第6話 放送室

 授業が終わり、教師が退出すると昼休みに入る。

 購買部に走る者や、トイレに行く者など、一斉にひとが動き出す。

 俺は川野に目をやってから、廊下へ出た。

 そのまま、ゆっくりと放送室へ向かって歩き始める。

 お昼の放送が始まるのは、授業が終わって、五分後。放送部員が教室から、放送室へ移動する時間を考えてということらしい。

 放送そのものは、十五分間。音楽をかける日もあるし、生徒会からの連絡などの日もある。今日は確か、リクエスト音楽の日だったはずだ。

 放送室は別棟の一階。出入り口は二か所。職員室に出る扉と、グラウンドに面した外側にある。

「直接、誘ってくださればいいのに。視線だけなんて、わかりにくいです」

 渡り廊下で、走ってきた川野が不満を訴える。

「だって、秘密なんだろう? 教室のみんなに俺と一緒に行動すること知られたくないんじゃないかって思って」

「秘密なのは、国家秘密公務員の話です」

 川野はぷくっと頬を膨らます。

「先ほど教室に入るのをためらったのは、奴らの気配を感じたからです。別に大沢君と一緒にいるのを見られたくなかったからではありません」

「そうだったんだ」

 そうか。

 焼きそばパンに異世界侵略が関係するならば、斎藤は異世界の影響を受けていたと思われる。川野はそれを探知して、対応を迷っていたってことなんだろう。

「悪い。自意識過剰だった。確かに俺と一緒にいるところを見られたからといって、噂になることもないよな」

「何を言っているんです?」

「何でもねえよ」

 少なくとも今のやりとりで、川野が俺をまったく異性として意識していないってわかった。

 まあ、それはそうか。変人だけど、ヒロインクラスだもんな。隣にいても遠い人間なのだ。

 俺は渡り廊下から下を見下ろす。

「なあ。ひょっとして、あれじゃないのか?」

 放送室は直接ここからは見えないけれど、グラウンドの方に数人の男子生徒が歩いていっているのが見えた。もちろん、昼休みにグラウンドで体を動かす生徒もいるけれど、この時間からというのは珍しい。

 たいていは、食事をとったあとだ。もちろん、天気がいいから外で弁当を食べるという可能性もないわけではないけれど、グラウンドでわざわざ食事するのはあまり見たことがない。

 うちの学校のグラウンドはあくまでただの土のグラウンドなので、座れば汚れるし、ベンチなんてしゃれたものはない。

 外で食べるなら、中庭が定番だ。

「そうかもしれません」

 川野の目がすうっと厳しくなった。

「配給はグラウンド側の方が、楽ですものね。他の生徒もこの時間はあまりいないですから上手い事考えたと思います」

「俺たちもそちら側の方へ行った方が良さそうだな」

「ええ」

 俺たちは、グラウンド側の放送室への最短距離を行くことにして、一気に外階段を駆け下りた。

 ここから先は、上履き禁止なんだけど、ロッカールームで靴を履き替えている暇はない。

 放送室の前には、十人ほどの男子生徒がいた。

「ただいまから、お昼の放送を始めます。今日は、クラッシックの名曲から……」

 高岡の声が静かに流れ始める。

 音楽をかけ始めたら、基本、放送部員は一曲が終わるまで話をしない。

 マイクオフすると、会話は聞こえないらしいから、食事はその間にしているのだろう。

「力を少し使っていますね」

 川野の声が苦い。

「そうなんだ」

「意識しないとわからないくらいです。放送で弱まっているのか、わざと弱めているのかわからないですけど」

 だからこそ、今日まで川野は気づかなかったのだろう。

 俺たちが、放送室の前に着くと、ちょうど扉が開いた。放送室から段ボールをかかえた高岡と、もう一人、女生徒が出てきた。桜田由紀さくらだゆきだ。クラスが離れていて、よく知らないけれど、プロポーションがものすごくよくて、かなりグラマラスで目立つ。美人とも言われているけれど、ただ、俺の好みで言えば、好きじゃない顔。なんだろう。信用できないって感じの顔なのだ。

