第66話 兄襲来

「何でって、それは決まってるだろ。お前に会いに来たんだよ、我が愛しの妹よ!」

「ちょ、ちょっと! ここでそんな事を大声で叫ばないで!」


 私は咄嗟にお兄ちゃんの口元を手で塞ぎ、周囲に誰もいない事を確認した。


「ふぐうう、ぼれおうれあ」

「お兄ちゃん、口塞いでる時に何かをしゃべらないで! 何言ってるか分からないし、取りあえず落ち着いてよ!」


 するとお兄ちゃんは、私の目を見て頷いたので、塞いだ手を外した。

 直後お兄ちゃんは、私に勢いよく抱きついて来た。


「お~愛しの妹よ。会いたかったぞ~」

「やめ、止めてよお兄ちゃん!」


 そう、私のお兄ちゃんは、極度のシスコンと言えるほどの人なのだ。

 私のお兄ちゃん事、アバン・フォークロスの特徴は私とお母様と同じく金色の髪で、左もみあげを三つ編みにしており、目も悪くないのに眼鏡をかけている。

 お兄ちゃんは、既にシリウス魔法学院を2年前に主席で卒業し、今は王国軍の見習い兵士として日々任務を行っている。

 だが、今日は眼鏡をかけているという事は、休みの日なのだと直ぐに分かった。


 お兄ちゃんの眼鏡は、昔から眼鏡姿に変な憧れがありその癖で、学院の長期休みの時や自宅でしかけていないんだと自分で宣言しているのだ。

 そもそも何でお兄ちゃんが、私の前に居るのか分からずにいたが、そこでお母様から来た手紙の事を思い出した。

 もしかしてお母様は、この事を伝える為に私に手紙を送って来たの? と言う事は、お兄ちゃんは、お母様から私の居場所を聞いたと言う事?


「もー心配したんだぞ。こっそりお前が通ってる、クレイス魔法学院に行ったら、お前じゃなくてマリアがお前の変装をしてるから、驚いたんだぞ」

「え! お兄ちゃん、クレイス魔法学院に行ったの?」

「ああ、そうだぞ。久しぶりの休みに、お前に会わないなんて言う選択肢は、俺にはないからな」

「そんな誇らしく言う事じゃないから」


 私は少し冷たくお兄ちゃんに言うが、全く動じずにそんな事を言うなよと返された。

 と言うか、クレイス魔法学院まで行ってマリアの変装を見破ったて普通に凄すぎるよ、お兄ちゃん。

 私のお兄ちゃんは、お母様に劣らないくらい優秀で、魔法学院内でも3つの指に入るシリウス魔法学院を主席で卒業するほど、本当は凄い人なんだけど……この妹に対する愛が凄い所が、残念な部分だ。

 お母様もそれがなければ、直ぐにでもいいお嫁さんが見つかるのにと、ため息をついていた事をふと思い出した。


「てか、本当に何でここに居るの?」

「だから、お前に会いに」

「じゃなくて、どうやって私がここに居ると分かったのかって事。お母様に聞いたの?」

「そう言う事か。妹からの問いかけには、嘘なく答えなくてはな」

「そう言うのいいから、早く」

「アリスの言う通り、クレイス魔法学院に居ないと分かってから直ぐに家に戻り、お母様にそれを言ったんだ。だが、心配する事はないと言い返された。だが、俺はそれで諦める兄ではない」


 そこからお兄ちゃんが言うには、お母様の部屋の前で待ち伏せしたり、ずっと私がどこにいるかを聞き続けたらしい。

 しかも、かなりの日数をつぎ込んでいたのだとか……すると、お母様もその付きまといに音を上げて、王都メルト魔法学院に居るとだけ伝えたらしい。

 お兄ちゃんは、それだけ聞くと直ぐに王都に来て私を探していたらしく、2日前に男装している私を見つけて、今日各男子寮を見張っていた所に私が出て行ってしまい、見つかったというわけだ。

