第3話 03

映画館に行く道中、すぐ隣を歩く彼に思い切って尋ねてみることにした。

「あの、さっきまでの怖い感じは演技だったんですか?それともこっちが演技なんですか?」

殺し屋というワードを避けつつ尋ねると彼が「うーん」と首をひねった。

「まあ、強いて言うならこっちが素……かな。さっきのは仕事モードといえばいいのか」

かなりフランクに話す彼に私はどぎまぎしながらも親しみを感じ始めていた。

映画館に着くや否や、なんだかわくわくしてきた。まるで子供のように自分が浮足立っているのがわかる。最近仕事が忙しくて、こんなふうに外出することもなかったからだろう。

館内に入るとキャラメルのいい匂いがしてきた。

(このキャラメルポップコーンの匂い、映画館って感じがする!)

レジの方に駆け寄っていくと、すぐ後ろを殺し屋さんがついてきた。

「何か買うの?」

殺し屋さんに尋ねられ頷く。

「はい!ジュースとポップコーンというのが映画館に来たときの私の必需品なので!」

「殺し屋さんもどうですか?」と言いかけたとき、彼の穏やかそうな瞳が一転して鋭くなった。彼に睨まれ慌てて口を塞ぐ。

「えっと……あなたもどうですか?」

そう言い直すと彼が微笑んで「じゃあ僕も食べることにするよ」と頷いた。かばんが再び私の方に掲げられて、自分の背中を冷や汗が流れるのがわかった。


スクリーンが見やすい場所に殺し屋さんと並んで腰掛ける。すぐ隣に彼がいることになんだかドキドキしてしまった。相手が殺し屋と言えども、こんなに近距離に男性がいたことなんて今まで一度もなかったため、心臓が破裂しそうだ。

(まずい、映画に集中できるかな……?)

私はそわそわしながら何度も椅子に座り直すと上映が始まるのを待った。


「ふー、とっても素敵な映画でしたね!」

私はいまだじーんとした余韻を感じながら息を吐いた。

「めちゃくちゃ笑ってめちゃくちゃ泣いちゃいましたよ。あー、観ておいてよかった!」

そう言って笑顔を見せる私を彼が笑みを作って見つめた。

「それなら良かった」

「あなたはどうでしたか?楽しめました?」

特に楽しそうにも悲しそうにもしていない彼に、(もしかしてつまらなかったのかな?)と心配になり尋ねる。

「うん。とても楽しかったよ」

殺し屋さんは映画の話で盛り上がる人々を眺めながらふっと笑った。


「さて、次はどうします?まずお昼を食べて、それからショッピングモール内を見て回りましょうか?」

そううきうきして言いながら振り返ると、私と殺し屋さんの間に少し距離があいていた。彼は暗い顔で何かを考え込んでいるようだった。

「あの?」

そう声をかけると彼が顔を上げ微笑んだ。

「なに?」

「いえ……」と私は言葉を濁す。

「もしかして、楽しくないですか?すみません、私ばかりがやりたいことをしてしまって」

仕事で付き合ってくれているとはいえ、彼にもやりたいことがあるだろう。

(私って、こんなふうに自分勝手だから彼氏が出来ないのかも)と思ってため息をついた。

そんな私を励ますように彼が笑った。

「いや、楽しくないことはないよ。……ただ」

そう言って空を見上げる。日差しに少し目を細めながら彼が口を開いた。

「……今までこんなふうに外で遊ぶことなんてなかったからね。映画なんてかなり久しぶりに観たし」

そう言って彼がかすかに目を伏せた。その表情が憂いを帯びていて、私の胸は締め付けられる。

(殺し屋さん、なんだか寂しそう……)

確かに彼は、私には想像できないほど、一般人から大きくかけ離れた生活をしているに違いない。てっきりそんな生活に慣れているものかと思っていたが、やはり彼も人間だ。こうして息抜きしたいときもあるのだろう。

(殺し屋さんは自分を殺して仕事をしてるんだなあ)

そう考えて、(殺し屋さんは他人よりも自分の方をより多く殺しているのかもしれない)と思い直した。人を殺す前に自分を何度も殺さないといけないなんて、どれだけ辛いことだろうか。

そんな彼に少しでも寄り添いたくて、私は無意識に殺し屋さんの手を握った。それを受けて彼が驚いたように身構える。

「じゃあ、今日は気分転換になるように思いっきり遊びましょう!」

そう言うと、殺し屋さんが少し驚いたような顔をした。目を丸くして私のことを見つめている。

「まずは腹ごしらえですね!さあ、行きましょう!何が食べたいですか?」

そう明るい声で問いかけると彼が困ったように微笑んだ。

「んー、じゃあ、手軽にハンバーガーとかどうかな?」

「いいですね!じゃあそうしましょう!」

そう言ってショッピングモールの方に向かってずんずん歩き出す。

途中振り返れば彼が何を考えているか分からないポーカーフェイスで繋いだ手を見つめていた。そこで、私が彼の手を握っていたことを思い出した。

「あ、すみません!勝手に手を握ってしまって……!」

慌てて手を引っ込めると殺し屋さんが首を振った。

「いいんだよ。今は恋人同士だろ?」

そう言われて顔が赤くなるのが分かる。

(そっか、恋人同士……)

殺し屋さんが隣に並び、私の肩に手を回した。ぐいと彼の方に引き寄せられて、さらに心臓の音が速くなる。顔を上げれば殺し屋さんがこちらを見ていて優しく微笑んだ。

街にいる恋人たちがしているのを見て羨ましいと思っていた行動が、実際やるとこんなに恥ずかしいとは。

「さあ、行こう」

そう言って殺し屋さんがゆっくりと歩きだした。

(や、やばい。死んじゃいそう……)

心臓がどんどん速くなるのを感じながら私は彼の隣をついて行った。

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