第15話 ギャルと悪霊とかくしごと(4)


 雪乃の声は届かなかったが、蓮は反射的に隣にいたエリカを押し出し、一人で棚の下敷きになった。

 雪乃の手から、無意識に出た柔らかい雪が間に入り、いくらか衝撃は軽減されたが、蓮は意識を失って、そのまま動くことができない。


 棚を倒した悪霊は、自分の仕事を褒めろと言わんばかりに、他の悪霊にアピールしている。

 何語かわからないが、俺がやってやったぜー!という感じで、誇らし気だった。


「蓮!! 大丈夫!? 今助け————って、しゃっこい!!」


 エリカが蓮を助けようと棚に触れると、まるで氷のように冷たい。

 あまりの冷たさに反射的に手を離した。


 まだ上手く力を使いこなせないが、雪乃が棚をまるごと凍らせて砕いてしまおうとしたからだ。

 棚は急速冷凍されていく。


 技なんて、母親である雪子が昔やっていたことの見様見真似みようみまねだが、やはり雪乃には才能があるようだ。


氷破ひょうはっ!」


 雪乃が手をかざしてそう唱えると、凍った棚は砂のように割れて、中にあったものも消えてなくなった。

 雪乃はすぐにでも蓮に駆け寄りたかったが、怒った悪霊達が行く手を阻む。


「邪魔よ!!!」


 雪乃が再び手をかざして放った冷たい空気は、悪霊たちを氷漬けにする。

 蓮の様子を確かめようと、手を伸ばしたその時————


 ————ピンポーン


 玄関のチャイムがなり、訪問者が現れる。


 ————ピンポピンポピンポーン


 せっかちな訪問者は、何度もチャイムを鳴らした後、応答がないのにも関わらず、勝手にドアを開けて玄関の中に入ってきた。

 そして、大きな声で叫ぶ。


「なんだこれは!! 誰の仕業だ!!」


 それは雪乃には聞き覚えのない男性の声だった。

 さらにその男は、ドタドタと階段を駆け上がり、雪乃たちがいる部屋のドアを開ける。

 蓮を抱き起こそうとしていた雪乃が驚いて手を止めると、そこに立っていたのは老人で、眉間に深いシワを寄せしかめっ面をしていた。



 だが、雪乃と目があった途端、大きく目を見開き、表情を一転させる。


「雪女……!? どうしてここに————!?」


(私が見えている……!? この人、一体————)



 その老人の名は、鏡明。

 妖怪も霊も何もかも見える、正真正銘の祓い屋だ。


 雪乃はこの老人が蓮の祖父の祓い屋であることを知らない。

 二人が対峙したのは、この時が初めてだった。

 だが、なぜか鏡明は驚いてはいるが、少し嬉しそうな表情をしている。

 それはまるで、再会を喜んでいるかのようだった。


「まさか、こんなところで……————」


 雪乃は何がなんだかわからなかったが、鏡明が身にまとっている空気が、近づいてはならないものだと本能的に感じた。

 逃げなくてはならない……と。


(誰なの……?)


 鏡明は凍った悪霊の間を縫って、雪乃に近づいてくる。

 恐怖を感じる雪乃とは裏腹に、鏡明は雪乃に対して何かをしようという気はなかった。

 祓おうだなんて、微塵も思っていなかった。


 しかし、雪乃の目前に蓮が倒れていることに気がつくと、また表情を一転させる。


「蓮……!? まさか、お前がこの子を————」


「ちがっ……」


 違うと言い切る前に、雪乃の綺麗な頬を何かがかすった。

 背面の壁に、鋭いトゲのようなものが刺さっている。

 雪乃の白く美しい頬に一本の赤い線が走り、ジワリと血が滲む。


(やばい……!!)



 雪乃は身の危険を感じ、蓮から離れて後ろへ跳ぶと、背中から壁をすり抜けて逃げ出した。

 その刹那、ありえないことが起きた。



 エリカと、目が合った。



 そして、彼女はニヤリと笑ったのだ。


 逃げる雪乃の姿を、雪女の姿を、確かにその目に捉えていた。






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