第122話 擬態

 私の目の前では異様な雰囲気が漂っていた。

 な、何なの……さっきから意味が分からないんだけど。

 嘘だとか、本当のフェルトじゃないとか、途中から話しについていけないんですけど。

 私は混乱しつつも何とか考える事を放棄せずに、オービンの話に付いて行っていた。

 するとフェルトがオービンに近寄って来た。


「何を言ってるんですか、オービン先輩。本当も何もないじゃないですか。同じ人間がこの世に2人でもいるとお思いですか? それこそ、あり得ない話ですよ。俺はフェルト・クランスそのものですよ」

「そうか。やはり、君は本物のフェルト君じゃないね」

「っ!」


 その言葉に、フェルトは一瞬だけ驚く。


「外見も、記憶も上手く引き出せているようだけど、全部は見れないみたいだね。偽物君」

「……」

「オービン先輩、どう言う事ですか?」


 私は直ぐに口を挟むと、フェルトはいきなり牢を片手で殴って来た。

 鈍い音が響き渡り、私はその音に驚きビクッとしてしまうが、オービンは驚くことなくフェルトの方を見ていた。


「もう一度言いますが、俺は偽物では」

「いいや。君は俺が知るフェルト君とは真反対だ。分かったらさっさと消えろ、偽物。目障りだ」

「っ」


 その威圧的な言葉にフェルトは、少し顔が引きつるとさっさとこの場から去って行った。

 それを見届けた後オービンは、小さく息をはき私の方を向いて来た。


「あ、あのオービン先輩……」

「分かっているよ。彼の事だろ」


 オービンは私が聞きたい事が分かっていたのか説明をそのまま始めてくれた。

 先程私たちの目の前にいたフェルトは、オービンが言った通り偽物で間違いないらしい。

 だが私からしたら、偽物ではなく本物としか思えなかったと伝えると、フェルトは本来ああ言う人前で話すような性格ではないと言って来た。

 私は直ぐに学院での姿とそれこそ正反対だと伝えると、オービンはここだけの話と言ってフェルトの正体を教えてくれた。


 彼は王国の暗部組織に所属する人物であるらしい。

 にわかには信じがたい話ではあったが、オービンがこの場で嘘を言う様な人ではないと信じていた為、私はその話を信じ誰にも言わない約束をした。

 更には、学院での姿は仮面を被った様な姿であり本来は、恥ずかしがり屋で人見知りらしく、あまり友達を作らないタイプらしい。

 それを知り私は、イメージがかけ離れ過ぎて意外とも思えず「そうなんだ」としか言葉が出なかった。

 オービンからは人が嫌いなタイプではなく、時間を掛けて行けば友達になれる奴だと言われた。


「さっきのフェルトが偽物なのは分かりましたが、何故相手はフェルトになっていたんですか?」

「それは分からない。だが、これであの時のタツミ先生も偽物なのではないかと言う可能性が生まれた」

「そうか。確かに、誰かになり変われるのならば、タツミ先生も偽物ってことですね」

「あぁ。でも、まだ可能性に過ぎない。ここでは確かめようがないからね。それに、さっきの偽物君の反応から、あれは変身と言うより擬態に近いね」

「擬態……ですか?」


 私が首をひねっているとオービンが突然シンの話を持ち出してきた。

 そして私に、シンの変身魔法を直接見たことがあるかを訊いて来た。

 私は頷くとオービンは、それを元に擬態について教えてくれた。


「変身魔法は、対象の人へと変われる事が出来る魔法だがそれは外見だけなんだよ。逆に、擬態と言うのは対象の人物になり変われるという事なんだ。しかも、擬態魔法と言うものも存在している。たぶん、さっきの偽フェルト君は何者かが擬態魔法でフェルト君に成りすましていたんだろうね」

「擬態魔法……聞いた事がありません……」

「それはそうさ。その魔法は既に世界で禁止されているものなんだ。見て分かったと思うけど、完全に他人になりすませられる為、悪用がされ過去に一国が滅んだと言う話もあったからね」