 にしても、お母様は災難だったろうなこのお兄ちゃんに、数日も付きまとわれて……でも、手紙でそれを知らせてくれたのは良かったのだけど、もう少し具体的に書いて欲しかったです、お母様。


「と言うか、何でアリスは男装なんてしてるんだ? 綺麗だった金色の髪を黒にして、ロングの髪もショートにしてしまって……だが、そんな姿も可愛い!」

「いや、これは訳が……」


 私がお兄ちゃんから目を逸らすと、お兄ちゃんはグイッと顔を寄せて来た。


「どう言う訳だ? お兄ちゃんにも言えない事か? わざわざ姿を変えて男装して、この学院に入る事がか?」

「それは口に出さないで! バレたら私の将来とか、色々危ないんだから」

「だったら止めろ。お前がそんな危ない事までする理由が、ある事なのか? どうせ母上から言われたからだろう、俺が言ってやるから危ない事はするな」

「っ……そうなんだけど、その……」

「はぁ~お前の事だ、月の魔女に食い付いて母上の言う事を呑んだんだろう」


 はい、全くその通りで何も言い返せません……。

 でも今はお兄ちゃんが言う様な事だけじゃないの! 皆の存在が私の成長を刺激してくれることを伝えれば、お兄ちゃんでも分かってくれるはず。

 私がそれを伝えようと口を開いた時に、お兄ちゃんは私の両肩に手を置いて先に話されてしまった。


「お前も大変だったろ。だけど、もう安心していいぞ。後はお兄ちゃんに任せとけ」

「いや、お兄ちゃんちょっと待って。私の話も」

「大丈夫、大丈夫。お前がどれだけ大変な思いをして、こんな男だらけの中で生活していたかは、容易に想像できる。大変だったな」

「だから、私の話を」


 だけど、お兄ちゃんは私の話を全く聞かずに勝手に話を進められてしまう。

 するとそこに偶然ルークが通りかかる。


「クリスと、誰だ?」

「ルーク」

「? ルーク? アリスもしかして」

「アリス?」


 ルークは、クリスがアリスと呼ばれた事に驚き声を出すと、お兄ちゃんが私に話し掛けた直後、ルークの方に視線を戻した

 私はお兄ちゃんの体から逸らすように顔を出し、ルークに口パクで自分のお兄ちゃんである事を伝えた。

 それが伝わりルークは、お兄ちゃんの方に視線を戻すと、何故かお兄ちゃんはルークを睨んでいた。


「な、何です……か?」

「お前、うちの妹の事を知ってる様な口ぶりだな。もしかして、女だと分かって手を出したな!」

「なっ!?」

「ちょっ、お兄ちゃん!」

「アリスは黙ってろ。今から、この悪いムシを懲らしめてやる。来い、ルーク!」

「いや、だから、話を……」

「いいから、勝負だ悪いムシが」

「なっ」


 と言って、お兄ちゃんはルークの肩を強く押して強引に勝負を仕掛ける。

 私は直ぐに喧嘩の様な事は止めるようにお兄ちゃんに言うが、全く聞く耳を持たず下がってろの一点張りだった。

 ならばと、ルークにもう少し事情を説明し、何とか穏便に済まそうとしたが、既にルークはお兄ちゃんの一方的な兆発に気が立ったのか、私の話を聞いてくれなかった。


「ちょ、ちょっと2人共! 止めろって!」


 2人は、寮の目の前にある芝生の広場に移動し、お兄ちゃんの方がルークからある程度距離をとり立ち止まる。


「さぁかかってこい、妹の弱みに付け込む悪いムシめ!」

「クリスの兄だか知らないが、いきなり人の話も聞かずにムシ呼ばわりで喧嘩を売ってきやがって、どうなっても知らねえぞ!」

「学生に負ける俺じゃない。無駄口叩いてないで、さっさとかかって来い悪いムシ」


 な、何でこんなことになっちゃうのー!

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