過去のこと。


 みおさんは語り続ける。


「あの子にはずっと辛い思いをさせてきちゃったからなぁ……」


 姫を産んだ時、澪さんはまだ十六歳だった。相手は同じ高校の先輩。多くの生徒からしたわれていたいわば学校のプリンス、少女漫画に出てきそうな存在。当然のようにリア充でモテモテライフを送っていた、オレとは全てが真逆な人物だ。

 当時地味っ子で空気だった澪さんは一念発起もとい一か八かで告白して、見事ハートを射止めた……と思ったが違った。プリンスにとって澪さんは大勢いる内の女子の一人、適当に使って捨てる予定の遊び相手程度にしか思っていなかった。そんな何股もかける野郎とはつゆ知らず、強引な性交渉を受け入れてしまった結果妊娠発覚。それを学校側が黙認するはずもなく、二人揃って退学するハメに。

 追い打ちに、『折角入学させたのに不純異性交遊で妊娠するなんて』という理由から親に勘当され、身重な体で社会に放り出されることになった。


 それでも大好きな人とその子供で家庭が築けるならと気丈に振る舞うのだが、とどめの一撃に夫のプリンスがDVドメスティックバイオレンス男へと変貌へんぼう薔薇ばら色の学園生活を使い捨て地味女のせいで台なしにされたと逆恨み、澪さんそして産まれた娘である姫に暴力を振るうようになった。

 高校中退で頼れる人脈もないのでまともな働き口にありつけず、経歴不問で比較的高収入な売春で生計を立てる日々。しかしそんななけなしの金をDVプリンスは巻き上げ、自分のろくでもない遊びでほとんど浪費してしまう。澪さんが使えるのは姫を育てるのに必要最低限ギリギリなわずかばかり。経済的DVで束縛そくばくされていたのだ。


 暴力と貧困にあえぎ、毎日が苦しかった。でも憧れの人との結婚生活だし惚れてしまった自分の責任、それに我が子が可愛いからと必死に踏ん張ってきた。

 だが、姫が小学校に入学する直前に事件は起きた。

 DVプリンスは遂に姫さえも毒牙どくがにかけようとしたのだ。イケメンを武器に女をい漁る性欲異常者は、子供すら欲望のはけ口――その対象だったのだ。

 自分が好きでもない男に抱かれている間、娘が悪戯いたずらされている。それに気付いた澪さんは姫を連れて、ほぼ着の身着のままでこの街まで逃げてきた。

 それからもずっと極貧ごくひん生活を強いられ、素性の分からない余所者を雇ってくれる場所もなく、結局身売りをして食いつなぐ日々。酷い時には姫がいる目の前ですることもあったらしい。


 貧困とDV、虐待ぎゃくたい。それによるいじめ。

 性産業。それを目の当たりにしたことによる性への理解、そのゆがみ。

 それらが今の姫――その人格を形成していったのだ。 


「でも迷惑なんてぜーんぜん思わないのに……姫ったら」


 壮絶な人生を送ってきただろう澪さんは、それでも娘のことを第一に思っていた。

 ずっと怖かったはずだ。

 血反吐ちへどを吐くほど辛かったはずだ。

 くじけそうになったこともきっとあるはずだ。

 それでも我が子をいつくしみ続けている。

 オレと六つ程度しか歳が違わないというのに。


「み、澪さんは……ど、どうしますか?」

「決まっているでしょ、うちの姫をいじめるヤツらは絶対に許さないから」


 そんな澪さんだからこそ、その言葉は頼もしかった。

 これであとは姫だけだ。

 もう我慢する必要なんてない。

 いじめに耐え続けなくていいんだ。


「……で、伝えたいのって本当にそれだけ?」

「え?」

「だってわざわざ大金払って私を買ったのに、これだけのことで良かったの?」


 わざわざ……って。

 仕方ないじゃないか。いつ家にいるか分からないし姫に見つかる訳にもいかないから手紙の類いも入れられないし。それに本当は情報収集程度のつもりだったのに、成り行きでここまで来てしまったという面もあるんだから。姫のことを伝えるだけではなく、澪さんがどんな人物なのかこうして話せただけで大きな収穫なんだ。

 これ以上、オレから言いたいことは特にない。


「まだ時間もあるしぃ、良かったらしておく?」

「ふぁいっ!?」


 いやそれ、全然良くありませんが!?

 職業柄その発想に至るだろうけど、そんなつもりで来たんじゃないから。あとシェイカー振るみたいな手の動きはやめてほしい。にしか見えない。


「も~う、冗談じょうだんよ。私がつまみ食いしちゃったら姫に怒られちゃうもん」

「は、はぁ……」


 一応ここラブホテルなんですけど。全世界の男の内ほぼ全員が冗談とは思わない状況ですからね、コレ。


「それにしてもその初々しい反応……灰原さんって童貞?」

「どっ、どどっ!?」

「あ、やっぱり?まー見た目からしてそうだもんねー。よくうちの子に手を出さず我慢したね、偉い偉い」

「や、やめてくださいよっ!?」

「きゃーっ☆照れてて可愛いーっ♪」


 ああ、やっぱり姫の親だわこの人。

 初対面だというのにオレのことを童貞ネタでいじくり回してくるんだもの。さすがに罵倒ばとうや煽りはしないけど、その優しさがおねショタプレイっぽくてむずがゆいぞ。嫌いじゃないけど。


「よし、合格っ。姫の彼氏君として認めましょうっ!」

「何この流れ!?」


 あと滅茶苦茶なこと言うところ、ホントそっくり。

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