お星さまになった犬

三山 響子

お星さまになった犬

 真っ白いふわふわな雲の上を、チョコはしっぽを振りながら元気に駆け抜けていきます。


 チョコがこの世界に来て三日が経ちました。

 頭の上にはどこまでも続く青い空。

 どんなに長く走り回っても、もう頭や体が痛むことはありません。

 

 雲には虹がかかっていて、毎日たくさんの動物が虹の橋をテクテクと渡ってこの世界に足を踏み入れます。


「はじめまして。僕の名前はチョコ。君の名前は?」

「ラッキーよ。ここはどこ?」

「とても素敵なところだよ。一緒に遊ぼう」


 たくさんの新しいお友達ができて、毎日いっぱい遊んで、チョコはとっても幸せです。


 でも、チョコの心はどこかモヤモヤしていました。

 誰かに相談したくなり、チョコは空を飛んでいる天使に声をかけました。


「天使さん、天使さん。少しお話できますか?」


 天使は羽をパタパタさせながら雲の上に降りてきてくれました。


「何か悩んでいるのですね?」

「ここはとても楽しいけど、なんだか心がモヤモヤするんです」


 天使は少し考えた後、優しく尋ねました。


「ここに来る前、あなたは誰と暮らしていましたか?」

「お父さん、お母さん、マホちゃんと僕の四人です」

「家族と離れて寂しいですか?」

「はい、寂しいです」


 そう答えて、チョコは気付きました。

 僕は家族と離れて寂しいんだ。

 みんな元気かな。今頃どうしてるかな。


「良いところへ連れて行ってあげましょう」


 天使がパタパタと飛び立ち、チョコはその後ろをぴょこぴょことついていきました。


 そこには、真っ白い大理石で作られた井戸がありました。

 中を覗き込むと、七色に光る水がキラキラと輝いています。


「もっと深く覗いてみてください」


 天使から促され、チョコは頭を水面に近づけました。

 そして、あっと声を上げました。


 七色の水が突然渦を巻いて透明に変わり、その向こうに大好きな家族の姿が見えたのです。


 「お父さん! お母さん! マホちゃん!」


 チョコは大きな声で叫びましたが、誰もこっちを向いてくれません。

 

 みんなは雪が積もったお庭にいました。

 お花が置かれた少し膨らんだ土地の前で、肩を並べてしゃがみ込んでいます。

 お父さんはうつむき、お母さんはマホちゃんの肩に手を回し、マホちゃんの目からはポロポロと涙がこぼれ落ちています。

 チョコと一緒にいた時の楽しそうな笑顔はどこにもありません。


「みんな、あなたと離れてしまってとても悲しんでいるのです」


 天使が言いました。


「でも、あなたと家族は決してお別れした訳ではありません。この井戸を通じてちゃんと繋がっています」

「僕の声はみんなに届きますか?」

「もちろん、必ず届きますよ」


 チョコは身を乗り出すと、家族に向かって大きな声で叫びました。



「お父さん、お母さん、マホちゃん。 

 今までたくさん遊んでくれてありがとう。

 たくさん抱っこしてくれてありがとう。

 みんなと家族になれてすごく幸せだったよ。

 離れ離れになっちゃったけど、僕はこれから先もずっとみんなのそばにいるから。

 だから泣かないで。そんなに悲しまないで」



 すると、水は再び渦を巻き始め、家族の姿が見えなくなりました。

 チョコは思わず前のめりになり、右前足が水面に触れてしまいましたが、後ろから天使が助けてくれました。


「あなたはいつでもここに来れますよ」


 しゅんとしているチョコに、天使が優しく言いました。


「ほんとう?」

「ええ。声をかけてあげたら、家族もきっと喜ぶでしょう」


 心のモヤモヤがすーっと溶けていきました。

 これからもみんなに会えるんだ。

 ずっと家族でいられるんだ。

 

 この世界で起きた楽しいこと、面白いこと。

 これからもみんなにいっぱいお話しよう。

 新しい形で家族と繋がることができて、チョコの胸はじーんと熱くなりました。

 

「チョコちゃん!」


 呼ばれて振り返ると、新しくできた二人のお友達がいました。


「一緒に鬼ごっこしない?」

「うん、しよう!」


 チョコは喜んで返事をすると、天使にお礼を言い、お友達と一緒に雲の上を元気いっぱいに駆けていきました。


 


 *




「そろそろ戻ろうか」


 三人が立ち上がった時でした。


「あれ?」


 お母さんが、お供えした花束の近くの雪の上を指差しました。

 そこには、見覚えのある懐かしくて可愛らしい前足の跡がポツンとひとつありました。

 三人は驚いて顔を見合わせました。


「おかしいな。さっきまでは無かったのに」


 三人はしばらく足跡を見つめていましたが、やがてクスッと笑いました。


「私たちがあまりにも寂しがってるから、チョコが会いに来てくれたのかしら」

「泣いてばかりいたらチョコも安心して休めないな」


 三人の頭の中に、お庭を元気に走り回る愛おしい芝犬の姿が浮かびました。

 心なしか、さっきよりも周りがポッと温かくなったような気がします。

 まるで、愛犬の温もりに包まれているかのように。


「姿は見えなくても、チョコはきっとすぐそばにいるね」


 三日ぶりに笑顔を見せたマホちゃんに、お父さんとお母さんは力強く頷きました。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お星さまになった犬 三山 響子 @ykmy

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