 女生徒の前に男子生徒が並ぶ。

桜田由紀さくらだゆきさんは、放送部の部長だわ。どちらが主犯かわからないわね」

 川野が呟く。

 桜田は笑みを浮かべて、焼きそばパンを段ボールから取り出して男子生徒たちに渡し始めた。高岡と桜田、どちらが主犯かはわからないけれど、二人が犯人なのは間違いない。

 川野からもらったボールペンをちらりとみると、虹色の光を放っていた。

「そこまでです! 焼きそばパンの買い占めをしていたのはあなた達ですね!」

 川野がするりと前に出る。

「何だ?」

 高岡や、並んでいた男子が一斉に俺たちの方を見る。

 すごい圧だ。

 えっと。これ、どうしたらいいんだろう。俺は正直、腕っぷしとか全然強くないし、国家秘密公務員とかになったらしいけど、権力もない。勝てる要素、みつからないんだけど。

「焼きそばパンなんて、おやめなさい」

 川野が指をさしながら、ピシャリと決めつける。

「炭水化物の塊で、カロリーの化け物よ! 肥満への片道切符でしかないの!」

「おい、川野」

 たとえ真実にせよ、焼きそばパンをそこまで罵倒するとはひどい。

「私は! 私は、みなさんの身体が心配なの! 安易なカロリー摂取に走らないで! お願い。せめてカツサンドにして!」

 泣きそうな川野の悲痛な訴えに、男子生徒たちが膝をつく。泣き始める者もいた。

 えっと。

 これって、一種の攻撃技だったのかな? なぜ、カツサンドなのかよくわからないけど。

「くっ、お前、防衛隊の人間か。邪魔をするな!」

 パチンと、高岡が指を鳴らす。

 すると、男子生徒たちが立ち上がった。

 目が虚ろだ。一斉にこちらを向いた。

 俺は思わず川野の前に出たが、どうしたらいいのかわからない。

 男子学生たちは、ゆっくりと手にした焼きそばパンを食べながら、俺たちの方へと向かってくる。

「やめろ!」

 俺は思わず叫んだ。

「そんな食べ方をして、本当に美味いのか? 俺たちの焼きそばパンは、そんなふうに他人にほどこされるようにして食って、本当に美味いのかよ?」

「大沢君……」

 川野が心配そうに俺を見上げる。だが、俺は止められなかった。

「違うだろう? 焼きそばパンは、勝利の味だ。四限目の終了のベルを聞き、ダッシュを重ねてたどり着いた末に、選ばれた者だけが口にできるものだ。だからこそ、美味い」

 俺は息を継ぐ。心にこみ上げる熱い思いを吐き出さずにはいられなかった。

「他に美味いものはたくさんあるだろう。栄養価の高い食べ物もたくさんあるだろう。何も購買で買わずとも、学校に来る前にコンビニによれば、もっと美味いものは買える。だが、俺たちはそれをしない。なぜか? それは俺たちは勝利を味わいたいからなんだ!」

「うっうっ」

 高岡が苦しそうに膝をつき、あたりに虹色の光があふれる。

 パタパタと、男子生徒たちと高岡が地に倒れこんだ。

 周囲には、俺と川野、そしてパンを配っていた桜田が残る。

 俺の魂の叫びには全く興味がないというように、桜田は周囲を見回して肩をすくめた。

「意外とだらしないのね、高岡君」

 桜田が、あきれたように、倒れた高岡を見下ろす。

「そこへ行くと、そこの君は随分と熱い言葉を操るじゃない?」

 桜田はゆっくりと俺のまえにやってきて、艶然と微笑む。

「私、君みたいなひと、好きよ」

 桜田が囁く。俺の胸が、どくんと音を立てた。



 

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