第9話 絶体絶命

 ────とは、ならないんだよな。

 さすがにこの状況で彰一に丸投げは後で怖いからやめておく。


「下半身がなくても相手の動きを封じる方法ねぇの?」


 ……やっべ、何も考えてなかった。


「エット……動きを封じることは可能だ。だが、一瞬だぞ」


 いや、一瞬って訳でもないか。数秒ぐらいなら動きを止めることは出来る。でも、そんな数秒でどうにか出来ることなんてあんのかよ。

 それに、俺の下半身は美味しくいただきますされちまってるし。


「俺はもう自分で動けんからな」

「行きたい所があれば言えよ。投げてやるから」

「殺されたいらしいな」

「それは困る」


 まぁ、確かに困るだろうな。殺されたら。

 ────って、おいおい。まじか。


「彰一止まれ」

「なんだ? マジか」


 俺が止まれと言った理由を、彰一は後ろを見た瞬間に理解したらしい。説明の手間が省けたわ。


「時間稼ぎもできないってことか」

「追いかけてくれた方が助かるんだがな」


 さっきまで俺達を狙っていたのに、さっきの位置から怨呪は動こうとしない。それに、目線さえ下げている。もう俺達には興味が無いのか。それとも──


「狙いを村の人達に定めたのか。急がねぇと」

「たしかにっ──ってうわっ?!」


 俺の事など一切考えずに、彰一は全速力で来た道を戻り始めやがった。

 自分で走っていないからか、顔に風が当たり痛い。あの、めっちゃ痛いんだが。目をつぶっていると怨呪の咆哮が聞こえ、反射的に目を開けてしまった。


 人が居ない店や家が壊されていたはずだよな。なのに、今はさっき逃げた村人達を襲おうと動き始めている。さっき逃がした村人を覚えていたのか。記憶力は動物以上かよ。


「降ろすぞ」


 お、こういうときは優しく地面に仰向けに下すんだな。

 拳銃をホルスターにしまっちまった。そして、彰一のもう一つの武器。

 腰に付けていたホルスターとは別に、もう一つ特殊な形のポーチに手を伸ばす。そこから出てきたのは鎖鎌と呼ばれている物だ。


「それ、使うんだな」

「あぁ。お前はせいぜい踏み潰されないように頑張れよ」

「そんな捨て台詞いらんわ」


 ったく。そんな言葉を残していくなよ。

 はぁ、さぁて。とりあえず今回の怨呪について考えるか。


 今回の怨呪は動きを封じたり狙いを定めたりと。意外に知性があるらしい。それに能力も厄介だ。

 おそらく、動きを止めるのは目を合わせた人が対象になるはず。でも、攻撃はそれだけじゃない。

 あの爪と牙。俺の体を真っ二つにするほどだしな。相当鋭く、顎の力も強いんだろう。


 改めて彰一を見るが、おぉ。意外にもスムーズに戦ってんな。


 鎖鎌の鎌部分を投げ怨呪の横腹あたりに突き刺し、そこから徐々に上へと登っていく。そして、背中に辿り着いた時に、しゃがんで何かをやり始めた。


 俺の居る所からだと、”何か”をやっていることは分かるが、実際何をやっているのかは見えん。


 彰一を観察していると、怨呪は村人達に向かおうとしていた前足をピタッと止めた。


「なんだ──ん?」


 怨呪の首に何かキラキラ光るものが巻かれてる?

 彰一の方を見ると、背中の上に立って何かを引っ張っている姿があるように見えるな。


「首に鎖を巻いたのか」


 なら俺のやることは鎖を壊させない、解けさせないようにする事だな。


 仰向けから何とかうつ伏せに。肘で怨呪から距離をとるか。

 さすがに下半身がないからゆっくりにはなるが、今は彰一が動きを封じているため問題ないだろう。

 後ろからは苦しそうな咆哮が響き、脳が揺れる。


「圧が。ほんと、早く上級か特級来いや。何のための特級だよ殺す。結局俺が殺されるけど」


 文句を言ったところで意味なんてないんだけどよ……。言わせてくれ、早く来い。


 はぁ。この移動方法、無駄に体力使うんだが……疲れた。まぁ、目的であるお店の壁まで辿り着いたからよしっ。


 手を壁においてっと、体をねじって……。よし、くるんっと背中を壁につけることに成功。


 怨呪は頭を左右に動かしたり、咆哮を繰り返したりと。相当苦しいらしいな。なんとか抜け出そうともがいてやがる。

 彰一は絶対に離してなるものかと、必死にしがみついているが、それも時間の問題だな。

 

