【第二話】模擬戦②
「しっかし、すごい回復力だね。こんな市販の回復魔法セットで、全治1ヶ月の怪我を数日で治しちゃうんだもんね」
昼間のリビングーー。
ユウカはそう言って、クイッとコーヒーカップを傾けた。
恭司の体が回復してからそれなりの日数が経ち、食事も今となっては1階のリビングで取っている。
これまでは恭司の体の都合により食事はいつも2階の恭司の部屋で行われていたのだが、体がある程度回復した辺りから、二人の食事処は基本的にこちらになっていた。
そして、
そのテーブルの上には、朝からレトルトのカレーが2つ並べられている。
恭司は何とも言えない表情でそのカレーを見つめた。
「…………まぁ、まだ完全ではないがな…………。とりあえず生活する分にはもう困らなくなってきたって所だ」
恭司はそう言って、スプーンでカレーを一口含む。
この数日で分かったことだが、この家では1日の食事の中のどれかに必ずコレが入ってくる。
レトルトだから味は確かに一定レベルはクリアするものの、こうも毎回同じ味で出されると、既に美味しくは感じられなくなっていた。
簡単に言うと飽きていた。
「この調子だと、私の介護もそろそろお役御免かな?」
ユウカもそう言って、カレーを一口食べる。
ユウカの方は、どうやら恭司が感じているようなことは特に思ってもいなさそうだ。
まぁ、思っていればそもそも毎回そんなメニューになることもないだろうし、当然と言えば当然なのかもしれない。
恭司は内心で密かに嘆息する。
「人を老人みたいに言うんじゃねぇよ…………。まぁ、助かったのは、確かだけどな」
恭司はカレーのことは一時忘れることにし、スプーンを置いた。
飽きた食べ物を何度も食べるのはやはりしんどい。
メンタル的な意味で休憩が必要だった。
「ふふふふ。そうでしょ?」
恭司のそんな思いはつゆ知らず、ユウカは得意げに笑う。
恭司と違い、もう何日連続か分からないであろうカレーを難なく普通に美味しそうに食べながら、ユウカは自慢げに鼻を鳴らした。
そんなに嬉しそうにされると、カレーの不満も述べにくくなる。
これもこの数日で分かったことだが、ユウカは存外お調子者だった。
「これで学校にも通えるな」
「ん?学校?あー、学校ね。うんうん。行くよ行くよもちろん。でも、やっぱり心配だからもう少し君の様子見とこうかな。さすがに全治1ヶ月を数日なんておかしいじゃない。きっとまた何かあるよ」
ユウカはそう言って気まずそうな顔になった。
真面目なのだろうが、相変わらず表情がよく変わって面白い。
こんなんだからイジワルしたくなるのだ。
「…………そうか?俺は何ともないように思うが…………」
「こういうのは本人が一番気づきにくいんだよ。他人からの第三の目が重要なの」
ユウカはそう言って、慌てたようにカップを口に押し当てる。
恭司は内心で「何て分かりやすいんだ」と思いつつも、そこまで深くは聞かなかった。
そんな正義心は持ち合わせていない。
「まぁ、俺としては助かるから良いんだけどな…………。そういえば、話は変わるが、お前の親父さんはどうなんだ?」
「ん?どうって…………何が?」
「いや、俺がここに来てもうそれなりに経つが、一度も見たことがねぇ。一緒に住んでないのか?」
恭司はこのタイミングでずっと気になっていた質問をぶつけた。
ユウカもなんだかんだで年頃の女の子で、性格こそ気の毒だが、顔は可愛い部類だ。
それが怪我人とはいえ男と半二人暮らしのようになっているとなれば、普通の父親なら気になっていて然るべきだろう。
なのに顔の一つも見せないとは…………。
母親はともかく父親とは仲よさそうだっただけに、素直に疑問に思っていた。
「んー、一応住んでるには住んでるよ。ただ、前にも言ったけど、ウチのお父さん超忙しいからさ。たまにしか家に帰ってこないの」
