第11話 お弁当


 部室に入ると、机の上には言われた通りに魔法少女のキャラが描かれた弁当箱が置いてあった。


「でも、これって昼ご飯なんじゃ……」


 どこからどう見ても弁当箱は一つしかなく、中身もとてもじゃないが朝ごはんとは思えないような内容だった。


「ハンバーグ!」


 弁当箱の中身を見た由香ちゃんが、嬉しそうな声を上げる。


「うん。ハンバーグだね。……でも、由香ちゃんこれを食べちゃったらお昼ご飯がなくなっちゃうよ?」


 多分だけど。


「やだ!」

「そうだよね。だかっら、今は我慢して───」

「やだー!ハンバーグたべたいー!」

「ダメだよ由香ちゃん。朝ごはん食べたでしょ?」

「う―!」


 否定をしないということは、朝ご飯は朝ご飯で食べたのだろう。

 だとしたら、これは今食べさせるべきではない。


「お昼になったらハンバーグ食べられるから。ね?」

「いまたべたいのー!」


 僕が持ち上げる弁当箱に向かって飛び跳ねる由香ちゃん。

 その様子からは、とてもじゃないが諦めそうには見えなかった。

 どうすればいいんだ?───って、僕は何でまだ学生なのに育児に悩まされているんだ……




 結局由香ちゃんをなだめるのに一時間くらいかかってしまい、すでに一限の授業も佳境だというような時間になってしまっていた。

 ぐずり疲れた由香ちゃんは眠ってしまったようなので、布団を掛けてから教室へ向かう。


「失礼します……」


 授業中の教室に途中入室するというのはなんとも気まずいもので、教師を含めたほとんどの人が僕に注目した。


「……君が西城かな?」

「はい」


 一限の授業は数学で、担当は田中先生。

 入学して間もない僕らの間でも有名な教師で、その厳しい授業から鬼の田中と呼ばれている人だった。


「理事長から話は聞いてるから。早く席に着きなさい」

「あ、すみません……」


 理由も言わずにお咎めを避けられた僕に対して、教室が少しざわめく。


「静かに」


 しかし、それも田中先生の一言で静まり返る。

 この時から、僕はクラスメイトたちに距離を置かれる存在となってしまったのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る