プロローグ

 こんなかみきらい。おかあさまやおとうさまみたいな、きれいな色がよかった。


 父のはなやかな金の髪。母のうつくしい白銀の髪。そのどちらも持たないわたくしには、かがやきのない自分の地味なうすちやの髪なんて、とても価値のないものに思えた。

 だって、この髪はの光できらきらと輝くことがない。お兄様やお姉様は両親ゆずりの、それはそれはれいな髪なのに。

 薄茶の髪というだけで、おまえは主役にはなれないんだよと言われているような気がしたのだ。事実、周囲のまだ幼い子どもたちのなかには、えんりよなくわたくしの髪の色を笑う子もいた。

「なんでおまえだけそんな髪の色なんだよ、変なの!」

「仲間はずれじゃん。かわいそー」

 浴びせられる無遠慮な言葉に、七歳のわたくしは今のようにしゆくじよではいられなかった。

 父に連れられてやってきたガーデンパーティーで、年の近い男の子たちにからかわれ、えきれずに走ってそこからげ出した。そうでもしなければその場でみっともなく泣き出してしまいそうだった。

 この髪がちっとも綺麗じゃないことくらい、わたくしが一番よくわかっている。

 庭園の植え込みにかくれるようにしてしゃがみこみ、ぐずぐずと泣いているわたくしのところへ、一人の少年がやってきた。

「ここで何しているんだ?」

 少年といっても、わたくしにはとても大人に見えた。きっと、十六歳のお兄様と同じくらいのとしごろだろう。

 その少年のまばゆい金の髪に、わたくしのくつな心がさらにちくちくとげきされる。

 こんな人に、わたくしの気持ちがわかるはずがない。こんな、てきな人に。

「こんな髪の色、もういや。もっときれいな色だったらよかったのに。みんな、わたくしの髪は地味できれいじゃないってばかにするんだもの」

 泣きながらほおふくらませるわたくしに、少年は困ったように笑った。そして、庭園にく白い薔薇ばらって、わたくしの髪にそっと差し込んだのだ。


「君の髪は、やさしいミルクティー色をしている」


 それは、きっとほうの言葉だったのだ。

 ぼろぼろと情けなくあふれていたなみだはぴたりとやんで、わたくしは何度かまばたきをり返す。

 ミルクティー色。

 なんて素敵なひびき。

 ミルクティーは好き。ストレートティーはまだちょっと苦手だから、紅茶を飲むときはいつもミルクを入れる。たったそれだけで、紅茶が美味おいしくなることを、幼いわたくしは知っていたのだ。


 わたくしのはつこい

 そうあれはきっと、まぎれもなく初めての恋だった。

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