第7話 07

「わあー、きれい」

レストランの店内に入り、目に飛び込んできた光景に私は思わず声を上げた。

天井にはおしゃれできらびやかな照明がいくつもとりつけられ、白いテーブルクロスがかかった円卓が壁に沿って設置してあった。窓際には大きなガラスがとりつけられており、そこから綺麗な夜景が一望できた。

(こんなおしゃれなレストラン、今まで来たことない!)

そう思って殺し屋さんに声をかけようとして、彼のほうを振り返った。

彼は目だけを動かしちらちらとあちこちを探るように見ている。それが私と同じようにこの店のインテリアに驚いているわけではないことは簡単にわかった。

(もしかして、刺客が近くにいる……?)

不安そうに彼を見ると、彼がこちらを振り向き安心させるように微笑んだ。

「さあ、早く座ろう」

そう言って半ば強制的に背中を押され、前に進まされた。

「何を食べたいの?」

席についてから彼がそう尋ねた。

私はメニューに目を走らせながらどれにしようかと首をひねる。人生最後の晩餐だ。好きなものを食べたい。

「うーん、ハンバーグもいいなあ。あ、スパゲッティもある!うーん、どうしよう……」

そう頭を悩ませる私を楽しそうに彼が眺める。

「……あなたはどうするんですか?」

「僕はこれにするよ」

そう言ってディナーコースを指差す。

「あ、それも美味しそう……」

どれも美味しそうで目移りしてしまう。私はなんとか一つに絞ると、ウェイターを呼び、料理を注文した。


運ばれてきた料理がとても美味しそうで、私は目を輝かせた。殺し屋さんも笑みを浮かべて料理を見ている。先程まで警戒していた彼も、今は警戒を解いているようだった。

「いただきます!」と手を合わせ、ナイフとフォークを手に取る。ハンバーグを口に入れると瞬時にとろりととろけた。

「ん〜、おいしい!」

うっとりする私を見ながら彼が微笑む。

「喜んでくれてよかった。……どう?今日一日楽しんでくれた?」

そう尋ねられ私は大きく頷く。

「はい!映画もとても良かったし、あなたと色々なお店を回れて、お話ができて楽しかった……。今日はここにあなたと来られて本当に良かったです!」

そう言って私は満面の笑みを作った。それを見て、殺し屋さんも笑みを作る。

「それなら良かった。僕も……」

続きを言う前に彼の目が急に見開かれ、一転して険しい顔になった。そして、前のめりになり私を抱きしめるように背中に手を回した。

「!?」

驚いて固まっている私を押し倒すように床に倒れ込む。テーブルが傾いて皿が落ち、割れる音が響いた。

何事かとこちらを見る人々を横目に、私は倒れた殺し屋さんに声をかける。

「殺し屋さん?どうしたんですか?」

そう小声で尋ねて、彼の右肩から血が溢れてきているのに気づいた。

(え?)

自分の思考回路が固まるのが分かる。

(殺し屋さん、怪我してる?どうして?)

混乱している私の耳に、殺し屋さんの舌打ちが聞こえてきた。彼に再び声をかけようと口を開く前に殺し屋さんが突然立ち上がり、私の腕を掴んで走り出した。ウェイターが私たちを呼ぶ声が後ろからしたが、振り向くことなく走った。

殺し屋さんの足が早くて、もつれて転びそうになる。なんとか彼についていこうと足を必死に動かした。

誰もいない廊下を走り、トイレに駆け込んだ。狭い個室に二人で飛び込み、扉を閉めてから殺し屋さんが壁に持たれかかり息をついた。

「殺し屋さん……」

振り向くと、彼が右肩のあたりを手で押さえていた。その手には赤い血が滲んでいる。

「まさか、撃たれたんですか……?」

「……まあな」

それを聞いて私の顔が青くなるのが分かった。

「例の刺客ですか?」

「ああ。お前を狙って二発だ」

「私を?」と目を丸くする。一体どうして殺し屋でもない私を?

「どうして私を狙ったんでしょう?」

彼の体を支えながら尋ねる。

「俺を狙っても、どうせ避けられると踏んでいたんだろう。だから、お前を狙ったんだ」

傷口を抑えながら、顔をしかめて彼が言う。

私を狙ったのは、刺客が私と彼が仲間だと勘違いしたからだろう。確かにそれなら、彼が私を守ることはあり得る。しかし、本当は殺し屋とターゲットという関係だった。それなのに。

「どうして私を守ったんですか?あなたのターゲットは私のはずです。私は死んだって構わないじゃないですか!」

そう言うと殺し屋さんが私を見た。

「……お前は俺の獲物だ。誰かに盗られてたまるか」

私をどこまでも黒い瞳で見据える彼の言葉にぞくりと肌が粟立つのがわかった。

殺し屋さんは息を吐くと床に座り込んだ。

「奴がすぐに俺のとどめを刺しにやってくるだろう。奴は俺がなんとかする。だから、お前は早く逃げ……」

そう言う彼を無視して、私は落ちていた銃を手にとった。それを見て殺し屋さんが目を見開く。

「何を……」

「殺し屋さん。これって、ここを下げればいいんですよね?」

そう尋ねると、彼が戸惑ったように頷いた。

私は安全装置を外すと、銃を構えた。先程ゲームセンターで彼に教えてもらったことを思い出す。

(両足を肩幅程度に開いて、両手で銃を支え、照準を合わせる……)

どうせ失敗しても死ぬだけだ。ここで生きようが死のうが結局私が今日死ぬことに変わりはない。

息を潜めて敵の気配を探る。私がしたいことを察したのか、殺し屋さんがため息をついた。

「本気かよ……」

そう言ってから肩を押さえながら、目をつむった。

コツ、コツ……。

小さな足音がこちらに近づいてくるのが聞こえる。

「いいか?俺が『撃て』と言ったら撃てよ。チャンスは一回きりだ。しくじるなよ」

私は頷いた。そしてつばを飲み込む。

コツ、コツ、コツ……。

足音がどんどん近づいてくる。もう目の前まで来そうだ。

コツ、コツ、コツ……。

まだ殺し屋さんは何も言わない。自分の心臓の音がどんどん大きくなっていく。

コツ、コツ……。

(もう目の前……!)

ギ、と扉が開く音がした。そしてゆっくりと開かれる。

「……『撃て』」

私は瞬時に引き金を引いた。


映画で聞くようなパアンという子気味の良い音はしなかった。恐らくサイレンサーがついていたのだろう。

撃ってからしばらくたって恐る恐る目を開ける。目の前に右手に銃を持った男が立っていて、私たちのことを見下ろしていた。その男の額に、銃痕が残っていた。

どさりと男が倒れるのと同時に私も腰が抜けたように座り込んだ。ひゅーひゅーと荒い息をはく私の肩を殺し屋さんが叩く。

「……なかなかやるな」

そう言ってにっと笑った。その顔を見て、緊張の糸がほぐれるのがわかった。それとともに涙が溢れてきた。

「殺し屋さん、傷は大丈夫なんですか?」

「ああ、急所は外れてる。これくらい平気だ」

そう言って笑う殺し屋さんに、ほっとして抱きついた。彼がぎょっとして私が手放した銃に手を伸ばそうとする。

「良かった……。殺し屋さんが生きてて本当に良かった……」

そう言って肩を震わせ泣く私を、彼が驚いたように見た。そして、表情を暗くした。

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