 俺も俺のやるべきことをやるか。


「この距離なら俺に被害はないだろう。多分、きっと」


 準備を整えた俺は両手を前に。両手で凍冷を出すのはあまりしたことねぇが、問題ないだろ。

 両腕が水色に変わる。雪の結晶や冷気が漏れ出してきたな、よし。準備は整った。


「凍らせてやるよ。俺の全力でな」


 前に出している両手に意識を集中。うし、冷気が勢いよく噴射した。怨呪の足元と、ついでにお腹を凍らせることに成功。

 ほぅ、驚きの感情はあるらしいな。無理やり足を動かそうとしてやがる。


「壊されてたまるか」


 このまま時間を稼いで応援を待つ。冷気を出し続けろ。壊されてもすぐに凍らせられるようにしろ。集中を切らすなよ俺!


 ガァゥゥァァァァアアアアアア!!!!


 苦しげに叫ぶ怨呪。

 叫んでも無駄だ。俺達は必ずお前を浄化する。


 彰一は鎖で拘束、俺は氷で動きを止める。最初からこうすればよかったんじゃ――あ? 何をしようとしてやがる。

 おいおいおいおい。また新たに何かしようとすんじゃねぇよふざけんな。


「体の形が変わった?」


 獅子の形は保ったまま、背中から棘みたいな何かが飛び出してねぇか? 彰一は大丈夫なのかよ。

 あ、鎖がほどけた。やべぇ!! 鎖がほどけたということは、今俺が抑えている足元以外自由な状態ということ。いや、氷が張ってある足も大きくなって破壊された。

 中から鋭く光った爪。さっきより大きい分、かすっただけでも重症になりそうだ。


「──まじ?」


 とりあえずまだ冷気を出し続けているが、さっきより大きいから一瞬で凍らすということが出来ない。

 徐々になら凍っていくが、鋭い爪ですぐに破壊されてしまうから意味が無い。

 

 それに、俺は今動けない。彰一は背中から飛び降りたらしいが足を怪我したらしく、右足を引き摺っている。それだけならまだマシだと思うが、さっきの変化で棘が掠ってしまったのか、両腕からは血を流しているな。

 それでも俺の所へと来ようとしているのは評価してやろう。


 ────って、そんなこと言っている場合じゃねぇ。怨呪の目は俺を見ており、体ごと向けてきた。


 次の獲物は、またしても俺。くそ。


「彰一も間に合わん。動ける訳でもない。凍らせても無駄。どうするか」


 動けない、このままじゃ潰されて終わ──いや。一つだけ、あるかもしれない。だが、出来るか……いや、やるしかねぇ。


「よし、変化がお前だけの特権だと思うんじゃねぇぞ。氷っつーのはな、形が自在なんだよ!!!」


 やってみるっきゃねぇ。急いで無くなった下半身に両手を向け、冷気を出す。

 形は完璧じゃなくていい、動けるようになればそれでいい。


 「早く、早く──


 ち、怨呪は前足を俺に向けて振り下ろしてきやがる。


 ガゥァァァァァァァァアアアアアアア!!!


 いや、叫びたいのは俺なのだが。


 「うっし!!! 一矢報いてやるわクソ怨呪が!!!」


 氷で作り出した右足を、下ろしてきた怨呪の前足に狙いを定め振り上げた。足の先はしっかりと尖らせてやったからなぁ。

 振り下ろされた怨呪の前足に突き刺し、右足と同じように作り出した左足に力を入れ、体を横に回転させてやるよ!!


「っしゃぁぁあああ!!!!」


 っし!! 怨呪の前足を半分に切り落としてやったぜ!! これで踏みつぶされず済む。


「っ。おいおいおいおい!? 切り替えはや!?」


 今度は切り落とされていない足を振り上げず、横から突進させるように俺に突っ込ませようとしてきやがった!?!?


 おいおいおい!!! 切り落としたあと直ぐに体勢を整えろってか?! 無理に決まってんだろ?! 地面にうつ伏せになってんだぞ俺!!


 今初めてやってみたことだから、上手く下半身を動かすことが出来ない。


 考えろ考えろ考えろ!!!!


 とりあえず少しでも動きを止められれば。

 くそ!! 突っ込んでくる足を凍らせるため冷気を出すが勢いが止まらねぇ!!


「今度こそ真面目に終わった──」

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