第11話 エクムント救出作戦 前編

「997、998、999、1000!」


 毎日の日課である素振り1000回を終えた直後、吉次郎きちじろうの元に国の中でも特に有数の陰陽師でもある妻が駆け付ける。


「あなた! エクムントさんの身に何かあったそうよ!」


「!! 何だって!?」


 彼は友人の身を案じ、行動に出る。


「分かった、行こう。転送できるか?」


「大丈夫です。あなた、お気をつけて」




◇◇◇




「傭兵王か……ふざけやがってあの野郎!」


『死霊王』はテーブルに八つ当たりするようにブッ叩く。


「いかがなさいましょうか?」


「俺自ら行く。お前たちは下がってろ」


 他でもない友人の緊急事態。彼は転移魔法で現地へと駆け付けた。




◇◇◇




『傭兵王』の元へ部下が報告しに王の間へと入ってきた。


「閣下、侍のような見た目をした男が閣下と話がしたいと申し出ておりますがいかがしましょう?」


「侍とは珍しいな。まぁいい、会って話を聞こう」


 呼ばれると50半ばのため髪はすっかり白くなったが年齢不相応にがっしりとした、いかにも強靭きょうじんな体形をした大男が王の間を訪れた。


それがしは分かりやすく言えば吉次郎きちじろうと申す一介いっかいの侍でござる」


 吉次郎……その名を聞いて傭兵王は思わず立ち上がる。




「吉次郎……!! ま、まさか伝説のサムライマスター、キチジロウ殿で!?」


「いかにも、その吉次郎でそうろう。腕に対して不相応に名前ばかりが広まっている始末で恥ずかしい限りですがな」


 剣を握る物では知らないやつはモグリとさえ言われる、伝説の剣豪。漂う風格からして間違いなく本物だろう。


 生きるために戦場で相手の器量を測る技術を伸ばし続けた傭兵王は1対1、いやこの場にいる者が全員束になってかかっても到底勝てない相手だというのを直感で悟った。




「……で、そのキチジロウ殿が此度こたびはどのようなご用件で?」


 傭兵王は冷や汗をかきながら目の前の、自分よりはるかに腕の立つ侍相手に応対しだす。


それがしの思い過ごしであれば良いのだが、エクムントという友人がここで拘束されているという疑惑があるのだ。その真意を知りたくて此度は参った次第でござる」


「エクムント……? そ、そんな奴、知らんな。思い過ごしなんじゃないのか?」


「ふーむ、そうでござるか。いや邪魔して悪かったでござる」


 傭兵王はでたらめを吐いてその場をやり過ごす。




「ではそれがしはしばらくこの国に滞在することにしよう」


「え……た、滞在?」


「ええまぁ。貴殿きでんが嘘をついているとは思いたくないが念のために真偽を確かめる必要があってな。構わんだろ?」


「え、い、いやその……」


「それとも……本当ニ彼ヲ拘束シテイルトデモ?」


「!!」


 吉次郎が常人なら心臓を握りつぶされるような鋭い殺気と視線で傭兵王を射抜く。何十もの戦場を渡り歩いた歴然の猛者である彼ですら足が震えるほどだ。


「まぁそれがしはあまり人を疑いたくない性分なので出来れば貴殿きでんを信用したいでござる。では本日はこの辺で失礼させていただきたい」


 そう言ってサムライマスターと呼ばれる凄腕の侍は王の間を後にした。




 吉次郎が王の間へと続く廊下を歩いていると、とある青年と行き違った。彼の肌は死人のように青白く、左手は骨がむき出しの状態だった。


「おお、そなたは確か……そう、ティム殿ではないか。何ゆえこんなところまで?」


「アンタは……アイツの友人ダチの、確かキチジロウとか言ったな。オレはアイツを救いに来たんだ。お前もそうだろ?」


「やはりそうでござったか。ただ確固たる証拠も無しに動くわけには……」


「ケッ、だからオメーは甘いんだ。よくそんな年まで生き延びられたな。ああいう連中は甘やかしていると付け上がるんだ。


 こういう時はガツン! と言わねーと、どこまでもふんぞり返るのがオチだぜ?」


「そうでござるか。ただ、老婆心ろうばしんながらも誰彼構わず手荒な真似に出るのは自らの首を絞める結果にもなりかねませぬぞ」


「ハハッ。アイツみたいなことを言うなアンタは。安心しろ、本気は出さねえ。相手がかわいそうだろ?」


 余裕の表情を浮かべる青年を侍はハァッ。とため息をついて見送った。




「閣下! 面会をしたいと申し出ている者がいます! なんでも自ら死霊王ティムと名乗る者でして……」


「死霊王ティム、だと!? あの死者の国の王か!?」


 王の間にいる者、全員の背筋に緊張が走る! 直後、その死霊王が傭兵王の前に現れた。


「よぉ、テメーは確か『傭兵王』なんていう御大層なことをほざいてるそうじゃねーか」


「貴様! 何用だ!?」


「単刀直入に言おう。オレの友人ダチのエクムントを拘束してるのはテメーらだな。隠したって俺には分かるぞ?


 10分だけ待ってやるから、今すぐ出しな。じゃねーと全員ぶっ殺す」


「ぐ……待ってろ」


 傭兵王は立ち上がり、エクムントのいる牢獄へと向かう。




「おいエクムント! 貴様いったい何をしたんだ!?」


「何もしていませんよ。ただ私の知り合いには私の事を案じて身体に魔術や霊術で「マーキング」や「加護をつける」者が結構多くて、それで私の危機をかぎつけてやってきたのでしょう」


「何だとぉ!? なぜそれを黙ってた!?」


「あなた方が私に聞く耳を持たなかったのが原因ではないですか。私の忠告を無視して拘束なんてするからこんな事態になるんですよ?


 言っておきますが誰が来てるのかは分かりませんが国1つでどうこうできる相手ではありません。


 今すぐ私を釈放しないと大変なことになりますよ。脅しではありませんよ? あなた方の事を思っての忠告ですよ」


 平然とした表情でそう言うエクムントに対し、傭兵王は今にも爆発しそうな表情で怒鳴り散らす。




「ぐぐぐ……貴様! オレを脅すのか!? このオレを! 『傭兵王』を脅すつもりなのか!?」


「だから脅しではないですよ。あなた方の身を案じてあなた方のためを思って言ってるだけですよ」


「テメェ! 人様が下手に出れば付け上がりやがってぇ! オレを誰だと思ってる!? オレは『傭兵王』だぞ!?


 31の戦場を渡り歩いて傭兵から王になった男だぞ!? オレの言う事が聞けねえってのか!? ええ!?」


 傭兵王は怒りをぶつけるが、事態は一切好転しないどころか、傷が悪化する一方だった。




(……ティム殿が出るとなれば此度こたびの事件、穏便には済みそうにないでござるなぁ)


 吉次郎は調べ事を終えてエクムントを拘束している確信が持てた後、ティムと出会って感じた「嫌な予感」に沿って墓場で待機していた。しばらくして……


 ボコ……

 ボコ……


 墓場からゾンビやスケルトンが墓石を押しのけ現れた。


(やれやれ、結局こうなるでござるか)


 彼の嫌な予感は当たってしまった。




【次回予告】


捕まったエクムントを救うべく来た吉次郎とティム。2人による友人奪還作戦が始まった。


第12話 「エクムント救出作戦 後編」

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