第38話 毒蛇
え、本当に何が起きたんだよ。なんでこいつは背中から血を流して俺の前で倒れてやがるんだ。
「お、おい。大丈夫か……?」
お? 俺が肩を揺らそうとする前に起きた。死んでなかったか、びっくりしたわ。
「っ。くそっ。どこから狙われたんだよ」
京夜でもわからなかったのか。今更上を見上げても意味はないと思うぞ京夜。誰もいない。それにお前、血が止まってないだろう。
「おい、とりあえず止血した方がいいんじゃねぇの。俺ならまだいいが、お前はそうもいかねぇだろ。このまま流し続けたら死ぬぞ」
「あぁ、まずいな。つーか、お前を庇わなくても問題なかったんだったな。まぁ、首チョンパされたらどうなるかはわからんけど」
「今の攻撃、まともに食らってたら首チョンパだったのか俺。さすがに礼を言ってやるよ」
体が真っ二つは経験済みだが、首チョンパは未経験だからな。脳がやられなければ問題ないと思うが、さすがに避けたい。過ぎ去ったことだから別にいいけどな。
それより、どこから攻撃を狙ったんだ? 全く気配を感じなかった。
「おい京夜。背中を見せろ、止血する」
「うぉい?! い、今までどこにいたんだよ……」
ずっと居なかった
つーか、俺のことはガン無視して京夜のところに一直線かい。いや、怪我してんのは京夜だからいいんだけどよ。
……テキパキと止血してんなぁ、慣れてんのか? つーか、どこからガーゼや包帯を取り出したんだ? 四次元ポケットでもあんのか?
「これで問題ないだろ」
「あんがとな、あねっさん」
終わったらしいが、白い包帯が直ぐに赤く染ってんぞ。これ、マジでコイツ出血多量で死ぬんじゃねぇの? 体ちいせぇし、早く縫わねぇと。
「直ぐに戻った方が良さそうだな」
「いや、それよりさっきの攻撃を仕掛けた奴を見つけた方が良い。また同じことを繰り返されるだけだ」
えぇ、風織に従った方がいいと思うが……。
ほらぁ、立ち上がろうとするだけで顔をゆがめてんじゃねぇか。相当痛いんだろ、無理すんな。
「…………」
「見回してねぇーで早く帰った方がいいんじゃねぇの? 死ぬぞ」
「こんな傷、俺達の世界では日常茶飯事だ。おめぇみたいに真っ二つになっていないだけまだマシだ、ニシシッ」
「バカにしてるだろお前……」
前言撤回。こいつ、余裕だわ、問題ねぇわ。うん。心配するだけ無駄。俺も周りを確認してみるかぁ。
と言っても、人の気配すら感じないんだよな、ここ。もう、いなくなったんじゃねぇの?
まぁ、同じことを繰り返されると俺もめんどくせぇし、見つけられるんならそれに越したことはないんだけどなぁ。
「鎖鎌を使ってるのは一人しか思いつかないんだがな……。この胸を締め付ける感覚。輪廻がなにかに反応しているのか、それとも──……」
んー、今考えたところで意味は無いな。ひとまず探すか。
…………もし、京夜を傷つけたやつが
「考えるだけ無駄だな。もしもの時は、俺が……」
※
「…………ちっ。狙いが外れた」
まさか幡羅さんが輪廻を助けるなんてな。普通に見捨てると思っていたが、そこまで冷たい人じゃなかったらしい。
次からはそれも視野に入れて仕留めなければならないというわけか。妖裁級は本当に厄介だな。
ちっ。輪廻達に姿が見られないように用心し、廃墟の二階から狙ったのがダメだったか。だが、これ以上近付く訳にもいかない。感づかれる。
でも、まぁ。幡羅さんに大きな傷を付けることが出来たし、成果はあったな。
今回はなぜか情報が少し異なっていたけど……。
まさか妖裁級が幡羅さん含め二人来ているなんて思わなかったし、聞いてない。
まさか、
「その顔を見る限り、仕留めることは出来なかったみたいだねぇ〜」
「そうですね。妖裁級の一人に邪魔されてしまいました」
「そうかい。それは君にとって、少しめんどくさい事になってしまうかもしれないね。
この忌々しい話し方、近くにいるだけで押しつぶされそうな圧を見にまとっている人は一人しかいない。
「お疲れ様です、
僕の上司にあたる人物。名前は
フードがついている羽織りをいつも着て、顔を少しだけ隠してしまっている。そんなフードから黒い髪がはみ出し、風に少しだけ揺れていた。長い前髪から覗き見えるのは左右非対称の瞳。そんな瞳も黒く濁ってしまっているから不気味な雰囲気が相まって怖い。
口には愛用の煙草。煙いから僕の近くでは吸わないでほしいんだけど。さすがに口に出して言えないけどさ。
白いワイシャツに黒いベスト。首元に緩く巻かれているのは赤いネクタイ。
黒い羽織りに黒い手袋。足元は黒の革靴。全身真っ黒で赤いネクタイだけが目立ち、周りが黒い分輝いて見える服装。これは、女受け良いのか? 僕には無理。
えっと。あまり近づかないでもらえますか。僕との身長差が凄いので、正直首が痛いです。多分だけど190はあるんじゃないか? 僕もそんなに身長低くないはずなんだけど……。
「多分ですが、武器は妖裁級の方には見られていないはずですよ。仮に輪廻に見られていたとしても、怨呪の方なので深く考えないかと」
「なるほどねぇ」
顎を撫でながら楽しげに口角を上げ、下に居る三人を見下ろし始めたな……。
この人、普段から不気味で何を考えているのかよく分からないんだよな。人を嵌めることが趣味と言うほど、相手の弱点を見つけようとするし。
その目は蛇のように粘着で鋭く、見られているこっちは拘束されているようになってしまう。
その目で見られたら終わり──だから、この人を知っている人は皆、こう呼んでいる。
【夜を纏う蛇、
「ふぅ。さぁて、傷付いた小動物を喰らいに行こうか」
煙を吐き、重くのしかかる声で楽しげに呟く浪風さん。本当に楽しんでいるんだろうな。この人に狙われた幡羅さんは、もう生きて帰ることは出来ないだろう。
僕の鎖鎌で傷がついてしまっているから、動きも鈍くなっているだろうしな。
「輪廻だけは殺さないでください。そいつ以外なら何してもいいので」
「そうか。君はあの女性を愛しているんだったな」
「そうですね、愛していますよ。心の底からね。だからこそ僕の手で殺し、あいつを僕の
自身の胸に手を置くと、心臓が波たっているのがわかる。これが純粋な恋心なのなら、輪廻は僕を受け入れてくれたのだろうか。いや、受入などどうでもいい。
あいつが僕の為に死んでくれればそれで良い。そうすれば、僕はこの世にいる全ての怨呪を浄化できる力を手に入れることが出来る。
ついでに、僕自身の体も──
「君が
「──はい。お願いします。僕はまだ姿を現すわけにはいけませんので、ここで見ていますね」
「そうだねぇ。見つからないように気をつけるんだよ」
ちょっと、頭撫でないでくださいよ。子供扱いしないでください。僕は子供ではありませんよ。
「やめてください。早く行ってくださいよ」
「そうするねぇ」
浪風さんは僕を優しげな目で見下ろしたあと、頭から手を引きそのまま下へと飛び降りた。
左右非対称の瞳は赤と青。
その奥には黒く渦巻いている憎悪が見え隠れして、ずっと見続けていることが出来ない。見てしまえば、その瞳に吸い込まれてしまいそうな──そんな感覚になってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます