ありふれたLove Stories

@nora-noco

葵〜Aoi〜

男はこたつに潜り、テレビを見ている。


深夜1時から30分間放送される『今注目の新人アーティスト』を名目とした音楽番組を、頬杖をついてぼんやりと眺めている。


今、1組目のアイドルユニットのライブが終わる。


番組はコマーシャルを挿まず、次のアーティストを紹介する。


『深夜の音楽祭をご覧の皆さん、こんばんは。Aoiです。』


男が深夜まで起きてまで番組を視聴する目的である、女性アーティストが映し出された。


その時、男は自分の鼓動が一瞬にして跳ね上がったことがわかった。


Aoiと名乗る新人アーティストは、まるで新人とは思えない堂々たる態度で2枚目のシングル作品となる曲を紹介している。


彼女がどのような想いで作詞をしたのか、どういう人に聞いてもらいたいかなどカメラを正視して語っているが、何一つとして男の頭の中には入ってこなかった。


テレビ画面越しだが、久しぶりに見る彼女が垢抜けて綺麗になり、地元を離れ今東京でどんな暮らしをしているのか想像をしていたからだ。


新曲はバラード調だった。


歌詞の内容からして、別れの歌だ。

でもまたいつかどこかで会える、という保証のない希望を残した別れの歌。


ワンコーラスに短縮されたその曲は2分程度で終わり、深夜番組特有のローカルなコマーシャルが流れ出した。


男はスマートホンを手に取り、出るか分からない彼女に電話を掛けた。


『このタイミングで電話をくれたってことは、テレビ見てくれたんだね』


彼女はワンコールも満たない速さで電話に出た。

そして、通話開始早々に男に感想を求めた。


「いい曲だった。やっぱりプロの作曲能力は凄いよな。作り込みからして違うわ」


『でもあたしは君が作ってくれてた曲も好きだったよ』


彼女のその過去形の言葉に、男は酷く落ち込んだが悟られないよう気丈に振る舞う。


「デビュー曲もそこそこ売れて良かったな。バイト先の後輩にもお前のファンいるぞ」


『そこそこって…YouTube視聴回数500万超えと週間5万ダウンロードがそこそこなんですかー?』


「はいはい、時代はCDから配信だもんな。大したもんだよ」


ホントに、と男は感心を含めた声色で付け足した。


「葵」


『何?』


「お前と18歳から5年間共に音楽ができて、俺は幸せだったよ」


彼女はスピーカーの向こうで沈黙している。


「お前だけソロとしてデビューできたこと、俺に悪いと感じなくていいからな?」


男と葵はかつてユニットとして音楽活動をしていた。


葵が作詞とボーカルを担当して、男が葵の歌詞にメロディーをつけアコースティックギターを弾く。


そのユニットは、地元の小さなライブハウスを満席にできるほどの人気を博したが、大手レコード会社の新人開発担当の手によって2人は引き離された。


要するに、彼はプロとして戦力外通告を受け、音楽業界に必要なのは葵だけということだった。


彼女は迷っていた。


一緒に音楽をやろうと誘ってくれたのは彼の方だった。


彼が作曲し、奏でるギターに合わせて歌うことに幸せを感じていた。


でも自分の幼き頃からの夢は歌手。


「2度もないチャンスだ。俺のことは気にするな」


彼のその言葉に背を押され、後ろ髪を引かれる思いで彼女はソロデビューのオファーを受けることにした。


そして彼女はAoiとしてデビューすると、瞬く間にスターダムに駆け上がった。


その一方で、元相方である彼の心境は複雑だった。


ソロデビューに迷う彼女の背中を押したものの、彼女の面目躍如たる活躍に嫉妬してしまい、心から喜ぶことが出来なかった。


デビュー曲も聴こうともしなかった。

て言うよりか、聴くことができなかった。


しかし、彼なりに気持ちに整理を付け、今日初めてアーティストとしてのAoiを視聴し、このように電話越しではあるが直接話をすることができた。


「葵、頑張れよ」


『うん、ありがと。セカンドシングルからがスタートだと思ってるから』


彼女の芯の通った発言に、男は安堵し笑みを溢した。


「あ、そうそう」


男は部屋の隅のギタースタンドに立て掛けられている、ピンク色に塗装されたムスタングギターに目を向けた。


「葵のギター、返した方がいいか?」


『う〜ん…いや、返さなくていいよ』


10万円も満たない安物のエレキギター。

自分もギターを弾けるようになりたいと葵が望んだため、誕生日プレゼントとして渡したものだった。


男は葵の「返さなくてもいい」という返事に、淡い期待を寄せてしまう。


彼女の私物が自分の元にあれば、いつかまたそれを取りに帰ってきてくれるのではないかと、


彼女のムスタングギターが2人の心を繋いでくれているのではないかと思うと、切なくも嬉しい気持ちになった。


「結局三日坊主だったけどな」


『君の教え方が下手だったからだよ』


「人のせいにするなよ」


2人は笑い合った後、数秒の沈黙が生まれた。


「それじゃあ」と切り出したのは男の方からだった。


『うん、あたしも頑張るから、君も頑張ってね』


「ありがと」


『バイバイ』


「おやすみ」


番組はいつの間にか終了していた。


男はAoiの新曲の一部の歌詞を思い返していた。


"同じ時代を共有する低確率なあの出逢い

無駄にしない 君との出逢いを"


ここの歌詞が凄く良かった、ということを伝えるのを忘れてしまったと

男は今になって思い出した。





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