抱えているもの。


 姫を襲ったのは案の定、いじめトリオだ。理由はこの間の件で、オレが途中乱入したのが気に入らなかったから。その逆恨みということらしい。実に理不尽だ。

 だが、直接手を下したのは性悪女子三人組ではなく、クラスメイトの男子達だった。いじめリーダーこと水野の息がかかった連中で、スポーツ優秀でイケメンないわゆるクラスの人気者すら加わっていたらしい。

 自分の手は汚さずに高みの見物……卑怯な連中らしい反吐へどが出るやり口だ。


「路地裏に連れ込まれて……そこで、殴られた」


 一方的な暴力だった。

 傷痕きずあとが物語る通り、手加減なしで殴られ蹴られでボロ雑巾のようにされた。背中に傷が集中していたのは身を守ろうと丸まっていたため、唯一顔が無事だったのは「目立って大事になっては困るから」という水野の指示によるものだそうだ。それでもあざだらけで服が破れるほどな時点でもはや傷害事件だ。いじめなんて生ぬるい言い方をして許されることじゃない。


「それで……最後に、おしっこかけられた。……男子みんなから」


 そして、それが一番胸クソ悪かった。

 姫を便所代わりにした、文字通りけがすための行為。まだ性知識のない小学生なりの強姦ごうかんとでも言うべきか。それとも便器程度の存在という意味でやったのか。何にせよ、どうしてこんなむごい仕打ちを思いつくんだ。子供の持つ残酷さとはベクトルが違う、精神を蹂躙じゅうりんするやり口だ。


「でも……『やれ』って言われただけだから」


 あくまでも男子達は水野の命令通りにやっただけ。賄賂わいろまがいの物をもらっているし、逆らえば次のターゲットは自分かもしれない。だとしても同じ男として到底とうてい許せることじゃない。まだ年齢が二桁ふたけたもいっていないのに、スクールカースト上位にいて充実した生活を送っているというのに。既に人の心を失っているとしか思えない、正真正銘鬼畜の所業だった。


「あ、安心して?の方は無事だから……。は知らなかったみたい」

「安心って……お前」

「それとも、汚れちゃったから嫌?」

「そういう問題じゃ……ないだろ」


 姫はなおもずれたことを心配している。

 大切なのは姫自身のことなのに、思考がそこまで至っていないのだ。


「……なぁ、姫。もうこれ以上我慢するのはやめよう。親にこのことを……いじめられていることを打ち明けるんだ」


 以前、姫はこの話題に対して拒否した。しかしここまで凶悪な手段に出てきた時点で、黙って耐えているのは危険だ。身体面でもそうだし心が先に限界を迎えてしまい、ぺっきりへし折れてしまいかねない。

 一刻も早く対応しないと手遅れになる。そのためには保護者に事情を伝えなくて、協力を仰がないといけない。どんな人物なのか一切不明な彼女の親に……。


「……ダメ。やっぱりママに心配かけたくない」

「何でだよ。このままじゃ姫の方が壊れちまうぞ。それとも……言えない事情でもあるのか?」

「あるから無理なのっ!!」


 その剣幕に、思わず息をのんだ。

 金切り声に等しい姫の叫びが、オレの鼓膜で反響し続けていた。


「ママは……あたしのために頑張っているから。……これ以上迷惑なのは……ダメなの」


 肩で息をして、細切れに言葉を繋いでいる。まるで思い出したくないことがフラッシュバックしているような荒い吐息だ。


「お兄さんには……分からないよね。自分の親が身売りしてる……気持ちなんて」

「み、うり……?」


 身売り。

 パパ活、援助交際エンコー

 呼び方はどれでもいい、要するに好きでもない男と一晩を共にするということだ。

 そしてそれは姫と大喧嘩おおげんかした時の原因でもあった……。


「まさか、姫の母親って――」

売春婦ビッチ……あたし達の生活するお金のために、体を売っているの」


 ああ、そうか。成る程、合点がいった。

 だから姫は異様に性知識に詳しくて、自分の裸を晒すことに抵抗がなかったんだ。

 身売りと自分達の生活が隣合わせで、彼女にとって性的なことは特別ではなかったんだ。


「あのラブホ、覚えてるでしょ?……あそこで、毎日必死で働いているんだよ?性格悪い男とか汚らしいおっさんともエッチして……毎日へとへとになって……それもはした金で買われてっ……!」


 いかがわしい店が多く建ち並んだ地区に住んでいて、夜になっても家に帰ってこない。そんなこと、とっくに知っていたのに。

 ヒントはあったのに、全然気付かなかった。

 姫の母親は貧乏な生活の中で生きていくために、どんなに条件が悪くても体を切り崩して働いているんだ。それも昼夜を問わず、我が子と会う時間がなくなってしまうくらいに。


「これ以上っ……!ママに……、ママに苦労させたくないのっ!分かってよお兄さん!?」


 子供を心配しない親なんているか。

 自分よりも子供のことが大事に決まっているだろ。

 きっと綺麗事きれいごとを言う人間ならそんな風に心ない激励げきれいを無責任にしていたんだろう。

 そんなこと、オレには出来ない。

 しかしそれより良い言葉も思いつかない。


 オレと姫は同類だって思っていた。

 でもそれは大きな勘違いだった。彼女が抱えているものはオレの比ではない。

 支えられるのは自分だけ、だなんて偉そうなこと言いやがって。全然力になれない、役立たずの木偶でくの坊だ。

 バカだ。

 どうしようもないバカだよ、オレは。




 結局何も出来ないまま時間は過ぎていき、姫は帰路についてしまった。道中は危険かもしれないと思い付き添おうとしたが、それを姫は完全に拒絶。自分の境遇を同情されたくないからなのか、それとも自分の秘密を打ち明けたせいで一緒にいたくないのか。どちらにせよ、彼女は心を閉ざしてしまった。


 姫は耳を傾けてくれそうにない。

 いじめなんて我慢してやり過ごせばいいと、自分に言い聞かせている。

 全ては粉骨砕身ふんこつさいしんで働いている母親に、少しでも肩の荷を降ろしてもらうため。

 でもそれはむしろ逆効果で、自ら心をすり減らすだけの破滅の道だ。このまま突き進めば後戻りする道すら残らない。

 止めないと。

 取り返しが付かなくなる前に、姫を連れ戻さないと。

 そのためにオレが出来ることは――


「こんなオレに、か」


 ――ないのかもしれない。

 それでも救いたいという気持ちだけはくすぶり続ける。

 これ以上、手遅れになるのは御免ごめんだ。

 人生が灰色の闇に包まれっぱなしだったからこそ、姫には同じ道を歩ませたくはないんだ。

 やれるだけのことはやってみる。

 諦めず、彼女を助け出すために一歩踏み出すんだ。

 それが使命……いや、オレ自身にしてやれなかった心残り――やり残したことなのだ。

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