第2話

 街を抜けたスィーとダダンは、廃れた村のボロ屋で夜を過ごすことにした。この世の一日というのは、人族の基準であり、つまり太陽が一日を司っているのだ。

 魔法の使えない人族は知恵を絞り科学を操って魔族と対抗していた。科学は魔族にとって扱いづらいもので、下層のここら辺には普及していないが、知恵というものはあっという間に広がった。便利なものは人族も魔族も関係なく好むものらしい。


「あー、食べずれぇ」


 スィーの作った『ぶち込み煮』をガツガツ喰らいながらダダンはそう言った。気を抜けば肉についてるトゲや角、骨で口の中が傷だらけになってしまうのだ。それに魔族の肉は殆どが、臭いというか苦いというかで、つまり不味いのだ。


 スィーの見た目やオーラから大体の輩は殺し合いを避けるのだが、下の下の最底辺の輩下層階級の魔族や脳味噌が空っぽの喧嘩好きは、こんな世の中なので両手では足りない程いる。ダダンにぶちのめされた輩はこうやって二人のお腹に収まるのである。


「文句を言うなら食うな」

「はー、ヒトが喰いてぇ」

「文句を言うなら食うな!」

「……」


 人族は美味である。これは魔族なら誰もが知る伝承だ。今はもう滅亡したのではと囁かれる程、人族の数が減り姿を見ることも無くなった為、余計に人族を食べたいと思う魔族が増えている。ダダンもその内の一人だった。


 スィーの何倍もの速さで喰らい尽くすと、ダダンはフーとお腹をさすった。肉は粗方なくなり、残りは良い香りのするスープだけである。スィーはスープを掬って深皿に取ると、ゆっくりと啜った。


「汁はうめぇよ」

「うむ、美味いな」

「ヒト、ヒェッ…………。せめて魔人族……」

「ふむ、喰ってみるか?」

「へ?」


 スィーの悪鬼浮かぶ睨みにビビっていたダダンは、予想外の提案に間抜けな声を上げた。スィーはお構い無しに、自らの左手首を手刀で切り落とした。ダダンが仰天しギョロりとした目を更に丸くしている間に、スィーは素早く腕を止血し、切った手首の血抜きを始めた。


「……ああ!? 何やってんだ!」

「喚くな」

「はあああ!?」

「お前の舌をもぎ取って鍋に突っ込んでやろうか?」

「……」


 それは困る、とダダンは震える両手で口を塞いだ。見るとスィーの血の色は限りなく赤色に近い紫色だった。スィーという魔人の身体全てが強さに変換されるなら、護衛なんて必要ないだろとダダンは思った。


 ダダンは頭の隅っこの隅っこで、スィーは本当は人族なのでは無いか、という疑念が晴れずもやもやとしていた。人族であるなら見た目通り弱いままで、だからわざわざ名付け強化までして護衛を望む。街を通り抜けここに来るまで、スィーが一度も戦わなかったのも疑わしかった。


 ただ、スィーから感じる恐怖は本物で、血の色だって赤色に近いが紫色だった。手刀で腕を切り落とす、なんて魔法の使えない弱い人族では道具を使わなければ出来ないだろう。人族との戦争に参加した事のあるダダンは、そういう事は知っていた。


 スィーの方を見ると何食わぬ顔で自らの手首を一口大にちぎって鍋に入れていた。指はバキバキと関節を折ってはちぎって入れている。見た目は無垢な少女がそんな残酷なことをしているのは、ダダンの背筋に悪寒を走らせるのに十分だった。


「ふんっふんっふふんっ」

「……」


 鍋を混ぜながら鼻歌を歌うスィーをダダンは何とも言えぬ顔をして見ていた。ただ、段々とスープの香りに混ざって肉の匂いがしてくると、口の中に唾液がダラダラと出てきた。魔人族の肉、もしかしたら人族かもしれない肉。ダダンにはそういう趣味はないが、美少女の肉、というのも先程まで食べてた見目の悪い魔人の肉よりもテンションを上がらせた。


「んー、もういいぞ。ほら食え」

「…………んん」


 最初は躊躇ったが本人が良いと言うのだからと、一口二口と肉を食らっていく。柔らかくてトゲもなく骨もコリコリしてて食感が楽しい。が、それだけだった。


「どうだ美味いか」

「いやー……フツーだ」

「フツーか」


 スィーは何だつまらん、とでも言いたげな表情で鍋を見た。ダダンも期待値が高かった為かそんなに美味しくないという評価に終わってしまい、何だか申し訳ない気がした。が、まあ、魔人族であるならば身体の損傷は直ぐに治せるしな、と思ってスィーの腕を見たが、未だ手首は失ったままだった。


「早く治せよ」

「治らんのだ」

「……魔法使えないのか?」

「いや、だから、治らんのだ!」

「……ヒール」


 ダダンは、ダダンという名を貰うまでとてつもなく弱かった。何なら、武装したヒトにだって負けてしまうかもしれない程だ。魔法は全然使えず、力こそ強かったが、力の強い魔族など何処にだって居る。

 今も、名前が定着しきってないのか爆発的に強くなった訳じゃないし、見た目もリザードマ魔族ンのままだ。ついでにビビリ癖も治っていない。しかし、しかし、だ。数は少ないとは言え魔法は使えるようになったし、力も強くなったのは此処に来る迄の殺し合いでびっくりする程理解した。


 なのに。


「だから治らんと言ったのに」

「えぇ……」


 スィーの腕はただの少しも変わらずに、手首から先が欠損したままだった。


 これには、人族・魔族に関わらず生きる者としてスィーが何なのか、何に属する者なのか理解が及ばなかった。


「お、お前、何なんだ……?」

「スィーと呼べ」

「ヒッ。スィーは、何者なんだよ……」

「へへ。スィーはスィーだ!」


 ビビリ倒し護衛になった事を今更後悔し始めたダダンとは対照的に、えっへんとぺったんこの胸を張って心底可笑しそうにスィーは笑った。


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