Ep.6 彼《ルディオ》のアイデンティティ ④

* * * * * * * * * * * * * * *


「イドラゲアさんが使ってるのは多分、水属性魔法じゃなくて呪いなんです!!」

「呪い?」


階段を昇りながら、ジーナはルディオに解説を始める。


「強力な呪いにかかると、身体全体に見えない魔法陣が刻まれて、呪いに支配されるんです!! だから、呪いを解析して自分の血液を操る人もいるって本で読みました!!」

「村人を操ってるのも、その応用か……!!」


ルディオは礼拝堂の扉を開けると、地下室の扉を監視できる位置に座り込んだ。


「でも本題はそんなことじゃないんです!!」

「戦ってる相手のことだぞ!!?」


ジーナは回復魔法でルディオの傷を癒していく。


「目の前のことより、これからのことです!! ルディオさん、どうして何も言わずにいなくなっちゃったんですか!!」

「……!!」


突然に気まずい話題をふられ、ルディオは動揺する。


「……それは、お前も聞いただろ。俺が雲水教化だからだよ」

「……どういう意味ですか」

「どうもこうもねぇよ。俺は、《具足戒》のNo.2で、数え切れない人を傷つけてきたんだ」


ルディオはジーナに目を合わせないまま話し続ける。


「密売とか、用心棒とか、借金とか、売春とか、薬物とか……この国のありとあらゆる不幸の裏に、俺がいるんだ。俺が裏社会で好き放題に生きたから、この国にはどうしようもない犯罪が蔓延してるんだ」

「ルディオさん、それは……」

「それに、トリアンフィさんだって、あの人だってそうだ!! あの人は俺を愛してくれてるのに……俺はあの人に体を売らせて、結婚するなんて嘘をついて、散々利用してきたんだ……!!」


ルディオは両手で顔を覆う。


「ルディオさん──」

「クローネの言う通りだった!! 俺みたいな人間が、ジーナの傍にいて良いはずがなかった!! 俺は、一人で死ぬべきなんだ……!!」

「ルディオさん!!!!」


ジーナはルディオの耳元で大声を出して呼びかける。


「うおぉっ!!?」


ルディオは思わず顔を上げ、耳を塞ぐ。


「ジーナッ、耳がおかしくなるだろ!!」

「回復するんで大丈夫です!!」


ジーナはルディオの耳に回復魔法をかける。


「それはそうだが──」

「ルディオさんがいけないんですよ!! 私の話を全然聞いてくれないから!!」

「えっ……」

「大体なんなんですか!! さっきから雲水さんとかいう、会ったこともない人の話ばっかり!!」

「いや……だから、雲水は俺のことで」

「私は!! ルディオさんと話してるんです!!」


ジーナはルディオの目をじっと見つめながら言う。


「さっきから言ってるだろ……」


ルディオは思わず、ジーナから目をそらす


「目をそらさない!!」

「はいっ!!」


ルディオは反射的にジーナと目を合わせる。


「私だって、雲水さんのやってることは酷いと思います!! 会ったこともないのになんですが、既に私は雲水さんのことが嫌いです!! でも、それはルディオさんとは別の話です!!」

「別じゃないんだよ……」

「別ですよ!! だって、ルディオさんと雲水さんが同じ人っていうのは、人から言われただけじゃないですか!!」

「それは、そうだが……」


自分が雲水教化という事実は、ルディオにとって知識のままだった。

自分の心が雲水教化に戻った、というわけではなかった。


「私だって、ルディオさんが自分から『記憶が戻った!! 俺は雲水!!』っていうなら納得しますよ!! でも、違うじゃないですか!!」

「……でも」

「でもじゃありません!! ルディオさんはルディオさんなんです!! 私と一緒に戦ったのも、美味しいものを食べたのも、町を歩いたのも、全部全部ルディオさんです!! 雲水さんとかいう知らない人じゃありません!!」

