蛇男は少女に逆らえない
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第1話
人族と魔族の争いは魔族の勝利で終わり、人族は世界の隅へと追いやられ数を減らしていき、今ではその姿を見ることはある意味幸運とも呼ばれる程である。
法も秩序も崩壊し、力こそが全て、強者こそが正義の世の中。現在も至る所で小競り合いが発生し、己の強さを知らしめるが如く血で血を洗う日々が当たり前になっていた。
かつては人族が統治していたこの大陸でも、横を見ればリザードマンの叫び声、また横を見ればケンタウロスの断末魔が聞こえる。紫色の血飛沫が舞う中、スィーはケラケラと笑いながら隣を歩くリザードマンを見た。
「同胞が殺られたぞ」
「止してくれ。それに俺はダダンって名前があるから、リザードマンとは違ぇの!」
「そーかい、そーかい」
リザードマン改めダダンはスィーとは違い、近くで争いが起きる度にビクビクと嫌そうな顔をした。争いを怖がる大男と争いを笑って眺める小柄な少女。この世が正常であったなら二人は異常だと言われただろうが、幸か不幸か、この世も狂っているのである。
「スィーが魔人族で良かったぜぇ。ダダン……俺はダダンだ~」
「そんなに嬉しいか?」
「あったりまえよ! こーれだから魔人族様は! ヒェッ!?」
「あはは! 殺れ殺れー!」
上方から舞ってくる血飛沫にダダンは思わず尻尾で目を覆った。スィーは虐殺を繰り広げる輩に激励を飛ばしている。
魔族には個人を表す名前が無い。魔法の使える魔族からすれば、個人を特定できる物と言うのは死に値するからだ。長い間変わらなかった考えは、人族と争いを始めた時変わった。いや、もっと正確に言えば人族と交わり子を生した者が出た時、である。人族の習わしによって名を得たハーフの子は、人族・魔族を全てに於いて凌駕していたのである。
最大の弱点を得る代わりに能力が上がる。弱さと強さは表裏一体の
ダダンはつい先程出会ったばかりの少女をチラリと盗み見た。スィーの見た目は極限まで人族に似ており、初めて見た時はギョッとしたものだ。
「お前に名前をやるから私を護れ」
「……は?」
それが、二人の初めての会話だった。地面に膝と手を付き肩で息をする傷だらけのリザードマンの目の前には、人族によく似た小柄な愛らしい少女が仁王立ちしていた。少女はとてつもなく怒っている様子だったが、もう少しでパンツが見えそうだ、などと素っ頓狂な事をリザードマンは思った。
「お前が殺したソイツは私の護衛だったんだ。名前だってあったんだぞ」
「そんな……え、お前、ヒトか?」
「馬鹿ちんだなお前は。それから私はお前と違って名前があるんだ。スィーと呼べ」
何が何やら、状況を把握しきれない大柄のリザードマンは呆気に取られていた。
そもそも少女……スィーの護衛だった
名無しは名前持ちより遥かに弱い。それは世の理で覆せない。だと言うのに、名無しのリザードマンは名前持ちのサイクロプスに勝ってみせた。
スィーの好奇心を
「な、名前をくれるのは有難いが、俺は……ビビリなんだ。争いなんて御免だぞ。それに魔人族ならそこらの魔族よりもよっぽど強いじゃねぇか。おま……スィーは見た目からして魔人族の中でもピカイチだろ? 護衛なんて」
「あーーー! うるっさいな! 名前が欲しいのか要らんのかどっちなんだ!!」
「ほ、欲しい!」
「うむ。契約成立だ」
スィーの勢いに負け思わず本音を漏らすと、スィーはにっこりと、それこそ魔人族の凶悪な笑みを浮かべて笑った。名無しのリザードマンはその大きな体躯をぎゅっと縮め、「ヒェッ」と情けない声を出した。スィーの背後からは禍々しいオーラが漏れ出ている。紛れもなく、魔人族のそれだった。
「ふむふむ……」
「……」
スィーはリザードマンの身体を隅々まで観察した。緑色の鱗一枚見逃すものかと言うほど丁寧に視線を這わせる。名付けという儀式はもう始まっているのだと、リザードマンは理解した。それにしても、とリザードマンは自分を観察する少女を観察する。
肩につかない長さでザンバラに切られた暗い赤色の髪はぴょんぴょん外にはねている。着ているワンピースは上等な布で作られている事が伺えた。こんな争いばかりの街でこんなに綺麗な白を保てるのは、余程良い物でなければなし得ないだろう。髪色と同じ色の目はまん丸で大きいくせに、手も足も小さい。ちなみにパンツは白色だった。
魔人族と言うのは、人族に似ていれば似ている程強いのだと言われている。実際に、この世を総べる四人の魔王は三人が人族と差異の無い姿をしているのだ。言うまでもなく魔王は全員、魔人族である。
リザードマンは時折流れてくる魔法紙で魔王の姿を見たことがあった。代替わりという名の暗殺や襲撃に成功し、新たな魔王が誕生すると全ての者に行き渡るよう魔法紙が大量に流れるのである。
「よし! 決めたぞ」
えっへんと、ぺったんこの胸を張ってから、スィーはリザードマンにビシッと人差し指を突きつけた。リザードマンはごくりと喉を鳴らした。
「お前の名前は」
とどのつまり。この、見た目が愛らしく弱々しいヒトにしか見えない少女は。
「ダダン!」
世の理で言えば、最弱故に最強で最凶なのではなかろうか。
ダダン、と名を授かったリザードマンは満足そうに笑うスィーという少女を見て、そう思った。
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