 その言葉に私は寒気がした。

 1つの魔法だけで、一国が滅ぶことがあるのかと思ったのと同時に、それは攻撃でも何でもなく人の信頼などを悪用した行動に私はぞっとしていた。

 オービン曰く、擬態魔法の全容は分からないまま、禁止とされ封印されたのだと言う。

 何が条件で他人になり変われるのか、いつまでなり変われるのかも分からないらしい。

 今までに使用者は1人だけだった事から、その者は投獄され死ぬまでそこで生き続けたと教えてくれた。


 結局、それ以降擬態魔法を使う人間は現れなかったが、正確には見つける事が不可能だったとオービンは話した。

 しかし、唯一の使用者が死ぬ最後にこの魔法は世界で1人しか使えないと叫んでいた事から、それを世界は信じる他がなかったのだと言う。


「それじゃ、さっきの偽フェルトは……」

「そうだ。今まで存在しないとされてきた、2人目の擬態魔法使用者かもしれない。これは直ぐにでも父上や母上に報告し、王国から世界へと発信しなければ一大事になる」


 その事に私は唾を飲み込んだ。

 するとそこへ、黒いローブを来た2人組がやって来て、牢屋の前で止まり話し掛け来た。


「□■◎■◇」

「? なんて言ったの?」

「□◆■◎◯◇」


 何度聞いても、私は目の前にいる者が何を言っているのか理解が出来ずにいるとそこに偽フェルトが再び現れた。


「立てって言ってるんだよ」

「■◇◯◆▼◎□◆」

「お前らを別の場所へと移す。従わなければ、再度眠らせて強制的に運ぶぞ。それでもいいなら、そのまま座ってていいぞ」


 その言葉を聞いたオービンは私に耳打ちして来た。


「ここは素直に言う事を聞いておこう。この場所がどこなのかなどの手がかりが掴めるかもしれない」


 私は小さく頷いた後、オービンと一緒に立ち上がった。

 すると黒いローブを来た奴の1人が牢に手をかざすと牢が一瞬で消え、私たちの後ろに回り込んで来て拘束具に鎖を取り付け引っ張れるようにして来た。


「◎■◇」

「◇●★◆◯◇」


 さっきから何を言ってるか分からないんだけど、話しているの? と言うか、何の言葉を言っているの?

 私が近くで黒いローブを来た奴ら話すのを聞いて疑問に思っていると、フェルトが何故かそれを答え出した。


「そいつらはな、音で会話してるんだ。口元に特殊な機器を付けて音を発し、相手の音を聞き取る事で会話をしているんだ。普通の人間が聞いても分かるもんじゃないよ、クリス」


 突然私の疑問に答えて来た偽フェルトに驚き、心でも読めるのかと思い見ていると、偽フェルトは急に自分の顔を指して口パクをし始めた。

 その口の動きから何となくだが、「顔に出ている」と読み取れ直ぐにそっぽを向いた。

 その頃オービンは黒いローブを来た奴らの方をじっと見ていた。


「(声ではなく音で会話をするのは何故だ? それに何故、偽物君はそれを聞き取れる? 何らかの大きな組織であるのは間違いないが、どう言う組織かが全く分からない……せめて何か目印でもあれば)」


 オービンがそんな事を考えていると、近くにいた黒いローブを来た奴らが一瞬背を向けて来た。

 そして瞬時に偽フェルトの方を見ると、自分から視線を外している事が分かり直ぐにオービンは行動に出た。

 それは、背を向けた黒いローブを来た奴目掛けて背中に蹴りを叩き込み、壁へと押し付けたのだ。

 そのままオービンはグッとそのものに近付き口で相手のローブを下ろして顔を覗き込んだ。


「っ!」


 その者の口の周りには、偽フェルトが言っていた通り機器が覆っていたが、オービンが目を疑ったのはその者の目元にあったマークだった。

 そのマークは白いマルを囲う様に4つの黒い三日月が描かれたマークであった。

 それが表すものは、過去に王国を転覆寸前まで追いやった犯罪組織を示すものであったのだった。


 オービンがその者の顔を見た直後だった、もう1人の黒いローブを来た奴とフェルトに地面へと抑え込まれてしまう。

 直後フードを脱がされた人物は直ぐにフードを被り顔を隠した。

 そしてそのままオービンには黒い袋が被され、後に私にも同じ様に黒い袋が被せられ視界を失ってしまう。

 そんな状態で私たちはどこかへと連れて行かれたのだった。

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