第5話 箱の中の姫
マリエッタとの確執にいろいろと悩まされることもあるだろうと覚悟していたが、実際にはそんなこともなく月日は過ぎた。正確に言えば、そんな暇がない。
イエールズで私を待っていたのは、ひっきりなしに訪れる貴族達との面談だった。そしてもう一つ、結婚後の夫婦の部屋を整えるという仕事もある。ベッドや家具に至るまで、私が好きに注文していいようだ。
(特に要望はないので、あるもので構いません)
喉まででかかったその言葉を、私は飲み込む。そういうわけにはいかないのはわかっていた。大国の姫を迎えておきながら、手を抜いたなんて噂になったら国の威信に関わる。だが結婚式まで3ヶ月だ。正直、家具を一から手配するのには無理がある。そこで私は使っていない家具をリメイク出来ないか考えた。
護衛のクラウスを連れて、王子に相談に行く。
「リメイク?」
話を聞いて、王子は困惑した。私は時間がないことを強調し、使っていない家具を自分好みに色を塗り直したり飾りをつけたいと説明する。
「いいですよ。では、私も一緒に選びましょう」
王子は頷いた。
「一緒に選ぶのですか?」
今度は私が困惑する。
「夫婦の寝室で、夫婦の部屋ですよ」
王子は夫婦を強調した。
「それは、一緒に寝たり一緒に過ごすという意味ですか?」
私は確認する。それは全く想定していなかった。夫婦でも寝室や私室は別々だと思っていた。
「そうですよ。2人で使うベッドや家具なので、2人で選ぶべきでしょう」
王子の言葉に、私は納得する。王子の言い分は正しく聞こえた。だが、なんだかもやもやする。
それが顔に出ていたらしい。
「私はこの結婚をとても嬉しく思っていますし、2人で生活する日をとても楽しみにしています。ですが、姫は違うようですね」
悲しげにそんなことを言われた。
「違うのです」
私は慌てる。
「私はずっと一人で暮らしていたので、人と生活することに慣れていないのです。王子と一緒に生活することを、正直、少しも考えていませんでした。夫婦とは一緒に生活するものなのですね」
私の言葉に、王子はふっと笑った。
「姫は私の想像以上に箱入りなのですね」
伸ばした手が私の頬に触れる。優しく撫でられて顔か赤くなった。だが照れくさいとか恥ずかしい以上に、箱入りという言葉に耳を疑う。それはとても大切にされているという意味のはずだ。
「私は箱入りなどではありません」
否定する。
「部屋から出ることも許さず、大切に守られている姫とはアデリア様のことですよね?」
王子に聞かれた。
「確かに部屋からは出してもらえませんでしたが、大切にされていたかと言うと……」
私は言葉に詰まる。
「大切にされていますよ」
答えたのは、クラウスだ。
「え?」
私は驚く。
「アデリア様は国王と王妃の間に生まれた、たった一人の正当な姫君です。他の兄弟達から隔離し、誰も近づけないよう、誰も傷つけることがないよう、後宮の奥で大切に守られてきました」
初めて聞く話に、私はくらりと眩暈を覚えた。
「……そんな話、初耳です」
困惑して、クラウスを見る。
「今までは、アデリア様には真実を伝えないよう、言いつけられていましたから」
クラウスは困った顔をした。
「それを何故、今、話すのですか?」
私は問う。
「良きタイミングで、真実を姫と王子に話すよう、申し付けられました」
クラウスは答えた。
「その話、座ってじっくり聞いてもいいですか?」
私はため息を吐く。
「ええ。やっと真実を話せるので、じっくり聞いてください」
クラウスは頷いた。
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