第2話 購買部

 翌日。二限目が終わると、俺は川野に連れられて購買部へと向かった。

 購買のパンは二種類の購入方法がある。

 ひとつは、いわゆる『クラスでまとめて注文』方式。

 日直が、クラスでの注文をまとめ、二限目の休みまでに購買部に注文票と金を提出すると、昼休みに用意されているという形だ。これはわりと賞味期限にゆとりのあるパンの注文のみとなっていて、逆に購買部に行けばいつでも手に入るパン。ただ、昼休みに購買で並ばなくていいのと、注文品がないということはまずないので、くいっぱぐれる可能性が低い。

 ふたつめは、四限目のあと購買部に並んで買う形。基本は総菜パンなど賞味期限の短いタイプで、当然、焼きそばパンは二つ目の方になる。

 だから、今の時間に行っても焼きそばパンは手に入らない。

「ひょっとして、不当な買い占めって、この時間に取り置きされちゃうってことか?」

「その可能性もあると思ってはいます」

 川野の目がきらりと光る。

「でも、それなら完全に購買部の店員さんの不正じゃないのか?」

 異世界云々関係ない気がする。

「何はともあれ、事実関係を確かめましょう」

 注文販売は二限目までとなっているけれど、一限目の休みに提出するクラスも多い。休み時間が一限目の場合、五分、二限目が十五分だから、授業や教室の位置によっては、一限目の休みで来れないことも考慮して、とのことらしい。

 購買部の店員さんは二名。どちらも女性でおそらくはパート勤務。通常は、昼時だけ二人で、午前と午後は一人のことが多い。彼女たちは高校の『職員』だ。だから『収益』をあげるための仕事をしているわけではない。

 俺たち学生が学業で必要とするものを売るのが目的だから、店の品ぞろえは流行なんかとは無縁。文房具は一通りそろうけれど、高くも安くもなく、かっこよくもない。

 一番の売れ行きであるパンの販売に関しては、やや入荷量が少ない気もしなくもないが、パンの種類を選びさえしなければ、いつだって買えないってことはない。

 この時間は店員さんは年配の方の店員さんだ。お店を閉めて注文票の受け取り作業をしていたが、ノートを買いに来た生徒にちょっと待っていてねって、声を掛けている。

 購買で物を買うのは基本的に生徒だから、当然休み時間に仕事は集中するだろう。

「一つ思ったんだけど、パンっていつ発注して、いつ入荷されるの?」

「さあ?」

「知らないのかよ」

 俺は呆れた。陰謀とかなんとかいう前に、そういう基本的なこと調べないと。川野って成績優秀だけど、間抜けかもしれない。

「聞いてみましょう」

 川野はすたすたとノートを選ぶ生徒の後ろに並ぶ。

 幸い、今日は他に客はなく、話しかけても迷惑にはならない感じだ。休み時間もまだ五分以上残っている。

「はい。君たちは何?」

「あの! 私たち、商売とかのことを調べていて。少し教えていただきたいんです」

 川野は手に手帳を持って問いかけた。

「あら、何? 社会の勉強か何かなの?」

 店員さんはニコリと笑みを返してくれる。

「こちらのパンって、いつ注文して、いつ届くのですか?」

 川野はペンを動かしながら質問する。

「そうね。パンの最終的な発注は、二限目始まったくらいかな。入荷はちょうど四限目のはじめくらいね」

「え? でも、生徒の発注は二限目のお休みまでですよね?」

 そうなると時間的に、発注終わってしまっているってことになる。

「実際の発注は、前日の夕方に終わっているの。当日は、気温とか、一限目までに届いた注文状況などからみて、少し修正をしているだけよ」

 店員さんは笑う。

「そもそも、注文票のパンってそれほど量の変動がないの。総菜のパンは、気温やお天気、学校行事ですごく売れ行きや売れるものが変わっちゃうんだけどね」

「そうなんですか」

 川野は熱心にメモを取る。

「最近、焼きそばパンがなかなか買えないんですけど、注文増やしてもらったりはしてないんですか?」

「ごめんなさいね。もともとお惣菜系は控えめなのよ」

 店員さんは苦笑する。

「仕入れの総量はあまり変わってないから、買う人が増えたのかしら?」

「取り置きとかはしないんですよね?」

「そうね」

 俺の質問に店員さんは苦笑した。

「もちろん、ここが普通のお店なら、もっとリサーチをして、売れるものに敏感になったり、サービスの充実を図ったりするけど、ここの場合はフードロスをおさえて、赤字を出さないようにすることの方が大事なの」

「赤字を出さない?」

「そう。購買部は収益を出さなくてもいいんだけど、学校経営のお荷物になるようなことはあってはいけないのよ」

「なるほど」

 頷きながら考える。

 焼きそばパンがすぐに売り切れてしまうのは事実だ。俺は毎日学校のパンを買っているわけではないので以前に比べてどうかというのはわからない。

「参考になりました。ありがとうございます」

「ありがとうございました」

 川野が頭を下げたので、俺も礼を述べて引き下がる。

「じゃあね」

 店員さんはにこやかに笑い、品物の整理を始めた。

 俺たちは、教室へと戻り始める。

「あの店員さんは、白ね」

 川野がぽつりと呟く。

「異世界センサーに全く反応しなかった」

「異世界センサー?」

「これです」

 川野は手にしたペンをくるりと指で回してみせる。

「今は普通のボールペンですが、異世界の『気配』を感じると発光するのです」

「ふーん」

 どう見てもその辺で売っていそうなヤツだ。

「信じてないみたいですね。本当なのに」

 川野は苦々しい顔をするけど、信じろという方が無理なんじゃないだろうか。

「なあ。買い占めとかじゃなくて、単純に焼きそばパンの需要と供給バランスの問題じゃないのか? 商売っ気、全然ないから、売れ行きとか全く気にしてないだろーし。そもそも、焼きそばパンが無かったら、他のパン買ってしまうから、残るものはわかっても、何がどれだけ足らないかって把握、全くしてないと思うし」

「その可能性は私も考えました。仮に大沢君の言うように、焼きそばパンが異世界の侵略と関係なかったとしても、侵略ははじまっているのです」

 大真面なのはわかるけど、ついていけない。

「えっと、そろそろ教室に」

「見て」

 歩きかけた俺の腕をつかんで、川野は中庭の銅像を指さした。

「銅像がどうかしたのか?」

 俺たちの学校は古い学校なので、新しい学校にはまずない、二宮金次郎の像がある。

 薪を背負って、本を読んでいるやつだ。江戸時代の偉いひとらしい。

 昔は苦学のお手本みたいに言われたらしいけど、最近は『歩きながら本読むなんてけしからん』ということで、無くなりつつあるとかなんとか。

「よく見て」

 川野に言われて、俺は二宮金次郎の像を見る。なんてことはない、古ぼけた銅像……あれ?

「スマホを持っている?」

 そこにいた二宮金次郎は、スマホ片手に薪を背負って立っていた。


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