灰は灰に。

衛かもめ

第1話 運び屋と道連れ

 「いやあぁぁ―――!!来ないで!」


 甲高かんだかい悲鳴を上げた女性は派手な花模様の刺繍ししゅうほどこされた広い袖で目を遮る。血の気が引いた白肌に大きく開けた口の赤みがやけにみじめに見える。口紅くちべにを綺麗に付けた彼女はこの光景を思いもしなかったのだろう。


 「ラン!何とかして!!早く!!」

 「ただの行屍ゾンビでそんなに騒ぐ必要ある?」


 涼しい顔で返事をした蘭と呼ばれる少女は、何の柄もない紺色の上衣とズボンを着ており、左手にはランタンを提げ、右手には剣の柄を按じ、周りを見渡す。

 腐肉の塊である行屍の動きは遅く、体も丈夫ではない。とはいえ、ただよう悪臭と敵の数に、蘭も思わずに眉間みけんを寄せた。

 

 「ぼうっとしてないで!!早くやっつけなさいよ!」

 「うるさい、メイ


 蘭は剣を抜き、その勢いで自分を噛みついてくる行屍の首をはねた。

 倒れた行屍の黒い血が足元に流れ着く前に、梅はシルクの裳裾もすそをつまみ上げて身を蘭の後ろに隠した。

 後ろの梅をかえりみずに突き進んだ蘭が、剣の一振りでもう一匹の行屍の身体を真っ二つに斬り、足で傍から襲い掛かる行屍を蹴り倒した。

 重たそうな木箱を背負っているのに、蘭は俊敏しゅんびんに移動しながら戦っている。彼女と比べて行屍の群れは静止せいししているように見える。

 しかし、どれだけたおしても、行屍の数は全然減らない。

 行屍の輪がだんだん縮まり、蘭を追い込んでいく。


 「きりがないな」


 とつぶやいた蘭は黒い血にまみれた剣を止め、左手の提げランタンを挙げた。

 ランタンの中で揺れる消えそうな灯火が突然に強くなり、ガラスの小窓をねて噴き出した。

 ランタンの炎は行屍の群れへぼうぼうと燃え広がり、たちまち行屍たちの身が崩れ落ちて燃えカスと化した。


 「灰は灰に、返すべし」


 と蘭が爪の先でランタンの小窓を閉め、元通りになった灯火はまた、消えそうに揺れ始また。




 「あんなるのは絶対いや」

 「ならないよ。余計な心配だ」


 嫌悪感けんおかん丸出しの表情を浮かべた梅に、蘭は振り返らずに淡々と言った。

 二人は鬱蒼うっそうたる森を後にし、道路に沿って前へ進む。

 道路の傍にたにがわが流れており、澄んだ水には魚が悠々ゆうゆうと泳いでいる。


 「ここまで来ればもう出ないですよね?」


 岩壁の影の中からキラキラと輝く川のさざ波を眺めながら、梅は安心した。


 「どうかな。一緒に旅をしてから何度もったんじゃないか。これからもいっぱい行屍たちの世話になるかも」

 「ならなくていい」


 機嫌が損なわれた梅は足早に道路の角を曲がると、蘭に振り向いて手を高く振って呼びかける。


 「見て!宿屋ですわ!今夜はゆっくり休めますよ」

 「そうできたらいいけど」


 そうはできなかった。


 うきうきしていた梅とまったく期待しそうに見えなかった蘭は、門前払もんぜんばいをらった。


 「おまえはだろう?しかもそんなを背負って。悪いけどうちにはめてあげない」

 

 宿屋の主人は扉の前の階段に立ち尽くし、道を開ける気は微塵みじんもないようだ。


 「なによ!客を選ぶつもりとてもいうのですか!」


 あいだに入って抗議こうぎする梅に見向きもせず、主人は腕を組んであごを上げる。


 「その態度はどういう意味?ああっ、頭に来ましたわ。蘭!あんたからも何か言ってやりなさいよ」

 「そう。分かった」


 と何の不満げもない返事をして、蘭は宿屋から離れて道路へ戻る。


 「ちょっ!蘭!待ってってば!」


 やむを得なく蘭に追いつき、梅はまだ気に食わない様子だった。

 温度差がかなりある蘭はただだまんで歩いている。


 「荷物が思ってる以上に嫌がられてますね。運び屋も大変です。」


 と梅は済まなさそうに言いかけた。


 「私から見ても嫌な荷物だ。仕方ない」

 「嫌なら荷物捨てばいいのに」

 「馬鹿言うな。荷物はおまえだ」

 「人を荷物って、そんな言い方はないでしょ!」


 蘭が騒々そうぞうしい道連れの文句を聞き流していると同時に、夕日が西へしずんでいく。

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