか」
先ほどまでは婚約をなかったことに、なんて言っていたのに。馬鹿なことを言う男だ。
「お前は私の婚約者だ。婚約破棄は、しない」
王太子の座を取り戻したいのだろうか。その表情は、必死だ。本当に、笑えてくる。
「私、お腹の子、おろす」
絶望した表情のまま、イラはそう言った。要らなければ捨てる。子供の命も道具扱いか。
「何を言っているのでしょうね、この人達は」
にっこりとした笑顔のまま、マイお兄様はそう言った。
「あなた方の意思は関係ありません。最高神である私の意思なのですから、私たちの婚約は確実ですよ」
最高神であるマイお兄様がそう言っているのに、まだ2人は諦めていないようだ。
「じゃ、じゃあ、私と婚約してよ、神様。お姉様でいいなら、私だって大して変わらないじゃない」
必死で作り出された笑顔は、なんだか恐ろしく感じられる。私は思わず、マイお兄様の後ろに隠れてしまった。私にも女らしい部分が残っていたと言うことだろう。
「ねえ」
そうでしょう、とでも言うように周囲を見渡したイラ。けれど、誰も顔をあげることなく、返事もすることがなかった。ちらっとお兄様の方を見てみると、まるで楽しんでいるような表情で、私の手を握っていた。
「私は愛している人以外もらうつもりはありませんよ」
その目は冷たく、何処かにこの世の地獄を感じさせるものがあった。いつもは敬語を使わないお兄様が敬語を使っているのがいい証拠だろう。
「くそっ。なんで、なんでだよ」
そう言って涙を零す王子の横で、イラは地団駄を踏んでいた。
美しい光が私を包み、宙へと持ち上げる。
「さあ、行こうか。天界へ」
私がうなずくと、私たちは光の中に消えていった。
パタンと本を閉じて、机の上に置く。
「なんですの、この小説」
私がそう言って苦笑すると、楽しそうにマイ様は笑った。
「私たちの本だよ。小説の神に頼んで小説にしてもらったんだ」
拝啓、お父様。
「こうして読んでみると、めちゃくちゃな展開ですわね」
今、この天界で、私は。
「そうだね」
幸せに、暮らしています。
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