第二章 ギャルと悪霊とかくしごと

第12話 ギャルと悪霊とかくしごと(1)


 中学に上がる、少し前。

 雪乃は昨日偶然本屋で見つけた漫画が面白くて、友達にも読んでもらおうと学校へ持って来ていた。

 いつ話を切り出そうか、なんて思いながら、いつものように仲の良いクラスメイトたちと休み時間に話していると、


「漫画好きとかキモいよねー」


 親友だと思っていたエリカが、教室の隅で漫画を読んでいた男子を指差して笑いながら、そう言った。

 いつも思ったことはすぐに口にする彼女にとってそれは、たわいもない会話でしかなかったのだが、雪乃にとっては違うものだった。


「……そう、だね」


(私って、キモいのかな?)


 その男子が読んでた漫画は、雪乃が持って来ていたものと同じものだったのだ。


 自分の好きなものが、こんなにも簡単に否定されるなんて……。

 雪乃にとってそれは初めての事だった。

 だから戸惑ったし、ショックだった。


 もともと、母親が人間ではないという時点で、普通ではないのだから、できるだけ普通に人間らしくいようとしていた雪乃は、その日から一切、自分が漫画やゲームが好きであることを、学校では口にしなくなった。

 中学からはエリカとは違う学校になり疎遠になったが、あの日のエリカの言葉がずっと心に影を落とし、本当は教室で好きなアニメや漫画の話をしていた女子達と仲良くしたかったのに、それはできなかった。


 その内、母親譲りの美しい容姿と、父親譲りの頭の良さで成績は常に学年1位になり、2年生の初めからは生徒会長にまで選ばれて、雪乃はずっと明るくて、人望のある高嶺の花を演じ続けていたある日————


 匿名で登録しているSNSのタイムラインに、一枚の画像を見つける。


「……かわいい」


 思わず口から出てしまうほど、その画像に写っている人物は可愛くて、綺麗だった。

 それは、あの日、エリカに否定された漫画のヒロインのコスプレ写真。

 アニメ化されているようなメジャーな作品ではない為、そのキャラクターのコスプレをしてること自体珍しいものである上に、その写真の人物のアカウントのプロフィールを読んだら、男の娘だった。


「え……男!? これが!?」


 驚いて、プロフィールに貼ってあったURLをクリックすると、動画がアップされている。

 主にゲーム実況が中心のチャンネルだったが、たまにある雑談の中で、彼は好きだと語っていたものの多くが、雪乃の好きなものばかりだった。


「レンレン……かわいい……尊い……やばい、やばい、やばい!!」


 学年1位の学力はどこへ行ったのか、雪乃は語彙力を失い、彼の動画や画像を見ていると、こんなに可愛くて、美しいものが、気持ち悪いはずがないと思えてくる。

 これが推しというやつか!と、初めての感情に、ばたばたと悶えていると、下の階に音が響く。

 その不審な物音に、心配した母は何があったのかと、階段を上がって雪乃の部屋のドアを開けた。


「雪乃ちゃん? どうしたの? 何が————」


「フフフ……フフ…………」


 雪乃はニヤニヤとだらしない顔をして、ずっと笑っている。


「…………」


 母は、そっと、ドアを閉めた。




 それから2年後。

 心の支えだったレンレンの突然の活動休止宣言により、受験に失敗した雪乃が入学した高校の廊下で、雪乃に声をかけてきたのは、かつての親友だった。


「雪乃!」

「えっ?」

「やっほー! 久しぶりじゃん!」


 明るめの髪色に色素の薄めのカラコン、両耳にピアス、さらに、無駄に袖の長いカーディガンからはネイルアートを施した爪が見え隠れ。


「エリカ……?」


(すっごいギャルになってる……)


 再会した彼女は、小学生の時と同じ笑顔で雪乃に片手を振りながら近づいてくる。



 背後に、悪霊をたくさん連れて。



「雪乃って、1組だよね?」

「そう、だけど……?」


 疎遠だったとは思えない、距離の詰め方に雪乃は唖然とする。

 入学して1ヶ月経ったが、雪乃はエリカが同じ学校にいたことも知らなかった。

 気まずさから、早く会話を切り上げたかった雪乃とは裏腹に、エリカは自分のペースで話してくる。


「あーやっぱそうか! エリはさぁ、6組だから離れ過ぎよなー」

「そうだね、知らなかったよ」


 そして、さらに予想外の展開が待ち受けていた。


「1組ってことはさぁ、蓮いる? 氷川蓮!」


「え!? いる……けど?」


(なんで……エリカがレンレンの事……)



「やっぱり! 今、どこにいるの?」


 エリカは戸惑う雪乃の手を引っ張ると、そのままズルズルと1組の教室に引きずっていった。


(なにこれ……どういう状況!?)

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