「それでも、年頃の娘が一つ屋根の下で若い男と二人っきりになってるんだぞ?心配じゃねぇのか?」
「信頼されてるんじゃないの?」
「会ったこともないのにか?まぁ、俺としては会っても気まずいからちょうどいいんだが…………。いつ帰ってくるとかも分からないのか?」
「分かるよ。今日の夜」
「今日ッ!?また急だな…………」
恭司は苦笑いだった。
急展開にも程がある。
「ホントにね。お父さん、帰ってくる時はいつも急だから。それより、話変わるけど、恭司もうそんなに動けるんなら外に出ようよ。いつまでもインドアじゃ根暗になっちゃうよ」
父親の話はそこそこに、今度はユウカが話題を変えてきた。
出来ればもう少し父親の話を聞いていたかったが、どうせ今日会うのだから今深掘りしても仕方ない。
今さらジタバタしたところで準備のしようもないのだ。
「そういえば、ここに来てからまだ一度も出てなかったな。確かに、体の調子を確かめる意味でも良いかもしれねぇな」
「でしょ?じゃあ決まりだね。ご飯もさっさと食べちゃって」
「あぁ、分かった」
そう言って、恭司はスプーンを手に戻し、目の前のカレーライスを再び食べ始めた。
もはや食べなくても味が分かるくらい食べてきたそれを、恭司はゆっくりと咀嚼する。
ちなみに、このカレーライス以外の食事も結局大したものは出てこない。
基本的には全てインスタントかカップで、カレー以外はラーメンと焼きそばとうどんが常にローテーションで回っているのだ。
カレーだけ何故か固定されている。
たかが数日の話ではあるものの、恭司もさすがに気付いていた。
ユウカは、料理をまったくしない。
「食べた後のゴミは全部分別してゴミ箱入れてね。回収する人がすごい嫌な顔するから」
「はいはい。分かってるよ。ってか、外行くったってそんな用意するもんねぇよな。このまま行くか?」
「え?あるよあるよ持っていくもの。ちょっと待って」
ユウカはそう言ってリビングを出ると、少ししたら戻ってきた。
首を傾げる恭司を他所に、その手には2本の木刀が握られている。
一瞬何故か分からなかったが、恭司が尋ねるよりも先に、ユウカの方から答えた。
「いや、体の調子を調べるんならこういうのも必要なんじゃないかと思ってね。あんな厳つい刀持ってるんだから、当然やってたんでしょ?」
「いや…………覚えてないな」
「ふーん。そっか。まぁ、それも適当にやってたら思い出すかもしれないじゃん。私もしばらくやってなかったから、感覚取り戻したいしね」
「なんだ。ユウカ剣術やってるのか?」
「んー、やってるっていうか、私学校で《武芸科》だから、ほとんど日常に組み込まれてるかな。まぁ、ここ最近は誰かさんのおかげであんまり弄る機会もなかったけど」
「それは悪かったな…………。ってか、《武芸科》?」
「あれ?言ってなかったっけ?私のいる学校、主に軍人や官僚みたいな政府関連の人間を育てる学校でね、《武芸科》と《魔法科》の二つの科があるんだけど、その中で私、《武芸科》なの。だから、刀なんてしょっちゅう使うんだよ。私の主要武器だからね」
「へぇー。で、その《武芸科》さんが、俺みたいな素人を今から外でボコボコにするのか?」
「ボコボコにするなんて人聞きの悪い。ただの腕試しだよ。それに、多分だけど恭司は素人とかじゃないと思うよ。歩く時の足の運び方とか、普段の佇まいとか見ても全然隙とかないし。記憶ないのに、それをクセとして自然とやってるのは練達者の証だよ」
「へぇー、そうなのか」
「うん。まぁ、そういうことだから早く行こ。せっかくの良い天気だもん。夜になったらお父さんも帰ってくるしね」
「そうだな。いっちょ揉んでくるか」
「え?それって胸を…………じゃないよね」
「当たり前だろ」
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