煙の中に光あれ

sigh

第1話

 どこもかしこも禁煙分煙と、喫煙者には随分肩身の狭い世の中になったものだが、自社ビルの屋上を丸ごと喫煙スペースにしている弊社は、かなり寛大であると思う。

 喫煙スペース、と言えば聞こえはいいが、実態は、屋上の塔屋の片隅に灰皿が置かれているだけの吹きさらしの場所だ。


 その吹きさらしの灰皿置き場の近くに立ち、仕事着にしている作業服の胸ポケットから箱を取り出す。中から一本取り出して、火をつける。ジジ、と焦げつくような音がして、火をつけた先が赤く光る。

 子どもの火遊びと笑われるかもしれないが、この瞬間が好きなもので、いまだに電子煙草に切り替えられないでいる。

 ひとつ吸い込んで息を吐けば、冬の夜の張りつめたような空気の中、自分の体温で温まった息と煙が混ざったものが、白く、ふわりと溶けていった。


「あ、主任。ここにいた」


 その声に塔屋の入口を振り返ると、5つほど年下の後輩が腕組をして立っていた。


「下で部長が探してましたよ。例の物件のラフプラン、今日までなんじゃなかったんですか?」


 ずけずけ指摘するようなその物言いに、どちらが後輩だったか忘れそうになることがよくある。


「…そう言われましてもー」


 視線を外して、煙とともにそう吐き出せば、こちらは彼とは正反対とも言えるような、間の抜けた声が口から落ちていった。


「仕入難の中でせっかく見つけた土地なんですから、いいの頼みますよ。あ、それと」


 まだ何かあるのか、と階下のオフィスに戻ろうとする後輩に視線を戻す。


「煙草休憩多すぎじゃないですか?喫煙者が多い会社なんで見過ごされてるだけかもしれませんけど」


 言うだけ言うと、彼はそのままカンカンと音を立てて階段を下りていった。


 物凄く失礼な物言いだと思うのだが、最近の若者は皆こうなんだろうか?

 言い返すのも面倒だし、言ったら言ったでなんだか顔を真っ赤にして反論してきそうなのがまためんどくさいしで、何も言わないでいるだけなんだが、それがまたダメなんだろうなぁと思う。


 中空にぼんやりと視線を投げれば、丘陵地のニュータウンにできたマンション群の灯りがちらちらと揺れているのが見えた。

 時刻は夕飯も終える家庭が増えてくるであろう、20時すぎ。

 上司から言い渡された締め切りまで、あと4時間を切っていた。

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