「……ジーナ」

「……それに、寂しいじゃないですか」

「え」


いつの間にか、ジーナの瞳には涙が溜まっていた。


「私が一緒にクロネちゃんのことを探せるのは……クロネちゃんの話ができるのは、ルディオさんだけなんです。なのにどうして、いなくなるんですか……」

「……すまない」


ルディオは、ジーナの瞳からこぼれた一粒の涙を指先で拭おうと手を伸ばす。

が、ジーナは粒子化している。


「……触れませんよ?」

「……そうだったな」


ルディオはゆっくりと立ち上がる。


「正直に言えば……俺と雲水のことを、きっちり分けるのは難しい。雲水の罪なんて俺には関係ねぇ、って斬り捨てることはできない」

「……」


ルディオはジーナをまっすぐ見つめながら言う。


「それでも……俺は、ルディオなんだな」

「ルディオさん……!!」

「ジーナの傍にいる限り、俺は暴力団の雲水教化じゃない。サムライのルディオだ。だから俺は……この旅の最後まで、ジーナの傍にいることを誓う」

「……はい!!」


ジーナはにっこりと笑う。

その時、ルディオに向かって高速で飛来する小さな物体があった。


「!!」


ルディオは瞬時にサムライ・ソードを引き抜き、その物体を斬り捨てる。

それは、弾丸のように固められた血液だった。


「今度はその子をたぶらかすんですかぁ? 雲水さぁん」


地下室から、イドラゲアが階段をゆっくりと登ってくる。


「ひどい目にあいましたよぉ……。皆さん血だらけで、しばらくは使い物にならなさそうですねぇ」


サムライ・ソードを構えるルディオを、イドラゲアが睨みつける。


「それでぇ……少し盗み聞きしちゃいました。自分の罪から逃れるつもりですかぁ、雲水さぁん?」

「そうじゃあない……」

「まぁ、私は構いませんよぉ。そんなに善人ぶりたいならぁ、偽善者のまま殺してあげますぅ」


イドラゲアは左手を銃を模した形にし、人差し指から弾丸状の血液をルディオに向けて次々と放つ。


「らぁっ!!」


ルディオは弾丸を斬り捨てていくが、その隙にイドラゲアは右手首から血液の剣を伸ばし、ルディオに接近して斬りかかる。


「えぇい」


イドラゲアの斬撃を、ルディオもサムライ・ソードで受け止める。

膂力で勝るルディオはイドラゲアを簡単に跳ね返すが、イドラゲアは瞬時にルディオの右手に向けて血液の弾丸を飛ばす。


「くっ……!!」


弾丸は命中し、ルディオの右手にイドラゲアの血液が埋め込まれる。


「そんな物騒なものぉ」


ルディオは再び、イドラゲアに斬りかかる。


「捨ててくださぁい」


しかし、ルディオの右手から一瞬だけ力が抜けて、イドラゲアの斬撃に押し切られてサムライ・ソードを手放してしまう。


「なっ……!?」


埋め込まれた血液で、ルディオの右手は一瞬だけ操られたのだ。

両手首から剣を伸ばしたイドラゲアの連撃を、ルディオはひたすら避ける。

避けながらも、両手に空気中の水分を集めて、ナイフ大の刃物を形成する。


「ハッ!!」


そしてルディオは、水の刃でイドラゲアの剣を溶かし斬る。

床に落ちるイドラゲアの血液。


「っらぁッ!!」


そしてルディオは水の刃でイドラゲアに斬りかかる……が、その時ふいに、足下が滑った。


「えっ……!?」


ルディオが足下を確認すると、そこには先程斬り捨てたイドラゲアの血液が水たまりを作っていた。

イドラゲアは落ちた血液を操作して、ルディオを転倒させたのだ。

ルディオはイドラゲアの向こう側──階段に向けて倒れていく。


「やぁっ」


イドラゲアが蹴り飛ばし、ルディオはそのまま階下まで転げ落ちてしまう。


「ルディオさん!!」

「クソッ!!」


すぐに起きあがって体勢を立て直そうとしたルディオ……その背後から、突然何本もの腕が伸びてルディオに掴みかかる。


「なにっ!?」


先程イドラゲアが、『血だらけでしばらく使い物にならない』と語っていた村人たちだ。

確かに血だらけだったが、イドラゲアの言葉に反した剛力でルディオを拘束していく。


「死んでくださぁい」


イドラゲアが血液の剣を形成してルディオに飛びかかる。


「クソがぁッ!!」


ルディオは力ずくで拘束から逃れると、その勢いのままイドラゲアの剣を右腕で受け止め、斬られることも構わずに膂力で押しきる。


「くぅっ」


攻撃を弾かれて、ひるむイドラゲア。

ジーナはその隙を狙ってイドラゲアに……回復魔法をかける。


「えっ……?」


行動の意味がわからず、戸惑うイドラゲア。

その戸惑いは、ルディオにとっても同じだった。


「ジーナ、何を!!?」

「一時的にですが、呪いを押さえます!!」


ジーナが呪いを押さえることによって、ルディオを拘束していた村人達は次々と力を失い倒れていく。

そして……回復魔法を受け続けていたイドラゲアも倒れる。


「え……!!?」


この結果は予想外だったので、ジーナも困惑する。


「ふーっ、ふーっ」


イドラゲアは起きあがることもできず、呼吸を荒くする。


「も、もしかして……自分の体も、魔法で動かしていたんですか?」


イドラゲアにかけられた呪いは、歩行するのも困難なほど彼女の身体を蝕んでいた。

彼女は自らの身体を魔法で操ることで、深い損傷を補っていたのだ。

彼女はジーナの質問には答えず、這いつくばりながら階段を上っていく。


「で、でも……そんな無茶を続けてたら、呪いの進行がますます早くなっちゃいますよ!!」

「げほっ、ぐぇぼっ」


咳とともに吐き出されたイドラゲアの血が、白い階段を赤黒く染めていく。


「だ、大丈夫ですか!!?」


おろおろと手を伸ばすジーナに、イドラゲアは不敵な微笑みを向ける。


「ご心配にはぁ……及びませぇん」

「え……?」

「私はぁ、強い、からぁ……」


そう言ったところで、イドラゲアは力尽きて気を失う。


「イ、イドラゲアさん!!?」


ルディオはそっと、イドラゲアを抱きかかえる。


「病院に連れて行く。ジーナは後ろの人達を頼む」

「は、はい!!」


ルディオはイドラゲアを抱えたまま、階段を上っていく。

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