計画の発案は。


 時は昨日の夜までさかのぼる。

 ラブホテルの一室で、澪さんにいじり倒されたり娘の彼氏として認められたりした後のことだ。

 休憩という名のプレイ時間の残りは雑談という形で消費。ほとんど一方的に澪さんが語るばかりで、オレが話したのは「本名でこの仕事をしない方がいい」ということだけ。

 そんな中、澪さんが急に真面目な問いかけをしてきた。


「私としてはいじめのこと、知れて良かったけど……姫はどう思うのかしら」

「そ、それは……」


 澪さんの懸念けねんは、実質オレに裏切られた姫の気持ちだ。

 自分が置かれている現状を黙っていることの善し悪しはこの際置いておくとして、秘密にしておきたいことを話したのはオレの独断専行どくだんせんこう。姫としては信じていた相手に裏切られた気分である。

 だが、そんなこと百も承知だ。

 かつてのオレのようにいじめを黙って耐え続けて身も心も壊してほしくない、なんて経験則に基づくお節介せっかいだ。頼まれてもいないのに余計なことをする、いわゆる老婆心ろうばしんというヤツだ。

 恩を売るつもりなんてない。ただ彼女に同じてつを踏んでほしくないだけ。

 もし澪さんに話してしまったせいでオレが嫌われたとしても、それでも……。


「姫にフられちゃうかもね」

「わ、分かってますっ!そそ、それは覚悟してますっ!」

「童貞卒業が遠のいちゃうよ?」

「うぐっ」


 確かにその通り。それどころか今後永久にチャンスはなさそうだ。

 姫みたいな子、二度と出会えないだろうし。


「ど、童貞なんて……どど、どうでもいいですよっ!」

「じゃあここででもしておく?」

「けっ、結構ですってば!」


 だから、いやらしい雰囲気をかもしながらシェイカー風に手を振らないでほしい。全然冗談に見えないから。

 しつこく攻めてくるなぁ、澪さん。


「とまぁ、おふざけはこの辺までにしておいて……私も二人が別れちゃうのは不本意かな」


 あ、急に真面目になった。温度差がスゴイ。


「姫のためにここまで来てくれるような彼氏さんだし、こんなに優しい男子がこの世にいたなんて知らなかったし……私のせいで不仲になるのはすっごく嫌」

「そ、それほどでも……うーん、どうかな……」


 褒められ慣れていないせいで、妙に背筋がむずむずしてくる。澪さんの“いい人ハードル”が低過ぎなだけなのかもしれないけど、言われて悪い気はしないな。


「だから私が二人の仲を取り持ちますっ!」

「はぁ……――はいぃっ!?」

「ん、読んで字のごとくだけど?質問でもある?」

「だ、だだだだって、それ……ねぇ?」

「あり?結婚前提じゃないかんじ?」

「けっ、けけけけけけ……」


 澪さんの頭の中では、一体どこまで話が進んでいるんだ。

 彼氏ということになっていますけど、まだ友人レベルから一歩抜けたくらいでほぼスタート地点ですから。カップルらしい触れ合いとかお付き合いとか、まだまだやっていませんから。幸せな家庭を築きましょうとか子供は何人欲しいかとか、そんな本格的な段階まで全くいってませんから!


「うわ~、灰原さん。顔すっごく真っ赤ですよ~?」

「やめっ……そそ、そんなことっ……!」

「私はいいですよ、灰原さんでも。是非ぜひうちの姫をもらってあげて下さい」

「だーーーっ!もうっ、あーーーーっ!」


 本当にやめてくれ。

 そんな真面目な調子でスーパー超弩級どきゅうストレートなことを言わないでくれ。そういうの、弱いから。

 ご覧の通り、羞恥心しゅうちしんが大爆発してベッドの上を回転することしか出来なくなっちゃってるんですってば。


「でもそのためには……灰原さんが嫌われないようにしないとね」

「ひゃ、ひゃい?」

「うちの子、のことナイーブだと思うから」


 姫は今まで、自分のことをかたくなに隠し通してきた。オレのことを信用し始めてからは少しずつ教えてくれるようになったが、保護者に関してはずっと口を閉ざし続けていた。感情がたかぶってようやくれ出したくらいなのだから、ガチガチに秘密を守り通すタイプだ。

 そんな姫なら、オレがやった裏切り行為を絶対に許さないだろう。

 でもそれを覚悟した上でオレはここに来た訳で……。


「なので、その時は私が立ち会います」

「んんん!?そ、それってどういう――」

「姫がマジギレモードになったら駆けつけます、ってことだけど」


 澪さんの案はこうだ。

 まず、姫をオレの家に呼び出して全て打ち明けてしまったことを伝える。それで納得してくれるなら問題なし。だがほぼ確実に彼女の逆鱗げきりんに触れるので、本物の罵倒ばとうが飛び出すこと必至。下手したら実力行使でボコボコにされる展開になるかもしれない。

 もしそうなった場合、オレ達の仲が修復不可能になる前に澪さんが登場。何とかして丸く収めるそうだ。

 何とかって、ざっくり曖昧あいまい過ぎじゃないですかねぇ……。


「そこは私に任せなさいっ!こう見えても母親なんですからっ!」


 マイクロビキニという超絶エロ衣装を着ている上にオレよりちょっとだけ年上なだけだとしても、澪さんは一人の母親なのだ。絵面は悪いけど説得力はあるなぁ。


「ということで明日、灰原さんにお邪魔じゃましますっ!」

「は、はい。どうぞ……」


 と、二つ返事で承諾しょうだくしてしまったが。

 当日は母さんが家にいることを、オレはすっかり忘れていた。

 それに関しては朝早くに一悶着ひともんちゃくあったのだが、年の差ママ友という間柄あいだがらになるということで無事に着地出来たので割愛かつあい。姫の時といい、母さんのコミュニケーション能力の高さに驚く。どうしてそれがオレに遺伝しなかったんだ。畜生。


 と、以上のようなことがありまして。

 姫が家にやってくる直前に、澪さんはうちの物置部屋(汚い)に身を隠してスタンバイ。

 案の定オレと姫が大騒ぎをし始めたので駆けつけてくれて、今に至るのであった。

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