オープンカーと雨女

なはち

第1話 初恋のクルマ

「採用…ですか。はい、ありがとうございます。」

就職難と言われる時代、大学のキャリアサポート課に散々脅されたのだが、地元にはそれなりの働き口があった。田舎に戻りたがらない若者に対し、地元企業は常に人手不足。名前だけは聞いたことがある地元企業に希望を出したところ、するすると受かってしまった。


あまりにスムーズに事が運んだため、就職戦争を勝ち抜いた達成感も、一年後には地元に戻ってくるという実感もあまりなかったが、父は一人娘が戻ってくるということで大喜びしていた。


「こっちに戻ってくるならクルマが必要だね。最初は中古車で良いだろうから、好きなのを買いなさい。予算は百万円。父さんが貸してあげるから、少しずつ返すように。」

クルマ好きな父にあれこれ吹き込まれて育った恵(ケイ)としては、自分のクルマが持てる、それだけで地元に戻ってくる意義は十分にあると思った。都会では駐車場を探すのにも一苦労というし、そもそも公共交通機関が発達しているためクルマを持つ意味がない。

都会の便利な生活よりもカーライフを選ぶ程度には恵もクルマ好きだし、もともと欲しかったクルマだってある。そのために免許もMTで取得したのだ。


早速候補を挙げて父に相談してみることにした。


候補その一。ケイターハム・スーパーセヴン。

恐竜が間違って現代にタイムスリップしてしまったようなクルマだが、それゆえのプリミティブさは他の何にも代えがたいものがある。エンジンパワーは控えめだが、抜群に軽い車体を蹴飛ばすように加速させるには充分。ABSもパワステもない、操縦という行為に浸れる放蕩三昧の乗り物。


そんな雑誌で見たうたい文句を並べて説得しようと思ったのだが、父は車名を聞いた途端、

「ダメ。父さんはうれしいけど、母さんが卒倒する。それにセヴンで通勤は無理だよ。」

と一蹴されてしまった。確かに屋根はおろかドアもないクルマは大変かもしれない。


候補その二。フィアット・パンダ。

道具に徹した合理的な設計、それを匂わせないシンプルで小綺麗な、直線基調のデザイン。ケイターハムが人の野生を蘇らせるクルマなら、パンダは人に寄り添うクルマといったところだろうか。そういう肩肘張らないキャラクターゆえ、古いクルマながら男女問わずファンが多いのだとか。


そんな雑誌で見たうたい文句を並べてみたところ、父は

「いいクルマだね。予算もギリギリ合いそうだ。だけど買ったところで維持費はどうする?外国車だからきちんと面倒見てくれるお店が見つかるか分からないし、部品だって手に入らないかもしれない。父さんはうれしいけど、おススメはできないかな」

とまたも一蹴。


「ダメばっかり!じゃあ何なら良いの?普通の軽とか私嫌だよ」

フムン。と少し考えた後に父は

「恵はシンプルで楽しいクルマがいいんだよね?加えて維持が比較的楽となると、国産だったらユーノス・ロードスターとかどうだろう。ほら、恵も小さい頃好きだったじゃないか」


ユーノス・ロードスター。マツダが1989年に世に送り出した、2人乗りのオープンスポーツカー。

すでに絶滅の危機にあったジャンルのクルマを現代技術で蘇らせることで大ヒットを記録、様々なメーカーが次々に後発品を出すようなブームを巻き起こした。モデルチェンジを重ねて現在も新車で買うこともできるが、「ユーノス」の名を冠するのは格納式のヘッドライトを持つ初代モデルのみ。父はそれを推している。


すっかり忘れていた。幼い頃、街中を走る小さなオープンカーに一目惚れしたことを。ユーノス、という名前はその時父に教えてもらった。変な名前、と当時は思ったものだが、それから街でロードスターを見るたびにはしゃいでいたのだった。まさに初恋のクルマ。

「ロードスターなら今でもマツダがパーツを作っているし、近くに専門店があるから買った後も安心だと思うよ。父さんも興味あるし、恵が暇なら、明日にでも行ってみるか?」


父が言うその専門店は元々、高速道路のインターチェンジ近くに店を構えていたのだが、恵が大学で地元を離れているうちに近所に移転したらしい。

ディーラーや中古車販売店ではなく、整備やカスタムも手掛けるいわゆる「ショップ」と呼ばれるような店。敷居が高いイメージだが、父と一緒に行くなら大丈夫だろう。

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